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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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焔翼の戦姫編 目覚めのとき

閲覧注意 自己責任でどうぞ

ざざざざざざ


 まるで地を這うような、それでいて下草をかき分けて進む何かの音だ。


 カサ…カサ…ザリ…ザリ…カサカサ……ギャリギャリ……


 その音は次第に増えていく。

 気が付けば周囲からも聞こえるようになっていた。

 焚火の光が届かない場所で何かが蠢く気配を感じる。

 下草が揺れている……しかしそれは一点だけではない、見える範囲の下草が揺れているのだ。


 ……いや、下草は踏みつけられ、圧し折られ、その数を減らしていく。

 そして、不穏の影は着実に増えていく。

 あたりに生ゴミのような腐臭が漂う。


「くそ!囲まれたぞ!」


 音の主が光の中へ進み入る。

 それは虫だった。しかも、巨大で大量の!

 後ろから来る個体が前の背を乗り越え、さらに別の個体がその上を走る。

 黒い層が折り重なって進むさまは、もはや虫ではなく『生きた津波』だった。

 


 黒く硬質な外殻は、てらてらと焚火の光を反射している。

 触角をせわしなく動かしているのは、こちらを探っているのだろうか。

 その高さは、キオリスの膝くらいまでのものも居れば、彼が見上げなければいけないような巨大なものまでいる。

 全長はそれよりも長い。

 全体的に、こちら本能に訴える不快さを持つ、六本足の――巨大なゴ〇〇リ(ジャイアント・ローチ)



「ぎゃあああああ!!!」


 男達が悲鳴を上げた!

 この巨大なGR(ジャイアント・ローチ)は森の中から徐々にその姿を現しながら、顎をガチン!ガチン!とならし距離を詰めてくる。

 

 

「セイロ!二人を起こせ!今すぐだ!」

「おっおう!」


 男達は焚火を松明のように持ち、見せつけるように振ってみせた。


 GRの動きはそれで怯んだように見えたが、なにせ相手は虫である。

 その表情など分かるはずもなかった。

 


 彼等はハフネから受けた訓練通り、まずはショーが急ぎ装備を整え始めた。

 半分ほど身に着けた時点で、「OK!次!サルマール!」「おう!」


 彼等は荷物を後方に下げ、両手に焚火。そして戦線を焚火そのものまで下げて人がいない分をカバーした。

 軽装革鎧を身に着け終わったショーが戻りその手に焚火を持つ。


「くそ!前回こんな奴らいなかったのによ!」

 そう声を張り上げた瞬間、その場にいたGRの頭部が彼の方へ集中した。

「くそ!虫けら!俺を見るな!」

 その声につられるように、GRはまるで黒い波のようにショーの方へと寄っていく。


「ショー!ショー!静かに!どうやら音に反応しているらしい……静かに……静かに」

 サルマールが戦線に戻りながら、声をひそめて皆に告げた。


 キオリスが下がる。

 鎧を身に着けるためだ。

 こうして10分ほどもにらみ合いが続いただろうか、全員が鎧を身に着け終わったが……。


「ダメだ!起きねぇ!」

「何やってんだ!気付け薬は使ったのかよ!」

「当たり前だ!それでも起きねぇんだよ!」

 ショージーとセイロの会話である。

 セイロはこの絶望的な状況で、かつ自身が調合した薬の効果で、好きな女が目を覚まさないという状況に、半泣き状態だった。

 涙交じりのその声は震えていたが、今彼らにそれを茶化す余裕はない。


 GRの波がその声に反応し、さらにその数を増やしていく。


 ザザザザザザザザザザ ギャリギャリギャリギャリ


 草をかき分ける音 甲殻同士がこすれ合う音が辺りに響く。


 その無数の蠢く音は、彼らの神経を削っていく。


※※※※


 彼は後悔した。

 絶望的なこのタイミングで。

 ちゃんと思いを伝えればよかったと。

 優しくしていればよかったと。


 俺たちは何時だってそうだ。


 伝えたいときに伝えられない。


 ハフネを除く六鍵のメンバーみんな同じだ。

 ショージーは貴族の家に生まれながら、家督を継げない三男坊で兄のスペアとして生きていくことに嫌気がさして飛び出した。

 サルマールは商会の跡取りだ。しかし、その競争社会についていけなかった。

 ショーはパン屋の息子だ。しかし彼は冒険を求めた。


 今は抜けた二人も同じようなものだ。


 家族に一言でいい謝りたい。

 大切に思っていることを伝えたい。

 だが、それはもう叶わないだろう。


 いつだってそうだ。


 伝えなきゃいけない言葉は、気が付いた時にはもう遅い。


 もし、奇跡が起きて、この場から生きて帰れたなら、家族に謝ろう。

 そして、メルニアに好きだと伝えよう。


 諦めにも似たその思いが、冷静さを行くばかりか呼び戻し、彼女達の覚醒のためのレシピが脳裏に浮かぶ。

 

 彼女(最大火力)こそが今この場を救う唯一の希望なら、文句はいくらでも聞こう、殴られたっていい!


 そしてセイロは仲間に叫ぶ。

 

「40秒でいい!つないでくれ!」

 そういってセイロは荷物の中から数種類の水薬を取り出し、口に含んでいく。


「任せろ」

「命がけの40秒か……私の武勇伝も盛り上がるところだな」

「サルマール、焚火の火を絶やすなよ?」

「ああ!任せとけ」


 セイロの背後からは、彼をせかすような言葉ではなく、むしろ安心できる声だった。

 そのセリフひとつひとつに、GRは触角を、頭部を回らせてくる。

 焚火がなければ、その炎がなければ一斉に飛びかかってくることは想像に難くない。

 その虫の目を向けられると、本能的な嫌悪が仲間達の身体の奥から沸き上がり構えた剣先が揺れた。


 含む薬が増えるごとに、彼の顔色が青や緑へと変わる。

 舌が痺れ、刺激臭が鼻の奥を焼く。それでも止めるわけにはいかなかった。


 視界が紫色に染まるころには七種類、全ての薬を口中に収めていた。

 そのころには鼻から紫の煙が立ち上って、彼の目からは大量の涙が溢れていた。


 一刻を争う。

 こんな状況でなければ喜びに打ち震えただろう。

 初めて好きになった女を抱きしめているのだ。

 そのことしか頭になくなっていただろう。

 でも、今はそんな時じゃない。

 この量の薬をメルニアに摂らせる事が重要だった。


 セイロはカバンの奥からチューブを取り出し、メルニアの口の中へ、胃まで通していく。

 そして彼の口に含んだ薬をチューブを使って直接、胃に送り込んだのだ。


 その劇薬に、意識のないメルニアの身体はのけ反り痙攣し、暴れだす。

 ここで、チューブを嚙み切られ、必要量を摂らせることができなければ彼女の意識が覚醒することはない。

 セイロはとっさにその指をメルニアの口へ突っ込んだ。


(頼む!飲んでくれ!)

 彼は祈る。

 指を入れた隙間に剣を差し込む。そしてチューブを嚙み切らないだけの隙間を作り薬を流し込んでいく。

 汗が噴き出していた。

 その汗さえも、今は紫色だった。

 

 限界だった。

 意識がもうろうとし、ただ守りたいという思いだけが彼の身体を支えていた。

 彼の目にはメルニアが幾重にもかすんで見えていた。


 (恋素直になれる薬……あれば飲んだのにな……) 


 彼女がほほ笑んだように見えたのは、彼が見た幻か、それとも……。

 


 全ての薬が彼女の胃に落ちた時、彼女の中でそれは爆発的な連鎖反応を広げていく。

 

 するとメルニアの口鼻から紫の煙が立ち上る。

 メルニアの体内で魔力と薬が反応して、金属音のような音が鳴り響く。

 


 キィィィィィン キィィィィィン


 彼女の身体から魔力が溢れ出す。

 それは炎のように、焔のように吹き上がる。


 溢れ出した魔力は『揺らめく炎の十字』へと姿を変えていく。

 彼女の血管が、金色に浮かび上がっていた。


 その光景にGR達の動きは停まり、まるで奴らが現れる前の静寂へと戻ったかのようだ。


 次の瞬間、少女の瞳はカッっと見開らかれた。


 そして、それを見届けたセイロの瞳は静かに、閉じられた。



 

お疲れ様でした。

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