焔翼の戦姫編 命のKISSと、初恋パンチ。
「……ぁぁああぁあああああああ!!」
悲鳴が近づいてくる。
そして着水と同時に水柱が立ち上り、その着水音が周囲の空気を振るわせた。
赤毛の少女とハフネが飛び込んできたのだ。
悲鳴は赤毛の少女のもので、それは楽しんでいる様子は一切なく、まさに魂消る悲鳴だった。
「おお、二人同時で飛び降りてくるとは、なんとも豪気だな」
キオリスが訳の分からない関心の仕方をし、サルマールとショーは火を起こしている。
なぜか、どや顔のセイロが水際で仁王立ちで二人を待ち構えていた。
「……んん?」
「キオ、どうした?」
「いや……こんなに時間がかかるものなのか?」
「……浮いて……こないな?……サルマール!」
キオリスとセイロが慌てて、泳ぎが得意なサルマールを呼ぶ。
「どうした!?」
「二人が浮いてこない!」
「よし!ロープを持ってきて繋いでおいてくれ!」
そう言うやいなや、ロープの片方をもって水へ飛び込んでいく。
「大丈夫だよな?」
「ハフネは水軍にいたって……きっと大丈夫だ」
キオリスとセイロが心配そうに水面を見ていると、ロープが引かれる。
それに気が付いた二人は、それを力の限り引く。
「うおおおお!!」
「帰ってこぉおい!」
※※※※
ハフネと赤毛の少女が飛び込んだ時、少女は心の準備が出来ておらず、不安からハフネに抱きついた。
そこまでは想定内だったハフネだが、少女の力が思いのほか強く――思えばドラゴン相手に渡り合う少女のそれが『普通』なわけないのだ――身動きできないまま、水面へ激突。
二人して気を失ってしまったのだ。
※※※※
ふたりを引き上げたサルマールは、二人を焚き火の傍へ。
体を温めつつ状態確認を行うと、心肺停止には至っていないが呼吸は停まっている状態だった。
「よ よし! 回復役として俺が、人工呼吸をしよう!サルマールはハフネを!メルニアは……お おれが!」
セイロが、その職責から率先して回復処置を指示し行っていく。
心なしか、声が上ずって聞こえるが、それを指摘するような場面ではない。
セイロは改めて赤毛の少女の状態を確認する。
濡れた赤毛は肌に張り付いており、豊かな曲線を描く白い肌に張り付く赤毛が、えも言われぬ色気を醸し出している。
黒いレースの透け感あふれる下着は、見えそうで見えない。
それは、もはや見えるよりも扇情的ですらあった。
男勝りな一面を持ち、朗らかで、向日葵のように笑い、活発で、そしてドラゴンよりも強い。
そんな赤毛の少女が今、苦し気にセイロの下で横たわっている。
※※※※
せっかく飛び込み方を教えてやったのに、何やってるんだ!
ハフネのやろう、メルニアに何かあったら承知しねぇぞ!
――な、なんでだ。
胸がバクンバクンうるせぇ!
さっきまでいつもの俺だったのに!
なのに、目の前でぐったりしてるメルニア見た瞬間、頭が真っ白になっちまった。
くそ、なんでだよ。
こいつのことになると、いつも調子が狂う。
腹が立つような、浮ついちまうような、……なんか変な感じになる。
今もそうだ。
けど――
(とにかく今は、俺がやらなきゃ!)
ハフネを任せたサルマールは俺と同じようにしろと言ってあるから、まだ人工呼吸を始めていない。
キオリスには任せられねぇ。
半淫魔のこいつに任せたら、今度こそ俺のメルニアがあぶねぇ!
こいつに人工呼吸していいのは俺だけだ!
しかし……なんて、格好だ……ああ、鷲掴みにしてぇ。
これは、運命? それとも試練か?
いや実はもしかして、こいつ俺を誘ってんのか!?
いや、それよりも、救助だ!救助!人命第一!そして俺はヒーローだ!
それで助けたら――「ありがとう!セイロ!頼りになるわ!好き!」ってなって、そしたらデートとかして、そんで……って違う!
気合を入れよう!
ぱちん!
くそ!両手で顔を叩いても、さして痛くねぇ!
バッチン!
よし!気合入った!
(やるぞ!キスするぞ!)
この間、実に数秒のことであった。
責任と、欲望と、中二病と、そして――初恋の裏返しが混ざり混ざった数秒間であった。
※※※※
セイロが、人命救助とはとても思えない鼻の下を伸ばした顔で、赤毛の少女との距離を詰める。
今まさに、その唇が触れようとした瞬間、セイロの頬に拳がめり込んだ。
吹っ飛ぶセイロ。
気持ち的にも、体調的にも「気持ち悪い」という少女であった。
げは!げはん!と咳とともに水を吐き出す。
通常ならありえないことだが、赤毛の少女はドラゴンという最強種をも凌駕するヒトなのだ。
その精神力と生命力が、彼女の肉体を再起動させたのだ。
しかし、体力の消耗と酩酊感、全身の痛みが即座に消えたわけではない。
ふらつく身体を何とか支え、あたりを見渡せばハフネが倒れている。
サルマールが介助をしているようだが、人工呼吸をせず、狼狽えているように見えた。
「どいて!ハフ姐!聞こえる?ハフ姐!」
肩を叩き呼びかけを行い、脈をとり、呼吸を確認する。
脈は弱まっており、呼吸をしていない。
「ハフ姐!戻ってきて!」
少女は迷わず気道を確保した。
大きく息を吸う。
胸が激痛を訴えた――確実に折れていることを感じながら――それを無視した。
少女は躊躇なくその唇を重ねた。
呼気を送り込む。
何度も。何度も。 ハフネの名を呼びながら繰り返す。
激痛に眉をひそめながらも、唇を重ね続ける。
げほん!
同時に水を吐き出した。
「ハフ姐!よかった!よかった!」
赤毛の少女は涙に濡れながら、ハフネに抱き着いた。
濡れた女と濡れた少女が、抱き合いながら――
「ハフ姐、ごめんなさい!私が怖がったばっかりに!」
「いや、あたしの配慮が足らなかったんだ。誰しも苦手なものはあるのにね」
「でも、ハフ姐を……危ない目に合わせちゃった」
「それは、お互い様さ。第一、あたしを助けてくれたんだろう?だったら、それでお相子ってことでいいじゃないか」
そういって再び抱き合う。
生きてることに喜び、涙する二人。
「ぐ……どうやら、すこし、折れてるみたいだ」
苦笑いを浮かべながら胸を押さえるハフネ。
赤毛の少女は、自身の胸を押さえながらも、
どうしたらいいか分からず焚火の前で狼狽えていたショーに、セイロを連れてくるように指示を出し、次いでキオリスに乾いた毛布を用意するように指示を出す。
そこへ今、水から上がってきた、ショージーがその光景を見て本能の赴くままに口にした。
「お?百合か?俺も混ぜてくれ!」
いつぞやの、ロープ絡まり事件から何も学んでいないショージーであった。
次の瞬間、彼はセイロの隣にぶっ飛ばされたのだった。
命大事に!
評価と感想も大事!
弱小作家の(作家生)命を大事に!




