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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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第三章 新生・彼編 笑顔の裏

シナモン。スパイスの王様 だそうですよ。


よろしくお願いします。

 初夏の夜風は冷たい。

 それでも焚火の赤は力強く、照らされた者に安らぎと、不思議と勇気を与えてくれた。

 揺らめく焚火の光に照らされて、影だけが静かに躍っていた。



「キーン殿。私とひとつ、手合わせを願えまいか」


 静まり返る焚火の輪に、凛とした少女の声が響く。

 メルニアの声だ。


 ハシモの護衛の中でも、群を抜いて実力者の風格を持っている男――キーン。

 その名を名指しで挑んでみせた。


 周囲の大人から見れば、腕自慢の子供が調子に乗っているだけのようにしか見えなかった。


 だが、護衛の冒険者や、経験豊富な商人たちは違った。

 メルニアの纏う空気は、子供のそれではなかったのだ。

 只者ではないと、感じさせる気配がそこにはあった。

 まさに『歴戦の勇士』と呼ぶにふさわしいものが。


「ミルユル殿。……何故そのようなことを」

 焦りの色をにじませた声で、ハシモが止めに入る。


「……冒険者というものを知っておきたいのです。どの程度の腕があれば評価されるのか。私の腕はどこまで通用するのかを」


 嘘だった。


 きっかけは『なめた顔しやがって、ぶっ飛ばしてやる』という、どうしようもなく脳筋な理由だった。

 だが、それをそのまま口にしては、ただ喧嘩である。

 相手が買うかどうかは別としても、印象は最悪だ。

 それにそんな事は、誇りある戦士がすることではない、町のごろつきのすることだ。


 それに相手からすれば、生意気な子供の相手などする必要はない。

 そもそも、喧嘩になればハシモに迷惑がかかる。

 ハシモにその気はなくても、少女にとってはもはや恩人である。

 『迷惑をかけるわけにはいかない』 ということに、後になって気が付いたのだ。

 だからこそ「知っておきたい」などといもっともらしい嘘をついたのだ。


「ミルユル殿、さすがに危険すぎます。このキーンはかつてアイジアの闘技大会で入賞したこともある猛者。それに体格差から考えても……」


 なるほど。たしかにキーンは筋骨隆々だ。単純な力比べなら絶対勝てないだろう。

 しかし、戦闘とは筋力だけではない。

 勿論、筋力も重要だが、勝敗を分けるのは総合的な戦闘能力なのだ。


「それならば、なおのこと都合がいい。私の腕がどこまで通用するのかを知ることができる」


「お嬢さん。お嬢さんの周りでは貴女にかなう者はいなかったのかもしれないが、世界は広いのだよ?」

 これはリィンのセリフだった。

 魔法使いらしく、静かに、諭すような落ち着いた物言いだった。


「ならばこそ――」

 少女は堂々と胸を張り、凛とした声で言い放った。

「さぁ!キーン殿!」


 場が静寂に包まれる。

 少女の言うことには一理あるが、そもそもキーン側にはそれを受ける義務などない。

 とはいえ、誰がどう見てもキーンが優位だというなかで、少女の挑戦を受けなかったら臆病者の誹りを受けることは明白だった。

 だからこそキーンは理由を――外の求めた。

 彼とはそれなりに仕事をしてきたし、さきほどもこの無謀な少女を、止めようとしていたではないか。

 きっと、助け舟を出してくれる。そう信じてキーンは、口を開いた。


「護衛任務中だ。どちらにしても怪我をしたら任務に差しさわりが出る。勘弁してもらえないかお嬢さん」

 キーンはそういいながらも、視線をハシモにやって『だよな?だから止めてくれるよな』という思いを込めた。


「キーン……君とは、それなりに一緒に仕事をしてきた。寡黙ではあるが熱い男だと思っていたんだ。いいだろう!ここで何かあっても任務上でのことだとして扱う!お互いに正々堂々とやり給え!」


 キーンの期待は、見事なまでに空振りに終わった。


「若輩者にご指導いただけるとの事、感謝の極み」

「いや……そういうことでは……」

「授業料として、勝敗にかかわらずこちらを進呈しましょう」


 少女が腰のバッグから取り出したのは、長さ15センチほどの木の棒を束ねたものだった。


「あ?なんだよそれ。なめてんのか」

 少し語気が強いこれは、キーンの仲間の盗賊(スカウト)のセリフだ。


「ハシモ殿」といって少女はそれをハシモに投げてよこした。

 ハシモは反射的に目を見開いた。

 少女の仕草があまりに自然だったので、最初はただの枝か何かかと思ったのだ。

 だが、次の瞬間――馬車の中で見た、あの宝石の記憶がよみがえる。

 この木の棒の束が、とんでもなく価値のあるものかもしれないと思いいたり、慌ててそれを受け取った。

 その慌てる様が滑稽だったのか、周りからは笑いが起こる。


 無事、それを受け取ったハシモは、周りの事など気にせず、まじまじとそれを観察する。

 15センチほどの棒が数本。見た目は地味な、ただの乾いた木材の束。しかし鼻先に近づけた瞬間――。

 瞬間、まるで電流が走ったようにハシモの顔色が変わった。

 慌てた様子でハンカチを取り出し、まるで貴重な芸術品でも扱うように、丁寧にそれをくるみ始めた。


「ミルユル殿……これは――よろしいので?」


 宝石の際にはなんとか欲を抑え込んだハシモだったが、今回はそうはいかなかった。

 手にした束から立ち上る濃密な香りに刺激され、欲と困惑の混ざった笑顔を浮かべながら、少女に問うたのだった。


「ハシモ殿の護衛をお借りするのです。それはその代金です」


 少女は屈託のない笑顔でさらりと言った。


 ハシモは再度、少女に対する評価を改めた。

『絶対に他所へ行かせてはならない。我が商会との絆をもっと深く、もっと強くせねば』と。


 そして、満面の笑みでキーンに向けてこう言った。

「キーン。胸を貸して差し上げなさい」


「おいおい!ハシモさんよ!いくら何でも、そりゃぁねぇだろう!さっきのが何かは知らねぇが、身体を張るのはうちのキーンなんだぜ!」

 乱暴な言い方だが、言ってることはもっともだった。


「ごもっとも。では同じものを、キーン殿にも差し上げましょう」

 少女はさらりと言い、バッグへと手を伸ばす。だが、男の勢いは止まらなかった。


「ふざけるなよ?怪我をしたんじゃ、しばらくは仕事をこなせねぇんだぞ!それをそんな棒っきれで――」

 そう言いながら少女へと詰め寄る。

「レイヴン!……レイヴン!ちょっとこっちへ!いいから!こっちへ!」

 ハシモが、レイヴン――盗賊の男を手招きして呼ぶと、男はしぶしぶそれに従った。

 ハシモがレイヴンへ耳打ちすると、途端に表情を変えてこう言った。


「キーン。胸を貸して差し上げなさい」


 ハシモの手にある物は、シナモン。

 香辛料のシナモンである。

 地球の歴史上のものよりも、さらに希少性が高く、物流の発展も遅れているため、とても高額なのだ。

 まさに『胡椒が同じ重さの金と交換される』を地で行くのであった。

 故に、提供されたものが、そのシナモンであると聞いたレイヴン・チャックは手のひらを返したのだった。



生(?)シナモン 見てみたい。


面白ければ高評価お願いします。


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