第三章 新生・彼編 心模様
第21回。
メルにゃん回です。
よろしくお願いします。
馬車がまた少し進んで、すぐ止まる。
そのたびに車体がゆれ、乗っている者もそれにつられて体を揺らす。
その中に、馬車とは関係なく、ふわふわとゆれているものがいた。
そう、お兄さん――転生者への気持ちが、ただの信頼や憧れではないことに気が付いてしまった、14歳の少女。
メルニアだ。
彼女は強く、そして純粋な心を持っている。
彼女は知っている。
いまはまだ、浮かれている場合ではないと。
自身には、『使命』がある。
『帰還』と『復讐』がそれだ。
それが自らに定めた使命なのだ。
……けれど、一度でも意識してしまえば、もう止められない。
恋という名の、甘く苦い心の病は。
溢れ出す想いは、ただそれだけで、どうしようもなく、幸せだった。
そしてこの想いに、気づいた人がもう一人。
そう、この躰の今の主であり、一部とはいえ、魂を共有しているお兄さんこと、転生者である。
(メルにゃんから……伝わってくる……これは、まさか――恋!?
いやいやいや……俺、おじさんだよ?確かに……いろいろと特殊な状況ではあるけど、さすがに俺は、ないだろう。いや、俺じゃダメなんだ。どうすればいい?……彼女を傷つけずに……この想いを、諦めさせるには……)
「ミルユル殿?お疲れのご様子、よろしければ、説明は町に入ってからでも……」
気が付けば、ハシモが心配そうに少女をのぞき込んでいた。
この目の前の商人は、商人には珍しく、誠実な人物のようだった。
預かり証に記されたアイジア金貨三百九枚のほかに、懐事情を慮って現金で大銀貨八枚、中銀貨二十枚を代金として少女に手渡していた。アイジア金貨換算だと三百十枚ということになる。
さらには、この少女に対して――諸王国群での振る舞い方を、丁寧に講義してくれているところだった。
それは開戦間近の敵国で、無事に過ごすための知識だ。
一刻も早く草原へ帰るとしても、あるいはしばらく滞在するにしても、無駄になることはない。
これらはすべて、ハシモの申し出によるものだった。
「あ、いや、申し訳ない。そうですね……少々疲れているのだと思います」
「それはいけませんね。町へ入る手続きは私の方でやっておきましょう。しばらく、人払いをしておきますので、ゆっくり休んでください。では」
そういって、ハシモは柔らかい笑顔を残して、馬車を出ていった。
いま、この馬車内には少女だけが残されていた。
《ハシモ殿は……いい人だな》
《え?ああ……そうだね》
くすんだ窓の外を見れば、ほとんど変わってない景色が見える。
護衛の冒険者も、見えないところで休んでいるのだろう。
静かなものだった。
《昔、草原の民の世話になった恩返しだと、言っていたけど、ここまでしてくれるのかって驚くよ》
《……そうだね。草原には『情けは人の為ならず』という言葉があるんだ》
《ああ、善い行いは、めぐって自分に返ってくるって意味だろう?》
気がつけば、髪を指で弄んでいた。
さらりとした感触を指先に遊ばせながら、鼻先にふれるたび、仄かに甘い香りを胸いっぱいに吸い込んでいた。
メルニアの、そして転生者の癖でもないそれは、誰の仕草とも言い難い、ただ今ここにあるもの。
彼と彼女、ふたつの魂が混じり合ったことで生まれた、名状しがたきひとつの存在がとった仕草だった。
《!……驚いた、よく知ってたね!さすがだよ。お兄さん》
《俺のいた世界にも同じ言葉があったよ。意味が同じなのは共有されてる記憶からもわかったよ》
《へぇ、そうなんだ!じゃぁ、やっぱり統一王って、お兄さんと同じ世界の人なのかもね!》
《アイジア王国の建国王で、いろいろと制度なんかを定めた人だったっけ?》
《そうそう、単位の統一とか、通貨の統一とか、暦の統一も!世界をまとめた人なんだよ。私たち草原の民も、その偉業に手を貸したんだよ!》
《へぇ!それはすごいねぇ!》
《でしょう?でも、諸王国群の奴らは、その王国を裏切り、勝手に王を名乗って、国をめちゃくちゃにしてるんだ》
《なるほど?それで、草原の民と諸王国群は仲が悪いんだね》
《それだけじゃないよ。奴らの中には草原の民を祖に持つ王もいるんだ。奴らは私達をも裏切ったんだ》
『裏切り』この言葉に、少女の胸は激しくざわついていた。
それはメルニアの記憶によるものだったが、転生者はそれを自分のものとして受け入れていた。
激しくこみ上げる怒り。いや、もはや【憤怒】というべきか。
メルニア自身が裏切られ、奴隷へと身を落とし、尊厳を踏みにじられ、そして死に至っている。
《奴らは『和』を裏切った。決して許されざる行いだ》
《和……『和を以て貴しとなす』――だね》
《そして、『草原』の事でもあり、『草原の民』の事でもある。そして、響の座――あれこそ、我らの『和』を形にした議の場だ》
怒りを、その相貌に張りつかせ、まさに戦場へ向かわんとする戦士のような面持ちのメルニアであった。
しかし、窓ガラスに淡く映った自らの顔と目が合った瞬間、大きく息を吐く。
頬を両手で解きほぐし、不器用に口元を持ち上げる。
それは、誰かの目に映りたいという、ほんの少しの期待だったのかもしれない。
気が付けば窓の外は茜色に染まっていた。
それは、故郷を思い起させ、少女の胸に寂寥感を抱かせた。
少女はそっと自らの胸を抱いた。
そこに、共に支え合う存在があることを確かめるように。
いつの間にか、少女の胸には、確かな安らぎと、温かさが宿っていた。
お疲れ様でした。
めるにゃん・・・。




