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夜の訪れ①

 ◆


 コイフ伯爵家当主、サウザール・コイフはロナリア伯爵家へ使いを出した。

 それはロナリア伯爵家への警告だ。

 2家の関係に罅を入れようとする存在が居る事への。


 ロナリア伯爵家の御用商人の皮を被り、ならず者をそそのかし。貴族間の繋がりに楔をいれようとする存在。


 ――恐らくは、“なりかわり”


 サウザールは細めた目を窓にやった。

 空から見える夕焼けは美しく、しかしどこか不吉を孕んでいる様に見える。


『なりかわり』

 それをアリクス王国の貴族が知らないはずがない。


 過去3度の人魔大戦で人類国家に多大な被害を与えてきた魔族だ。

 なりかわりは一種の精神寄生体のような存在である。

 人間に寄生し、宿主の心を食い荒らし…そして乗っ取る。

 乗っ取られた者は白痴の様な有様と成り果てるが、なりかわりはその食い荒らした記憶を使い、人間社会へ溶け込んでしまう。


 厄介なのはそれを判別する手立てを人間が持たないという事であった。

 魔法的なアプローチでも心理学的なアプローチでも看破する事はできない。


 なぜならなりかわりに乗っ取りを受けた者は、宿主の本来の記憶を保持し続けるからである。

 内面を覗きこめる程に優れた術師でも看破はできない。


 なぜなら、なりかわりは抽象的な説明になるが、魂というモノがあったとして、その上っ面は決して傷つけず、水が地にしみこむ様に浸透し、内部だけをくりぬいて乗っ取るからだ。


 余程心が弱っていない限り、もしくは魔力が枯渇していない限り魔力の強い者を乗っ取る事はできないという弱点こそあるが、余り関係はない。なぜなら仮に魔力が強く心もまた強かったとしても、弱らせてしまえば乗っ取れるのだから。

 簡単な話、苛烈な拷問なり強烈な精神的ショックでも与えてしまえばいいのだ。


 魔族の恐ろしさは種族としての強さのみならず、劣っていると見下している人類に対しても、陰謀や謀略の類を平然と使う点にもある。


 ◆


 サウザールの命を受けたのはバルバリであった。

 猜疑心の強いサウザールは手の者を余り持たない。バルバリはサウザールが信頼する数少ない従者だ。尚武の気風があるコイフ家の従者は性別関係なくそれなりに使()()者が多く、バルバリが腰に佩いている無骨な長剣もお飾りではない。

 王都で滅多な事はないはずだが、それでも重要な密書を運ぶ以上、警戒はしておくべきであった。


 重大な密書ならば本来は複数名で運ぶべきなのだが、王都に潜んでいると思われるなりかわりの存在を加味すると、余り大勢で移動は出来ない。バルバリは2人の手下の者と共にロナリア家へ急いだ。


 その足取りは性急だ。


 アリクス王国は基本的に四季がはっきりしている。冬が近付くとその日の入りは驚く程に早いため、余りモタモタしていたらすっかり暗くなってしまう。


 バルバリは懐の密書が持つ意味をしっていた。

 それは不穏の証である。

 アリクス王国に魔族がいる、しかも狡猾なるあのなりかわりが。


(しかし、お館様とロナリア伯が連携を取るのならば問題ありますまい。なんといってもロナリア伯は時にお館様でさえ煙に巻く狐ですからな)


 ◇


 シルファ・ロナリアは暮れなずむ王都を駆けていた。目指すは冒険者ギルドだ。

 その表情は必死そのもので、しきりに背後を気にしている。普段彼女の護衛にあたっているグランツとアニーは居ない。

 彼等は、そう…まさに彼等本来の仕事をしていたのだ。

 シルファを護るという護衛の仕事を。

 シルファが逃げきるだけの、助けを呼びにいくだけの時間を稼がなくてはならない。


 護る…何から?

 まるで正気を失ってしまったかの様に見えるロナリア伯爵家の者達からである。


(クロウ様がいてくだされば良いのですが…っ!)


 シルファの脳裏に今朝の光景が呼び起こされる。



 ◇◇◇


 その日の朝、シルファは屋敷が妙に静まり返っているなといぶかしんだ。

 とはいえ、そこまでだ。

 元々ロナリア家当主オドネイは思索に耽る性質があり、静寂を好んでいた。

 ロナリア家の者達は当主のそんな気質を理解して、屋敷内では必要以上に音を立てる事はない。

 シルファもその辺の事情は知っていたため、それ以上に考えを進める事は無かった。


 シルファはいつものように食事を取ろうとするが、家族が誰一人として居間に居ない。


「お父様?お母様?アネッタお姉様?どこにいらっしゃるのですか?ケイマン!ケイマンはどこです?」


 ケイマンとはロナリア家の家令である。

 誰もいない居間でシルファの声が大きく響いた。

 流石に異常である、と彼女も思ったのだ。


 応え(いらえ)はすぐに返って来た。


 がたん


 何かをぶつける音だ。

 居間の奥には扉があり、そこは伯爵の書斎や寝室を始めとする各所へいく廊下へ繋がっている。


 扉が開いた。

 父だ。


「……お、父さ、ま?」


 オドネイは娘の問いかけに笑顔でもって答えた。

挿絵(By みてみん)

「ああ、シルファ、か。少し具合がわるくて、ね。寝ていたんだ。はやり、やまい、かもしれない。使用人は、帰した。うつっては、いけないからね」


 シルファはオドネイの言葉に何も返せず、ただ頷くのみであった。

 オドネイは静かな人だが口ではなく眼で語る人でもあった。

 よって、その日の気分は眼をみればわかる…はずなのだが。


(……っ…)


 シルファは一歩後ずさる。

 普段は叡智が垣間見えるその眼には、いまや狂気に似た何かが充満していた。


「そ、そうですか…わたくしは…これから冒険者ギルドへいってこようとおもっていたのですが…お薬などは飲まれましたか?癒師を呼び「不要だよシルファ」…」


 オドネイの拒絶が被される。

 穏やかな口調ではあるが断定的な気配が強く漂う。反論は許さない、という意思の表れだろうか?


「そうですか…わかり、ました。お独りにしておくのは心配ですが…」


 シルファがおずおずと言うと、オドネイは首を振った。


「いいんだ、ギルドへ、行って来なさい…ただし、夜になる前には戻って来るように…話が、あるんだ」


話とはなんだろうか?

だがシルファは頷き、どんな話だかも聞く事なしに素早くその場を後にした。

それ以上この場に居てはいけない、シルファの冒険者としての勘がそう告げていたからである。





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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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