8話
次の日、わたくしはまずお父様の執務室を訪れ、遠慮なく切り出した。
「お父様、伯父様が言っていた陛下からの縁談というのは、はっきり申しまして嘘ですわね。昨日アンを連れてエドガー卿のお屋敷に伺って、すべて確認いたしましたの」
「まあミリアン、落ち着きなさい。あれは嘘というより、陛下と兄上の願いと言うべきだな」
「え、陛下と伯父様の?」
お父様はふっと遠くを見るような、どこか困った表情をされた。
「兄上と陛下は昔から仲が良くてな。陛下がこうしてくれぬか、と言えば、兄上は断れない。
そして兄上が勧めてくれば、弟である私もそう簡単には反対できんのだ」
「まあ、伯父様ったら」
わたくしが呆れたように言うと、お父様は肩をすくめた。
「陛下はな、先の北方戦線で大きな功績を挙げたエドガー卿に爵位と領地そして屋敷を与えられた。だが彼は元は平民、領地経営などすぐに出来るはずもない。だから優秀な家令を付けたが、それだけでは心許ないとお感じになったらしい」
そして続けられる。
「貴族としての立ち居振る舞いも、学ばせたといっても完璧ではない。ゆえに、そばで導いてくれる妻がいてくれれば安心だと陛下はお考えになった。そこへ彼が慕っている女性がいるので一度でいいから会わせて欲しいと、陛下に願い出た。聞けば、自分が心を許している公爵の姪ではないか、これは丁度良いと陛下が兄上に話してな。二人で先走ってしまわれたようだ」
わたくしは思わずため息をついた。
『つまり……話を盛ったのは陛下と伯父様だったのね』
わたくしはやっと理解した。
「お父様、これでようやく、伯父様があの日あれほど鼻高々だった理由がわかったわ。
ようは陛下もぐるだったのね」
父は驚いた顔をした。
「ミリアン、いくらなんでもそれは陛下に対して不敬だぞ」
「ごめんなさい。つい言い過ぎましたわ」
そんなわたくしにお父様は優しい眼差しを向けられた。
「ミリアン。……彼の支えになってやれないか?」
その問いかけに、今日はなぜか素直な気持ちが胸に広がった。
「……確かに、今の彼には支えが必要ですわね」
少し考え、わたくしはすっと背筋を伸ばした。
「でしたらお父様。このお話、いっそ王命としてわたくしにお与え下さいませ。そうであれば、わたくし全身全霊で彼を支えてみせますわ」
父は少し呆れたお顔をなさった。
「全く、お前と言う奴は。少し本音を見せたと思ったら相変わらず、素直じゃないな」
お父様は声を上げて笑われた。
「だって……そちらのほうが、わたくしらしさを発揮できますのよ」
わたくしは赤く火照る頬を隠すように後ろを向いた。
「ではお父様、あとのことは伯父様と相談なさってこのお話、進めて下さい」
わたくしは執務室を後にした。
私室に戻り、部屋を整えているアンにわたくしは先ほどのお父様とのやり取りを全て話し、これからはアンにも一緒に協力して欲しいとお願いをした。
すると、アンはお父様と同じように呆れた顔をした。
「全く、相変わらずお嬢様はツンデレなんですから。これではエドガー卿がお気の毒ですね」
「だって、仕方ないじゃない。これがわたくしなんだから」
「あら、そこで開き直りますか」
「開き直っているわけではないの、ただ……」
「はい。お嬢様のお気持ちはよく分かりました」
アンは呆れながらもいつもの優しい笑顔を向けてくれた。




