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高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長  作者: ヴァンドール


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5話

 舞踏会が終わり、私は彼女を侯爵邸まで送り届けてから帰路に着いた。

 屋敷に戻ると、先にルイスが帰っており、私に気づくと軽く手を上げた。


「団長、早かったですね」


「ルイス、今日は助かったよ。ありがとう」


「いえ、お役に立てたなら良かったです。でも団長がルイス殿なんて紹介するから、笑いを堪えるのが大変でしたよ」


「そう揶揄うな。一応、お前の方が身分は上なんだから、公の前では普通のことだ」


「それにしたって、くくく……」


 相変わらず笑い上戸の奴は、笑いを止める気がなさそうだ。

 それどころか、今夜のことを根掘り葉掘り聞きたがる。


「確か今日のあの方は、エクセター侯爵家のご令嬢ですよね。団長とは、どういうお知り合いなのですか?」


「い、いや、先の北方戦線のとき、公爵家の令息が率いていた部隊に援軍に行ったのは覚えているな? その令息のいとこだ」


「? 何故そのいとこを団長がエスコートなさるのですか?」


「……まぁ、細かいことは聞くな」


 すると、また吹き出した。


「お前、その笑い上戸、何とかしろ」


 全くこれでは先が思いやられる。

 私は肩を落としながら、彼女のことを思い返していた。


 果たして、今日のあの状況を彼女はどう感じたのか。

 ダンスひとつ満足に踊れない自分が情けなく、これではとても相手にされない。

 そう思うと、胸の奥に小さな痛みが残った。


――――


 一方そのころ、エクセター侯爵邸では。


 馬車が去っていく音が遠ざかるのを聞きながら、わたくしはそっと息を吐いた。

 胸の奥に残るざわめきを、何とか落ち着けようとするように。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 玄関で侍女のアンが微笑みながら迎えてくれた。


「舞踏会、楽しまれましたか?」


 いつもなら軽やかに『ええ、楽しかったわ』と返すところだが、今夜ばかりは言葉が出てこない。


「ええ、ありがとう。少しお茶を頂くわ」


「かしこまりました。……お嬢様、何となく元気がありませんが、どうかされましたか?」


 応接室の暖炉には、すでに小さな炎が灯っている。

 わたくしは椅子に腰を下ろし、紅茶が注がれるのを待ちながら静かに目を閉じた。


「何でもないわ。少し疲れただけよ」


「そうですか? ならよろしいのですが……」


 どうしてかしら。

 あれほど賑やかな舞踏会だったのに、音楽も笑い声も、今はまるで遠い夢のよう。


 あの方の前では、わたくしの高飛車な態度など何の意味もなかった。

 まるで全てを見透かされているかのようだわ。


『ああ、ダメよミリアン。いつもの貴女らしくないわ』


 心の中で自分に話しかける。


『侯爵令嬢たるもの、軽々しく感情に流されてはいけないのよ。これはただの一時の気の迷い』


 けれど、ふと窓の外に目をやると、冬の夜空に淡く光る月が浮かんでいた。

 あの方も今、どこかで同じ月を見上げているのかしら。


 そんな考えが頭をよぎった瞬間、どうしようもなく胸が熱くなった。

 

「アン、今日はもう休むわ」


 わたくしは寝室に移動した。


「おやすみなさいませ、お嬢様」


 寝室の扉が閉まったあと、わたくしは静かにベッドに腰を下ろした。

 あの不器用な方の笑顔が、まぶたの裏にまた浮かぶ。


 どうして、あんなに真っ直ぐに見つめるの。

 どうして、あんなに優しく話しかけるの。


 枕に顔を埋め、小さく息を吐いた。


『……ほんとうに、厄介な方だわ』


 その呟きは誰にも届かず、夜の静寂に溶けていった。


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