42話(番外編)3
王宮騎士団、その騎士様がわたくしに告白してきたのは、城の中庭で花の香りが満ちていた夜会でのことだった。
「マーガレット様。どうか……わたくしに、貴女を想うことをお許しください」
彼の父は、かつてわたくしのお父様が率いていた部隊に所属していた騎士様だった。
しかも身分は伯爵家。父より家格は上であったにもかかわらず、その方はお父様に礼を尽くし、部下として誇りをもって仕えていたと聞いていた。
幼い頃、お父様がその方と語り合うために我が家へ招いた折、その方の息子である彼もよく一緒に来ていた。
無口で、いつも父親の背に隠れるように立っていた記憶がある。
けれど今の彼は違う。
真面目で、そして不器用なほど誠実な青年で、視線を合わせるとすぐに耳まで赤くなる。
そんな彼が、わたくしに告白してきたのだ。
あまりに真っ直ぐで、わたくしはその場で何も返せなかった。
だって、胸が跳ねてしまったのだもの。
これほど強く、驚くほどに。
その日の夕刻、どうしても心が決まらず、ついに両親のもとを訪ねることにした。
「お父様、お母様……ご相談したいことがありますの」
書斎ではお父様が書類に目を通していて、お母様はその隣で刺繍をしていた。
二人はわたくしを見ると、すぐに柔らかい目をした。
「まあ、マーガレット。そんな真剣にどうしたの?」
「……実は、騎士の方に告白されましたの」
刺繍針がぷつりと止まり、お父様のペン先も動かなくなった。
ひと息をのむ音まで聞こえた。
それから、二人はぱちりと目を合わせた。
「エドガー様、聞きました? わたくしたちの娘が」
「ああ。ついに来たんだな、この時が……」
なぜか、感涙しそうな空気。
「ち、違いますわ! わたくし、まだ返事もしておりませんのに!」
するとお母様は微笑みながら手を握ってくれた。
「で、その方はどんな人なの?」
「真面目で……優しくて……不器用で……」
「不器用で?」
「はい、わたくしの前だと耳が真っ赤になりますの」
そう話した瞬間、お父様とお母様はまた顔を見合わせ、くすくすと笑い出した。
「エドガー様、まるであの日のわたくしたちね」
「あの頃の君を思い出すよ。君の前では緊張しすぎて、言葉が全部裏返っていた」
「ふふ、わたくしも生意気なことばかり言っていましたわ」
「そうだとも」
「お父様、お母様、いちゃいちゃしてないで真剣にわたくしの相談に乗ってください!」
二人は声を立てて笑ったあと、ようやく真面目な顔に戻った。
お父様が静かに言う。
「マーガレット。答えを急ぐ必要はない。大切なのは、その人と一緒にいたいかどうかだよ」
お母様が言葉を繋いだ。
「立場や周囲ではなく、あなた自身の気持ちよ。ゆっくり考えなさい」
胸のなかの結び目が、ふっとほどけていく。
「……はい。考えてみますわ」
部屋を出るとき、背後で二人のひそひそ話が聞こえた。
「エドガー様。娘が告白されるなんて……時が経つのは早いものですね」
「ああ。でもマーガレットなら大丈夫だ。きっと良い答えを見つけるよ」
その声に、こっそり笑ってしまった。
もしこの気持ちが恋なら。
わたくしはきっと、もっと強くなれる。
何故かそんな予感だけが、胸の奥できらきらと光っていた。
わたくしは翌朝、二人に昨日伝え忘れていた騎士様のお名前を告げた。ふたり共良く知っている方なのでそれほど驚きはしないと思っていたが意外にもかなり、驚かれてしまった。
お父様の第一声は
「何!? あのルイスの息子だと!?」
お母様は涼しいお顔で
「昔、お父様の代わりにわたくしとダンスを踊ってくださった方のご子息なのね」
思わずわたくしは
「はい? どういうことですの?」
しかし二人はそれ以上は教えてくださらなかった。
「これはね、大人の物語なのよ」
お母様はそう言って、楽しそうに笑った。
「ならお聞きしません。お返事はわたくしが時間をかけて考えますわ。でも大丈夫。わたくしはお父様とお母様の娘なのだからきっと素敵な答えが出せるはずだわ」
それを聞いた二人は、顔を見合わせ苦笑してらした。
「やはり、わたくしたちの娘ですわね。エドガー様。」
「ああ。間違いないな」
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子は親の背を見て育つと言うけれど、
果たして彼らの恋の行方は?
子供たちの恋の物語はまだ始まったばかりです。
完




