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高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長  作者: ヴァンドール


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41話(番外編)2

 辺境伯家にロイド様が婿養子として入ってくださってから、わたくしたちふたりには、娘が授かった。名前はルーシーという。

 

 そのルーシーが夜会から戻ったと思ったら珍しくノックもせずに、わたくしの部屋へ入って来てベッドの端に腰を下ろした。そこまで見て、母親であるわたくしは悟った。


「ルーシー、何かあったのね?」


 娘はしばらく唇を結んでいたが、やがて小さく息を吐いた。


「……マーク様に、お断りされましたの」


 その言葉に、胸の奥が懐かしく疼いた。


「丁寧に、優しく。でもはっきりと……モニカ様をお慕いしている。だからすまないと」


「そう。モニカさんとはどちらのご令嬢なの?」


「彼女は伯爵令嬢です」


 ルーシーは俯いたきりだったが、少しの沈黙の後、また口を開いた。


「侯爵令嬢グループに意地悪を受けていた子爵令嬢を、その伯爵令嬢のモニカ様が颯爽と助けられたそうで……それがとても凛として素敵だった、と。その日から心を奪われてしまったそうです」


 ルーシーは俯き、手をぎゅっと握った。


 ああそうだわ、覚えている。わたくしも似た夜を過ごしたのだもの。


 そっと娘の隣に腰を下ろす。


「ルーシー。この会話はロイド、お父様には内緒よ?」


 娘が顔を上げる。


「……え?」


「実はね。昔、わたくしもエドガー様に振られたことがあったのよ」


 ルーシーの瞳がまん丸になる。


「お母様が……?」


「そうよ。とても真剣に好きだったわ。でも、その想いは届かなかったの。エドガー様はミリアン様を心から愛していたわ」


 静かに言うと、ルーシーは息を呑んだ。


「では……お父様とは……」


「ええ、振られたからこそ出会えたの。お父様はね、すべてを知っていたけれど、そのことには一切、触れては来なかったの。それがどれほど救いになったことか」


 娘は少しだけ目元を緩めた。


「それがお父様の優しさなのね。……わたくしにも、そんな方が現れますかしら」


「もちろんよ。だってあなたはわたくしの娘なのだもの」


 そう言うと、ルーシーはようやく小さく笑った。


「でも、このことは……」


 今度は二人で声を揃える。


「お父様には内緒ね」


 くすくすと笑い合う。


 そのとき廊下から父、ロイドの声が聞こえた。


「ソニア、ルーシー。何だか楽しそうだな」


 娘とわたくしは顔を見合わせ、さらに笑った。


 母はエドガーに振られ、娘はエドガーの息子に振られた。


 つくづく思う。


「わたくしたち、エドガー家とは本当にご縁がないのね」


 ルーシーも笑って頷いた。


 でも、それでいい。


 だってその先には、また別の、それぞれの幸福が待っているのだから。


ーーーー


《マーク視点》


 モニカ嬢と出会ったのは、あの夜会だった。

 侯爵令嬢たちに囲まれて今にも泣き出しそうな子爵令嬢を、彼女は迷いなく助けに入った。


「みっともない真似はおやめになって。身分は振る舞いで決まりますのよ」


 その声音は凛として冷たく、けれどその手は震えていた子爵令嬢の背中をそっと支えていた。


 その瞬間、僕は心を掴まれたのだ。


 後日、勇気を出して声をかけたときのこと。


「モニカ様。僕は……あなたをお慕いしています」


 彼女は扇を傾け、毅然と答えた。


「まあ。いきなりこのわたくしに告白ですか、貴方にそれなりの覚悟はお有りかしら?」


「もちろんです」


「でしたら、証を見せてくださる?」


「証……ですか?」


 モニカ様はわざとらしく目を伏せ、それから挑発的に言った。


「わたくしが好きなら、完璧にわたくしをエスコートしてくださらない?」


 胸が高鳴ると同時に、不安も押し寄せた。


 ……完璧とは?


 結局その夜、僕は両親の部屋へ向かった。


「父さん、お母様、ご相談したいことがございます」


 父は眼鏡を外し、母は刺繍を置いた。


「マーク、どうしたの?」


 僕は正直に告げた。


「モニカ様に……お慕いしていると伝えました。すると『完璧にエスコートして』と言われまして。僕はどう振る舞えば……」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、


 二人は顔を見合わせ、堪えきれないというように笑い出した。


「エドガー様、覚えてらっしゃる? あの夜のわたくしたち」


「覚えているとも。君は言ったね。『わたくしを社交界で最も輝かせて』と」


「まあ、あの時のわたくしは若かったので、つい強気なことを言いましたわ」


「だが、私はそれを聞いて必死だった」


 二人は懐かしそうに笑い合っている。


 母は僕の手を取り、言い聞かせる。


「マーク。高飛車に見える女性ほど、実はとても慎重なの。だから、相手が自分に対しどこまで真剣か試したいのよ」


 父さんも静かに頷く。


「そして、そういう女性は支えられるより、並び立てる相手を求めている。ミリアンがそうであったように。だから、お前がそう在れるなら、自然と道は開けるはずだ」


 父さんは母をじっと見つめた。


「では……僕も父上のように?」


「ええ、きっとそうなるわ。だって貴方はわたくしたちの息子ですもの」


 その言葉に、背筋が自然と伸びた。


 完璧に、なんてまだ言えない。


 けれど。


 彼女の隣に立てるよう努力することなら、恐れずに進める気がした。


 そして僕はふたりに言った。


「父さん、お母様、僕はふたりの子供で本当に良かったです」


と。





                    


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