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高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長  作者: ヴァンドール


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34/42

34話

 その後、エドガー様はご自分の覚悟を宣言するかのようにわたくしの手を握りながら話された。

 エドガー様に強く握られた手に、わたくしの心臓は再び高鳴った。


「ミリアン、私はもう二度と貴女の手は離さない。どんな時も何があってもです。だから私を信じてこれからも隣にいて欲しい。決して後悔はさせない」


「エドガー様……」 


 わたくしは、彼の瞳の中に、以前の苦悩や諦めではなく、自分への確かな愛と未来への強い意志が宿っているのを見て取った。 

 この愛こそが、彼を再び立ち上がらせたのだと理解し、込み上げる感動を抑えきれなかった。


「わたくしの願いは、ただ一つ。貴方の隣で、貴方の笑顔を見て生きていくことです。貴方の足が不自由でも、わたくしが支えます。わたくしの命が続く限り、貴方の杖となりますわ」


 エドガー様は微笑み、わたくしの頬に触れた。

 その手のひらは、昨日命がけで自分を庇った時の、力強さと優しさを兼ね備えていた。


「君のその言葉だけで、私はどんな薬よりも癒される。そして、君の愛に応えるため、私は今日からまた、新たな戦いを始める。いつか必ず君をエスコートして、この手で舞わせて見せる」


 そう告げて少し照れていらした。


「でもエドガー様、決して急がないでください。ゆっくりでいいのです。わたくしは貴方の隣にいると決めたのですから」


 彼は、もう周りにも自分の障害を隠すことはしない。わたくしに全てを預け、共に歩む覚悟を決めたのだ。


ーーーー


 扉の外では、控えていた家令のレイモンド、がそっと応接室の中を見つめていた。


(ご主人様は、変わられた。まるで、怪我をする前の……いいや、それ以上の光を、その瞳に宿しておられる)


 昨日の嵐で、ご主人様の身体が反射的に動いた瞬間を、私ははっきりと見ていた。あれは、意識的に動かしたのではなく、本能だった。そして、ご主人様が言った『回復に向かっている実感』という言葉。それは、ミリアン様の愛が、ご主人様の身体の奥底に眠っていた治癒の力を呼び覚ましたのかもしれない。

 私は静かに胸の前で手を組み、二人の未来を祈った。


「ミリアン様……どうか、ご主人様を照らし続けてください」


ーーーー


 二人の婚約は、すぐにエドガー卿とミリアンの実家、両家の間で進められた。ミリアンの父は、エドガーの深い愛を知り、惜しみない祝福を送った。


 数週間後、快晴の空の下、二人はエドガー家の広い庭で、結婚を正式に報告するための小さな茶会を開いた。庭は、嵐の爪痕を綺麗に修復され、生命力あふれる緑が陽光に輝いている。

 エドガーは、相変わらず杖をついていたが、その立ち姿には一点の曇りもなかった。ミリアンは、エドガーの隣に立ち、彼の腕にそっと手を添えている。


「皆様」


 エドガーの落ち着いた、しかし力強い声が、集まった招待客たちに響いた。


「この度、私、エドガー・ウィルソンは、ミリアン嬢と結婚いたします。彼女は、わたくしが最も絶望していた時、再び生きる希望を与えてくれた、命の恩人です」


 エドガーはミリアンの方を向き、深く愛おしむ眼差しを向けた。


「私は、彼女の愛に応えるため、人生の全てを捧げます。この身が不自由であろうと、彼女の隣を歩き続けます。共に、幸福な未来を築くことを、ここに誓います」


 ミリアンは涙を浮かべながら、エドガーの顔を見上げた。彼は、最高の笑顔で彼女を見つめ返した。


 ミリアンは思った。


(わたくしの選んだ道は、決して間違っていなかった。この愛こそが、わたくしの欲しかった全て)


 彼らが唇を重ねた瞬間、庭中に温かい拍手が沸き起こった。



 その夜、わたくしたちはようやく本当の意味での夫婦となった。

 エドガー様は驚くほど優しく、まるで壊れものに触れるように、わたくしの不安を一つひとつほどいてくださった。震える指先を包み込んで、額へ、頬へ、そして唇へと落とされる口づけはどれも慈しみに満ちていて、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 夫婦の営みなど、まるで知らないわたくしはただ彼の掌のぬくもりと、触れ合う体温に身を委ねた。エドガー様はどこまでも優しくいたわるように寄り添ってくださる。そして

「こんな日が訪れるなんて思わなかった。……愛してる」 

 そう囁く彼の声は、どこまでも幸せそうで、その言葉がわたくしの胸を熱くした。

 触れ合うたびに、心が満たされていく。

 こんなにも人は、誰かを愛し誰かに愛されることで信じ合えるのだと、初めて知った。

 やがて、わたしたちは互いの鼓動を確かめ合うように抱き合ったまま、静かな朝を迎えた。 

 カーテンの隙間から差し込む陽光が、眠りの名残を照らすようにわたくしの頬に優しく触れる。眩しさにそっと瞳を閉じながら、ああ、ようやく、本当の夫婦になれたのだと胸の奥で静かに実感した。


 わたくしは繋いでいた手を、少しだけ強く握った。すると彼もすぐに握り返してくれる。その温もりにまた心が満たされる。

 夜を経て、結ばれた絆は、これまで以上に深く、確かなものとなっていた。 


 差し込む朝の光は、まるでわたくしたちの未来が明るく温かなものであると告げているようだった。

 もちろん、この先の人生が決して順風満帆とは限らない。

 エドガー様のリハビリがどれほど続くのかも分からないし、貴族社会はかつての英雄を放っておくとは思えない。思惑も嫉妬も、試練も、きっと訪れるだろう。


 それでも、わたくしたちは知っている。

 一度、嵐を共に越えた愛は、どんな困難にも揺らがないのだと。

 

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