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高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長  作者: ヴァンドール


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33/42

33話

 その後、わたくしはお父様に報告するため、一旦エドガー様のお屋敷を後にした。

 外へ出ると、先ほどまでの暴風が現実であったことを突きつけた。

 庭はひどく荒れ果て、木々がなぎ倒されていた。


 馬車に揺られながら、わたくしは先ほどの出来事を思い返していた。

 胸は高鳴り、手のひらにはエドガー様の体温がまだ残っているようだった。

 あの時の彼の力強い腕が、わたくしの命を救ってくれた。


「どんな未来でも一緒にいられるなら……」


 わたくしの言葉に、エドガー様が見せたあの柔らかな表情。あれが、わたくしの欲しかった全てだった。 


 屋敷に着くと、お父様が玄関でわたくしを待ち構えていた。

 その顔には、隠しきれない不安が浮かんでいた。


「ミリアン! 無事だったのか。竜巻が来たと聞いた。しかもエドガー卿の屋敷の方角だったと知って、気が気ではなかった」


 わたくしは父の心配を和らげるように、精一杯の笑顔を向けた。


「はい、お父様。わたくしは大丈夫です。ですが、エドガー様のお屋敷が少し……」


 わたくしは、再会を果たしたこと、そして突然の暴風と、エドガー様がわたくしを庇って怪我をされたことを、包み隠さず話した。

 父は、わたくしの話を聞くうちに、その表情を驚きから感動へと変えていった。


「そうか……そうであったか……。彼は本当に、お前を想っていたのだな」


 父は涙ぐみ、わたくしの頭を優しく撫でた。


「お父様。わたくし、決意しました。エドガー様と共に生きていきます。たとえ足が不自由なままだとしても彼の未来を支えたい。この気持ちに、もう迷いはありません」


「そうか。決めたのだな。ならば私は何も言わぬ。自分の思うままに進みなさい」


 父は力強くわたくしの手を取り、その決断を祝福してくれた。これでわたくしは、胸を張ってエドガー様のもとへ戻れる。


ーーーー


 ミリアンを見送った後、応接室の片付けを使用人に任せ、私は自室の椅子に深く腰掛けた。

 背中の痛みは確かにあったが、それよりも、ミリアンへの愛が成就した喜びが勝っていた。


「……レイモンド」


「はい、ご主人様」


レイモンドは静かに私の前に立つ。その目は、まだ驚きを帯びていた。


「先ほどの動きは、誰にも言わないでくれ。いいか、一切だ」


「……承知いたしました。ですが、ご主人様。足は……」


 レイモンドは言葉を濁したが、その視線は私の足元にあった。


「正直に言おう。勿論、未だ完治はしていない。杖なしで歩行できる時間は短いし、痛みも常にある。だが……もしかしたら回復に向かっている、そんな実感が……」


 私は笑った。これほど晴れやかな気持ちで笑うのは、怪我を負ってから、初めてのことだった。


「ミリアンを守るため、身体が勝手に動いた。彼女は、私にとってそれほどの存在なのだ。これからは、彼女の愛に応えるためにも、リハビリを今以上に取り組もう。彼女の隣を、胸を張って歩けるように」


 レイモンドは深々と頭を下げた。


「……恐れ入りました、ご主人様。ミリアン様は、やはり貴方の特別なのですね。しかし今以上のリハビリは返って身体に負担になってしまいます」


 そう言って笑顔を向けてくれた。


 翌日、ミリアンは再び屋敷を訪れた。

 今度は、結婚の許しを得たという、確かな自信を胸に。


 応接室は、昨日の嵐の爪痕が嘘のように片付けられていた。窓はすぐに修理業者によって割れた部分は板で覆われ、カーテンは新しく変えられていた。

 私は、昨日と同じ椅子に座っている。だが、その表情はもう、以前の陰鬱なものではなかった。


「ミリアン、また会えた」


 私は立ち上がろうとしたが、ミリアンはそれを制した。


「無理はなさらないでください、エドガー様。わたくしは、もう逃げませんから」


 そう言って、ミリアンはそっと、私のすぐ隣にあるソファに座った。そして、彼女は私の手を握り、真剣な眼差しを向けた。


「エドガー様。わたくしは、貴方の妻になりたい。今度こそ本当の」


 迷いのない、真っ直ぐな言葉。

私は、ミリアンの眼差しを受け止め、その透き通るような瞳を見つめた。 


「ミリアン……」


 私は、ミリアンの頬を手で触れた。


「君のその言葉は、私がずっと欲しかった言葉だ。ありがとう。私は君を愛し、守り続けると誓う」


 その言葉は、まるで結婚式の誓いのようだった。

 外はもう静まり返り、二人の未来を照らすかのように、午後の太陽が窓を覆う板の隙間から細く、暖かく差し込んでいた。


 二人の愛は、一度の絶望と、嵐を乗り越え、確固たるものとなった。

 これから続く長い道のりも、二人で手を取り合って、笑い合い、迷いながら進んで行こう。もう決して繋いだ手を離すことはしない。

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