表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長  作者: ヴァンドール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/42

32話

 雷のような轟音がお屋敷に響き渡った。


 ただの落雷ではない。

 そう直感するほど、空気が震えていた。


「ミリアン、逃げるんだ! 私は」


 エドガー様が言いかけたその時


「ご主人様! ミリアン様!」


 レイモンドさんが駆け込んできた。

 顔色が青ざめている。


「ただいま庭の大樹が折れ……し、支柱が倒れました! 風が急に……! 屋敷の外側で被害が!」


 その瞬間、

 キイィイィ……ッッ!!

 甲高い悲鳴のような木の軋みが、窓の外から響いた。


 私たちは一斉に振り向く。


 応接室のすぐ外に立つ、古い庭木が、

 暴風に煽られ、今にも根元から折れそうに大きく傾いていた。


 そしてその倒れる先には


(ここ……!?)


 わたくしは反射的に身を強張らせる。


 エドガー様も即座に気づいた。


「ミリアン、伏せろ!!」


 彼の声が響いた瞬間。


 ドドードン、ガシャアアアアァンッ!!


 大きな窓が破裂したかのような衝撃音。


 ガラスの破片と木片が飛び散り、

 その破片がわたくしの真横へ向かって突き刺さるように飛んできた。


(避けられない!)


 と思った、その刹那。


 エドガー様の腕が、強く私の身体を抱き寄せた。


 次の瞬間、

 わたくしの視界は彼の胸で覆われた。


ーーーー



(間に合え……!!)


 気づけば身体が勝手に動いていた。


 杖など握っている余裕はなかった。

 いや、握っていては間に合わなかった。


 痛みが脚を貫く。

 だがそれでも、ミリアンの身体を抱き寄せ、床へと転がるように覆いかぶさった。


 破片が背に当たり、服が裂ける感覚が走る。


「エドガー様!!」


 ミリアンの声が震えていた。


 だが私は平気だと告げ、息を吐きながら言った。


「大丈夫だ……君は無事か……?」


 痛みなど、どうでもよかった。

 守れた! その事実だけが胸に熱く広がっていた。


 レイモンドが駆け寄り、状況を確かめる。


「ご主人様……いまの動き……!」


 そう、レイモンドは見たのだ。


 杖なしで、十歩以上を駆けた私を。


 本人よりレイモンドの方が呆然としていた。


「ご主人様……脚が……!」


「……後で話す。ミリアンを先に」


 (もし、杖なしに足が動いたことを告げれば期待させてしまう。まだ私自身確証が持てない以上知らせてはいけない)


 自分のことより、まずはミリアンだ。


 腕の中の彼女は、驚きと安堵の表情で、震えながら見上げてきた。


「エドガー様……どうして……」


「どうして、だって……?」


 私は思わず苦笑した。


「君のことになると、身体が勝手に動くんだ……」


 ミリアンの目が大きく見開かれた。


 その頬が、静かに紅く染まっていく。


ーーーー



 心臓が痛いほどに跳ねた。


(エドガー様が……わたくしのために……)


 エドガー様の胸に抱かれたまま、しばらく動けなかった。


「怪我は……? 本当に……?」


「少し背中を打っただけだ。大したものではない」


 そう言う彼の横顔は、痛みに耐えつつもどこか晴れやかだった。


 わたくしは、震える指でそっと彼の衣服の端を掴む。


「……わたくし……怖かったのです。

 あなたを失うかもしれないと……」


「ミリアン」


 呼ばれた声は、深くて、優しかった。


「さっき君は言ったな。『一緒に迷いましょう』と」


「……はい」


「私はもう迷わない。

 君をもう一度手放す方が、何より恐ろしいと……今の瞬間、骨身に染みた」


 胸がきゅうと締めつけられる。


「エドガー様……?」


「だから……君に許されるなら……私はまた、君の隣に立ちたい」


 言葉が、震えた。


「身体はまだ頼りないが……それでも、君を守るためなら……私はまた歩ける気がする」


 わたくしは、涙をこらえきれなかった。


 彼の手を掴み、強く握り返す。


「……はい。わたくしも……あなたの隣が良いのです。どんな未来でも一緒にいられるなら……」


 エドガー様はその言葉を聞いた瞬間、

 深く、柔らかな表情を見せた。


ーーーー


 ミリアンが涙を流して自分の手を握りしめている。


 たったそれだけで、痛みなど、どうでもよくなる。


「ミリアン……ありがとう」


 私はそっと、彼女の頬に手を添えた。


 そのとき外で騒がしかった風の音は、いつの間にか遠くに去って行った。


 まるで、二人の再会の瞬間を見届けるために吹き荒れ、役目を終えて静まったかのように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ