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高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長  作者: ヴァンドール


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22/42

22話

 夜明け前の空は深い静寂に包まれて、ただ淡い光に沈んでいる。

 その冷たい光の中で、私は机に向かい、震える指先で手紙をしたためていた。


 ミリアンの気配が完全に消えて、まだ半日も経っていない。

 彼女が別れを告げられた瞬間のあの顔が、何度も脳裏に蘇る。

 痛み止めも効いていない脚より、胸の奥の疼きの方がよほど厄介だった。


しかし、これは彼女の未来のための痛みだ。


 私は乱れる呼吸を整え、一通目の封筒を前にした。


侯爵閣下へ。(ミリアンの父)


 この度、私はミリアンとの婚姻を無効とする手続きを取らせていただきました。

 突然の報せとなったこと、深くお詫び申し上げます。


 先の北方戦線のおり、戦地で受けた負傷により、私は生涯、歩くことは叶わぬ身となりました。

 身体の自由が戻る見込みはなく、今後夫としての役目を果たすことは不可能でございます。


 婚姻は未だ白きままであり、ミリアンの未来を縛らずに済む状態でございました。

 この状況で彼女を伴侶として縛り付けることは、私には到底できません。


 さらに閣下には真実を申し上げねばなりません。

 私はミリアンには、別の女性を愛してしまったと伝えました。

 その女性とは、戦地で一時期世話になっていた辺境伯の娘でございます。


 しかし、それは嘘でございます。

ミリアンの性格をよくご存じの閣下であれば、きっとお察しくださるでしょう。

 彼女は夫だからという理由で、自らの人生を投げ捨てる人です。


 それを避けるためには、彼女に憎まれ、見限られる以外に、道がありませんでした。


 どうか、どうか、彼女に明るい未来をお与えください。

 彼女は、私が失った力の何倍も、まっすぐに人を導ける女性です。


 私はもう、夫として共に歩む資格も力もございません。

 心から、ミリアンの幸せを願っております。


ーーーー


 書き終える頃には、インクがわずかに滲んでいた。

 涙か、指先の震えか。

どちらでも同じことだった。


ーーーー


そして、二通目。

 こちらは、筆が動かなかった。


 陛下は自ら王命として婚姻を認め、我々を結びつけてくださった。

 そのご厚意を裏切る形になる。


私は深呼吸し、震える胸を押さえながら書き始めた。


陛下へ。


 この度、私エドガー・ウィルソンは、妻ミリアンとの婚姻を無効とする手続きを取りました。

 王命を頂いての婚姻であったにもかかわらず、このような形となり、誠に申し訳ございません。


 戦地での負傷の後遺症は回復せず、今後も歩行の見込みはございません。

 私自身、夫としての務めを果たすことは不可能であります。


 彼女には、私が他の女性を愛したと伝えました。

 これは、彼女の将来を守るための嘘です。


 ミリアンは非常に責任感の強い娘でございます。

 もし私の状態や弱さを知れば、必ず自分を犠牲にし、共に沈もうとするでしょう。


 しかし陛下。

 彼女は大業を成せる女性です。

 軍人崩れの妻として一生を終える器の者ではありません。


 私が手放すことで、彼女が自由に未来を選べると信じております。


 どうか、彼女の行く末をお見守りください。


最後に。

 陛下にいただいた御恩を忘れたことは一度もございません。

 この決断が非礼であっても、どうか彼女のための選択であるとご理解を願います。


ーーーー


 書き終えた瞬間、胸に鋭い痛みが走った。

呼吸が浅くなる。


レイモンドがそっと背中を支えてくれる。


「……これで、彼女は自由になれる」


 私はそう呟いたが、声は掠れ、説得力がなかった。


 レイモンドはただ静かに涙を拭い


「……ご主人様が一番、不自由になってしまわれましたね」


と、小さく言った。


その言葉に、私は返す力を失った。


ーーーー



 書き終えた手紙を前に、私は深く息を吐いた。

これでいい。

 これでミリアンは羽ばたける。


 嘘の刃はいつだって、真実より深く自分を傷つける。

 それでも構わなかった。

 彼女の未来を守れるのなら。


 私はそっと目を閉じた。


 灰色の空が、窓の外にゆっくりと広がっていく。


 その夜、私は夢を見た。私がこの手で彼女を舞わせている夢を。

 もう叶うはずのない夢だと分かっていたが、その光景は、驚くほど自然で、胸に痛いほど甘かった。

 夢の中の彼女は、私を見つめ微笑んでいた。

 だが、目が覚めた瞬間、静かに現実が戻ってくる。その時、もう叶わない夢なのだと、涙が一筋頬を伝わった。

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