表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長  作者: ヴァンドール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/42

20話

 二日後の夜明け、薄い雲の切れ間から光が差し込んだ。

 廊下の奥からは重い足音が近づいて来る。


 レイモンドさんである。


「奥様……」


 彼は複雑な顔で一礼した。

 その眉間には深い皺が寄っていて、ただならぬ空気を感じ取っているのがわかった。


「先程こちらに到着いたしました。陛下も心配しておられます。ご主人様の容態は……」


 わたくしは黙ったままエドガー様の横たわる部屋へと案内をした。

 そしてすぐ横に置いてある椅子に座り、エドガー様の顔にかかる髪に触れた時、微かに睫毛が揺れた。


「……エドガー様……?」


 わたくしの呼びかけに、彼の瞳がほんの少しだけ開く。

 あの、わたくしが愛する深い海のような青色が、かすかに揺らいでいる。


「ミリアン……なのか」


「はい。意識が戻ったのですね……!」


 涙が、勝手に落ちる。

 その声に気づき、レイモンドさんが背後で小さく息をのんだ。

 彼もまた、この瞬間をどれほど喜んだだろう。


 すぐに医師が呼ばれ、皆が集まった。

 医師はエドガー様の容態を確認し、周囲に向き直る。

 その表情は、決して良い知らせを告げるものではなかった。

 わたくしは前もって辺境伯様から聞かされていたので覚悟は出来ていた。


「……残念ですが、卿は今後、歩行は難しいでしょう。おそらく生涯……」


 その言葉が部屋に落ちた瞬間、ソニア様は青ざめ、レイモンドさんは拳を握った。


 だけどエドガー様は、笑った。

 ひどく静かに、そしてゆっくりと話し始めた。


「……そうか。なるほどな」


 彼はしばらく天井を見つめ、それからぽつりと言った。


「ミリアン。貴女は……社交界の華でしたね。私は、この戦いが終わったら……ルイスに頼んでダンスの続きを教えてもらうはずだったんですよ」


「え……」


「昔、貴女に課題を出されたことがありましたね。

 『わたくしを輝かせるエスコートをしてみなさい』って……」


 そんなこと……。


 胸が痛くて、息ができなかった。

 彼はあの日、真剣に受け止めてくれた。

 まさか今でも、それを叶えようとしていたなんて。


「だが、もう……その約束は、果たせそうにないな」


 言葉に込められた悔しさは深かった。

 でもそれ以上に、彼の横顔には、わたくしへの怖いくらいの思いやりを感じた。


「ミリアン。私は……貴女を幸せにできない」


「そんなこと、ありません。わたくしは……」


 遮るように、彼は言った。


「いや。私では、貴女の妻としての未来を奪ってしまう。

 貴女はまだ若い。もっとふさわしい男が……」


「わたくしはエドガー様がいいのです。あなた以外望んでおりません」


 強く言い切ると、レイモンドさんまで目を伏せた。


 医師はわたくしたちを、まだ意識を取り戻したばかりだからと扉の外へと促した。


 それきり彼は言葉を発することはなかった。

 ただ瞳からは一筋の涙がシーツを濡らしていたのが見えた。


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ