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高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長  作者: ヴァンドール


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11/42

11話

 その夜。

 新居の寝室は、柔らかな灯りに包まれ、暖炉の火が静かに揺れていた。外の風の音が時折、窓を叩く。


 わたくしが歩み寄ると、そこには大きなベッドと、隣にもうひとつ小さな寝室の扉があった。

 エドガー卿がその前に立ち、静かに頭を下げる。


「お嬢様……本日より寝室は、こちらをお使いください」


 彼の声は低く、慎重で、どこか痛々しいほどに真剣だった。


「では、エドガー卿は?」


 戸惑いと少しの不安を胸に問いかける。


「私は……隣の部屋で休みます」


 わたくしは息を飲んだ。

 王命はあくまで自分の内緒の希望で、彼は誤解したままだった。だけど今更本当のことを告げるわけにもいかない。

 だからこれは仕方がないこと。自分が望んだ結果なのだから、と心を静める。


「やはり結婚前に言われたことを実行なさるおつもりですか?」


 彼は視線を落とし、少し間を置いてから答えた。


「前にも言いましたが、お嬢様は王命だから私と結婚された。ですので、まだ心から私を望んでくださったわけではない、と私は思っております」


 わたくしは唇を噛む。

 今一度、自分が望んだことゆえ、誤解されるのも仕方ない、そう自分を納得させた。


 彼は小さく息を吐き、苦しげに頷く。


「それゆえ、私が強引に求めれば、あなたの心を傷つけてしまう。だから私は、あなたが心から私を慕ってくださる日が来るまで、夫婦としての関係は持ちません」


 静かに、しかし揺るがぬ決意の声。

 わたくしは一歩、彼に近づく。


「……エドガー卿」


 小さく息をつき、言葉を選ぶ。


「でしたら責めて、お嬢様ではなく、名前で呼んでいただけませんか?」


 彼は目を見開く。ぎこちなく喉を鳴らし、少しだけ視線を上げる。


「……え、良いのですか? それでは、えーっとミリアン様」


 初めて彼の口から自分の名前が出た。

 わずかにぎこちないが、誠実な響きがあり、わたくしの胸にじんわり温かさが広がる。


「……敬称もいりません。わたくしたちは夫婦になるのですから。ミリアンと呼んでください。わたくしは旦那様か、エドガー様とお呼びさせていただきます」


「はい……では今後は、ミ、ミリアンと呼ばせていただきます」


 静かな沈黙の中、二人の間にわずかに柔らかい空気が流れた。

 それでも、彼の決意は揺るがない。


「ミリアン……今夜はゆっくりお休みください。

 私は……隣で、あなたを見守ります」


 その言葉に、わたくしは胸が締めつけられる。

 優しく、大切にしてくれる、でもまだ、だいぶ遠い距離。


 扉が閉まる前に、わたくしは静かに呟いた。


「……ありがとうございます。隣にいてくださるだけで、心強いですわ」


 初夜は、互いの想いの距離と、名前を通じた新しい一歩をそっと刻み、静かに幕を下ろした。

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