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第1話「約束」

花宮陽菜


 二月の冷たい風が、開いた窓から吹き込んで、あたしの部屋のカーテンを揺らしている。


 ベッドに横たわると、枕はもう止まらない涙でぐっしょり。胸が痛い。誰かにナイフを突き刺されて、ゆっくり、残酷に抉られているみたい。ランプの弱い光が壁に震える影を落として、あたしは天井を見つめながら、どこで全てが崩れてしまったのかを考えていた。


 ゆうくん…フラヴちゃん…理香ちゃん…


(どうして…どうしてこうなっちゃったの?)


 あたしは膝を抱えて丸くなる。掛け布団は足元でぐちゃぐちゃだ。お台場でのクリスマスの記憶が、鮮明な悪夢のように蘇る。彼の肩の血…あの男…ランフレッドを追いかけながら見せた、無理した笑顔。爆発、そして白いカーテンのように舞い上がる雪。


 彼は死んでいたかもしれない。あたしのせいで。


 そして、校長室で、全てが明らかになった。あたしが話した。あたしが彼の秘密を裏切った。パソコンに侵入して、彼の正体を見た――クルセイダー、ヒーロー…そして、人殺し。それで今は?彼はもう、あたしの方を見ようともしない。


「お願い、ゆうくん、あたしのこと嫌いにならないで…」あたしは囁く。声は途切れ、すすり泣きに飲み込まれた。


 震える手で、画面が消えたままのスマホを握りしめる。電話したい。ごめんなさいって、あなたを守りたかっただけなんだって、叫びたい。でも、どうやって?彼はヒーローで、あたしは…あたしはただの恋する自己中心的な女の子で、彼を危険に晒しただけ。


 熱い涙が頬を伝う。そんな自分が大嫌い。こんなに弱くて、どうすればいいか分からなくて、彼の信頼を裏切った自分が。


 フラヴちゃんも…あの日、彼女はあたしを抱きしめて、プレッシャーをかけてごめんなさいって、泣いていた。でも、彼女の目には恐怖があった。彼女は一度彼を失いかけたことがある。何週間も姿を消して、怪我だらけで帰ってきた彼を。そして今…彼はまたあの世界に戻ろうとしている。


(あたしのせいで。)


 理香ちゃん…


 彼女のことを考えると、胸がズキンと痛む。彼女がターゲット。誰かが彼女を殺そうとしていて、彼女はその理由さえ知らない。彼女の金色の瞳に浮かんだ絶望を見た。どうしてこんなことに、と震える姿を。彼女は何も悪くないのに。誰も悪くないのに。でも、ゆうくんはいつものように、全部一人で背負ってる。みんなを守れると思ってる。でも、誰が彼を守るの?校長室で見た、あの冷たくて、虚ろな目から、誰が彼を救うの?


 あれは、あたしが愛するゆうくんじゃなかった。斎藤さんが言っていた、彼がそうなるために育てられたという暗殺者、ジャック・シルバーハンドだった。そして、あたしは…あたしは、彼にあんな風に戻ってほしくない。


 でも、あたしに何ができる?何もない。ベッドで泣いてるだけの、バカなあたし。彼を永遠に失うことを、ただ怖がっているだけ。


 枕に顔を埋め、泣き声を押し殺す。


「ごめんね、ゆうくん…全部、ごめん…」


 あたしの声は糸のように細く、ほとんど聞こえない。ただ、時間を戻せたらと、そう願うだけだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 数日が過ぎ、学年はほとんど終わったようなものだった。二月は開盟高校に重い空気をもたらした。まるで学校自体が、何かが酷く間違っていると知っているかのように。授業はただの補習と復習で、誰も真面目に聞いていない。


 そして、ゆうくんは…ほとんど姿を見せなかった。授業に来ても、まるで幽霊みたい。教室に入ってきて、いつもの単調な声で内容を説明して、そして出ていく。あたしを見ない。あたしと話さない。


 話しかけようとすると、すぐに遮られる。「花宮さん、授業に集中しなさい」「それは生徒会の議題ではありません」


 まるで、あたしが完全な他人であるかのように。石の要塞、侵入不可能。


 あたしは毎日学校へ行った。毛布にくるまって二度と外に出たくない、とさえ思ったけど。彼のためだけじゃない――あたしは生徒会の副会長だし。それに、光ちゃんとの護身術の授業もある。責任があった。でも、心の底では真実を分かっていた。


(あたしがここに来るのは…彼のため。)


 彼が避けていても、この胸の痛みがあっても、彼に会う必要があったから。彼があたしを嫌っていないと、信じる必要があったから。


 廊下で、書類の山を抱えていると、直美ちゃんを見つけた。彼女はあちしの方へ歩いてくる。サーモンピンクの髪はいつものサイドポニーで、その優しい瞳は、でも、明らかに心配そうだった。


「直美ちゃん、ここで何してるの?」と、あたしは普通を装って聞いたけど、声は弱々しかった。


 彼女は微笑んで、首から下げたカメラを直した。


「卒業式の写真の準備だよ。そっちは?マジ、顔色ヤバいんだけど…」


「あ、うん…」と呟き、彼女を通り過ぎようとする。「生徒会室に行くだけだから」


 彼女はあたしの腕を、優しく、でもしっかりと掴んだ。「陽菜、待ちなよ。なんか、よそよそしいじゃん。何があったの?」


 ゴクリと喉を鳴らす。心臓が跳ね上がった。「あたし…ちょっと考え事してるだけだよ、直美ちゃん。大丈夫」


 彼女は眉をひそめ、あちしをじっと見つめた。「分かったんだね?勇太先生が、本当は何者なのか」


 ドキッ!


 胃が冷たくなる。どうして彼女が…?あたしは固まり、顔が熱くなり、罪悪感の重みが再び襲ってきた。


「はるちゃん、あちし、助けたいんだ」彼女は声を低くして続けた。「そんな顔してるの、見たくない。助けさせてよ、お願い」


 一瞬、全てを話したくなった。血、戦い、秘密。でも、数ヶ月前、フラヴちゃんがゆうくんと木村の戦いのビデオを見せた時のことを思い出した。直美ちゃんはとても怯えて、関わりたくない、危険すぎる、と繰り返していた。彼女は理解できないだろう。


「あたし…できないよ、直美ちゃん」声が震えた。「お願い、分かって…」


 彼女は傷ついたような顔をしたが、頷いた。「そっか、分かった。でも、何かあったら、あちしはここにいるからね」


 あたしはため息をつき、彼女の視線を背中に感じながら去った。


(ごめん、直美ちゃん。信用してないわけじゃないんだ。ただ…この話は、重すぎるよ…)


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 生徒会室で、卒業式の書類に集中しようとしたけど、頭が働かない。ほとんど無意識にスマホを取り出し、あの写真を開いた。原宿。斎藤さんに無理やり笑わされたゆうくん。恥ずかしさで真っ赤になってるあたし。両手でピースサインをして、世界が完璧であるかのように笑っている百合子。


 胸が締め付けられた。あの日、彼はただのゆうくんだった。あたしは彼が傷跡を背負ったヒーローだなんて知らなかったし、ランフレッドみたいな化け物と戦っているなんて知らなかった。二年前、神未来タワーであたしを救ってくれたなんて、知らなかった。でも、今は…今は知っている。そして、その真実があたしを殺そうとしている。


「花宮先輩、また携帯を見ていますわね?」


 星野さんの声にあたしはハッとした。顔を上げると、彼女がドアのところに立っていて、その紫色の瞳が輝いていた。


「フラヴィアン先輩、様子がおかしいですわ。心配ですわね、かしら」


 机で書類を整理していたアレクサンダーくんが、真剣な顔で頷いた。「兄上も同じだ。僕が子供だった頃と同じ目をしている。僕やフラヴィアンに微笑みかけて…誰も見ていないと思っている時、彼は恐ろしい目をするんだ。冷たくて、死んだような目を」


 胃がキリリと痛んだ。あの目。校長室で見た。


 あたしが何かを言う前に、フラヴちゃんが入ってきた。いつものように優雅な立ち姿だけど、その金色の瞳は光を失っていた。彼女は書類の山を机に叩きつけた。


「はるちゃん、あなたは仕事をするより携帯を見ていますわ。卒業式は勝手には準備されませんことよ」


「ごめん、フラヴちゃん…」と呟き、携帯をしまった。


 彼女はあたしを見た。一瞬、あたしが感じているのと同じ虚しさを、彼女の中にも見た。あたしたちは二人とも壊れていて、それぞれがゆうくんを危険に晒したという罪悪感を背負っていた。


 休憩時間になり、部屋は空っぽになった。あたしとフラヴちゃんだけが、何も見ずに座っていた。息が詰まるような沈黙が、あたしたちの言えないこと全ての重みで、あたしたちを押しつぶそうとしていた。その時、ドアが軋んで開いた。


 理香ちゃんだった。


 彼女はボロボロだった。普段は輝いている金色の瞳が、赤く腫れ上がっている。


「わたくし…あなた方とお話ししたいことがございますの」彼女の声は弱く、ほとんど消え入りそうだった。


「理香ちゃん、どうしたの?」あたしは素早く立ち上がった。フラヴちゃんも、心配そうに体を起こした。


「眠れないのです」彼女は躊躇い、拳を握りしめた。「自分がターゲットだと知ってから…誰かに殺されるかもしれないと知ってから…色々なことに気づき始めました。道でわたくしを見つめる人々、家の近くをゆっくりと通り過ぎる車。エージェントの方々だと分かっていますけれど、恐ろしいのです。もう、耐えられませんわ」


 フラヴちゃんは眉をひそめた。「今も監視されているのですか?」


「学校では、少し自由になります。『安全』だと言って。でも、外では…いつでも彼らを感じますの」


「どうにかする方法があればいいのに…」と、あたしは無力感に苛まれながら呟いた。


「わたくしたちにできることはあまりありませんわ、はるちゃん」フラヴちゃんはため息をつき、その声は苦かった。


 理香ちゃんは頭を下げ、涙が瞳に輝いた。「怖いのです。疲れました。誰にも話せません。両親にも…誰にも。わたくしが話せるのは、あなた方お二人だけなのですわ」


 沈黙が重くのしかかった。フラヴちゃんとあたしは顔を見合わせた。理香ちゃんは、あの姫のような振る舞いの裏で、あたしたちと同じくらい途方に暮れていた。何も考えずに、あたしは彼女の手を取った。フラヴちゃんも同じことをした。


「理香ちゃん、一緒に行きましょう」あたしの声は、しっかりとしていた。


 あたしたちは彼女を連れて、生徒会室を出た。


「どこへ?」と、彼女は戸惑って尋ねた。


 フラヴちゃんは微笑み、その瞳には決意の輝きがあった。「誰ですって?安藤先生ですの?」


 あたしは首を振った。「ううん、彼女は許してくれないわ」


「廉士兄?」と、フラヴちゃんが提案した。


「彼はゆうくんの味方をするわ。それもダメ」と、あたしは答えた。


 理香ちゃんは手を引き抜き、姫のような声が、疲れてはいても戻ってきた。「あなた方、無謀ですわ。助けられる唯一の人、部外者である唯一の人は…」


 あたしたち三人は顔を見合わせ、まるで同じ脳を共有しているかのように、同時に叫んだ。


「友美さん!」


「葉志先生ですわ!」と、理香ちゃんは気取った口調で訂正した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 補助教員の田中先生という小柄な女性が、温かい笑顔であたしたちを迎えてくれた。


「あら、生徒会の会長さんと副会長さん、それに…ライバルさん?どうしたのかしら?」


「友美さんと話したいんです」と、あたしは自信があるように見せかけて言った。


 田中先生は笑った。「友美ちゃんは本当に人気者ね。彼女、もうすぐいなくなるけど、待ってていいわよ」


 彼女が去るとすぐに、ドアがまた開いた。友美さんが入ってきた。その青緑の瞳は、真剣で、ほとんど恐ろしいくらいに輝いていた。


「あなたたち、何か企んでるんじゃないでしょうね。もしそうなら、わたしは…」


「友美さん!」あたしは彼女を遮った。声が大きすぎた。(怖い!この人、いつもの友美さんじゃない!)「あたしたち、任務部隊を手伝いたいの!」


 彼女はピクッと眉を動かし、無表情だった。「なんですって、このガキ?」


 フラヴちゃんが説明しようとしたが、友美さんは遮った。「あなたたち、自分が何を頼んでいるのか分かってるの?」


 理香ちゃんが一歩前に出て、その赤い瞳で言った。「わたくし、疲れましたの、葉志先生。怖いのです。あなた方はわたくしを守ると言いますが、何からなのかさえ教えてくれません!両親にも、誰にも話せない!それに、あのエージェントの方々…あまりにも見え見えですわ!恐ろしいのです!」


 友美さんは腕を組み、小さくため息をついた。「あなたが知ってしまった今、彼らももっとオープンになれるでしょう。でも…」


「それだけでは足りませんわ!」理香ちゃんは遮り、姫のような声が消え、可愛らしい、ほとんど子供のような声になった。「わたくしのお友達が欲しいの!」彼女はあたしとフラヴちゃんの腕を掴み、顔を真っ赤にして、涙を流した。


 あたしとフラヴちゃんは固まり、頬が赤くなった。(理香ちゃん…可愛い…!)


「わたくしも、親友を助けたいのですわ!」と、フラヴちゃんが言った。


「あたしも!」と、あたしは続けた。


 そして、あたしたちは友美さんを質問攻めにし始めた。


「あなたたち、無計画すぎ!」


「失礼よ!」


「怖いんだから!」


「ゲートって本当にテロ対策組織なの?!そうは見えないけど!」


 友美さんは、冷静で恐ろしい声、無表情な顔、そして虚ろな目で、あたしたちを遮った。「あなたたち三人、それぞれ24時間365日、ドローンに監視されてるわよ」


 あたしたちは止まり、顔が燃え上がった。


 **「はぁぁぁっ?!」**あたしたちはユニゾンで叫んだ。


 彼女は、鋭い声で続けた。「あなた、フラヴィアンちゃん、そしてあなた、陽菜ちゃんは、お台場の事件から。そしてあなた、理香ちゃんは、夏休みにターゲットとしてマークされてから。一挙手一投足、全て監視してる。一言一句。一つの仕草。ぜ・ん・ぶ。特に…あれらをね」


 **「はぁぁぁっ?!」**あたしたちは再び叫び、恥ずかしさで両手で顔を覆った。


「友美さん、それってプライバシーの侵害だよ!」あたしは、ほとんど泣きながら叫んだ。


 バンッ!


 フラヴちゃんが床に崩れ落ち、膝を抱えた。声が震える。「い、一挙手一投足ですって?!」


 椿さんは床で絶望的にゴロゴロ転がっていた。「夏休みからずっとですってぇぇぇ?!」


 彼女はため息をつき、顔は和らいだが、まだ真剣だった。「希望を持ちすぎないで。でも…理香ちゃんが精神的なサポートを必要としていることには同意するわ。桜井先生に話して、何ができるか見てみる」


 あたしたち三人は彼女に飛びつき、強く抱きしめた。


「友美さん、最高!」と叫び、笑いながら、泣きながら。


 彼女は一瞬固まったが、それから彼女の頬を伝う一筋の涙を見た。「やっと…わたしが、お気に入りの先生に…」彼女は、声が震えながら呟いた。


 あたしは彼女をもっと強く抱きしめた。胸の重みが、ほんの少しだけ、軽くなった。


(ゆうくん、まだあなたをどう救えばいいか分からない。でも、今、フラヴちゃんと椿さんと一緒なら、もしかしたらできるかもしれない。もしかしたら、あなたを連れ戻せるかもしれない。お願い、諦めないで。)


_________________________________________________


竹内勇太


 校長室は古いコーヒーと埃っぽい書類の匂いがした。ゲートで作戦を練っていた終わりのない夜を思い出させるような、そんな雰囲気だ。ノートパソコンから投影されたホログラムの地図が机の上で点滅し、二つの工業用倉庫を赤く示している。俺はそれを指さし、肩にのしかかる疲労感とは裏腹に、しっかりとした声で言った。


「当初の計画では、ランデブーはこの二つの倉庫のどちらかに潜んでいるはずです」


 机の向こうに座る桜井校長は眼鏡を直し、その鋭い目で俺を見定めた。「本当に確かかね、勇太くん?」


「はい」と俺は答え、腕を組んだ。「現在の技術をもってしても、複数のドローンを遅延なく制御するには、強力なネットワークシステムが必要です。遠隔操作は不可能でしょう。個人的には、半径三キロ以内にランデブーは潜伏していると考えています。暗殺において、一秒の遅れも命取りになる。そして戦闘では…」俺は一瞬言葉を切り、真実の重みが自分にのしかかる。


(一秒が、生死を分けるんだ)


 壁に寄りかかっていた藤先生が、小さく口笛を吹いた。「お主は実に何から何まで考えるのう、勇太先生」


「椿理香の名前が挙がって以来、ずっと調査と思考を続けてきました」俺は、自負の色を滲ませつつも、あくまで事務的な口調で言った。これは傲慢さじゃない――必要性だ。あらゆる詳細、あらゆる可能性、あらゆる脅威。失敗は許されない。彼女のためにも。誰のためにも。


 藤先生は驚いたように眉を上げた。「敵のドローンのことを知る前から、その可能性を考慮しておったと申すか?」


「脅威となりうるものは、全て考慮します」俺は地図から目を離さずに答えた。常にそうしてきた。北海道の時から。千葉の時から。そして、親父と初めてチェスをした、あの時から。


 藤先生が何かを言う前に、ドアが**ギィ…**と軋んだ音を立てて開いた。


 顔を向けると、友美が、そして…彼女たちがいた。花宮、フラヴィアン、椿さん。胃がキリリと痛む。


(何故だ…?何故こいつらがここにいる?)


 藤先生は眉をひそめ、しっかりとした声で言った。「君たちがここにいるべきではない」


 桜井校長が手を上げて彼を制し、その目は好奇心に輝いていた。「娘たちは何を望んでおるのかな、友美くん?」


 友美は腕を組み、その眼差しは真剣で、ほとんど挑戦的ですらあった。「彼女たちは『手伝いたい』と」


 桜井校長は片眉を上げた。「手伝う?どのように?」


 椿さんが一歩前に出て、その金色の瞳は恐怖と決意の入り混じった光を宿していた。「花宮さんとシルバーハンドさんに、わたくしのそばにいてほしいのです」


 俺は混乱して眉をひそめた。「どういう意味だ?」


 彼女は背筋を伸ばし、声は微かに震えていたが、しっかりとしていた。「あなた方は、わたくしを超極秘の安全な部屋に隔離して守るおつもりでしょう。でも、わたくしが一人きりになることを、そして――」


「その話はそこまでだ」俺は、意図したよりも硬い声で遮った。「君は一人にはならない。チームが君を個人的に警護する」


 椿さんは声を張り上げた。そのことに俺は不意を突かれた。血が頭に上り、苛立ちが込み上げてくる。「17歳の女の子が怖がってるって気持ち、考えてくれなかったじゃないの!」彼女は叫び、お姫様の仮面が剥がれ落ちたかのように、奇妙に可愛らしく、子供っぽい声になった。


 藤先生は乾いた笑いを漏らした。「まるで自分のことではないような口ぶりじゃな」


「あたしのこと話してるんだもん!」彼女は叫び、頬を赤らめ、瞳に涙が輝いていた。「すっごく怖いんだもん!」


 桜井校長は首を傾げ、その声は穏やかだが、好奇心に満ちていた。「それで、彼女たちはどうやってそれを助けるというのかね?」


 友美さんが、しっかりとした口調で答えた。「理香ちゃんは、陽菜ちゃんとフラヴィアンちゃんに、ずっと一緒にいてほしい、と」


「駄目だ」俺は即座に、議論の余地なく切り捨てた。


 椿さんは、目を大きく見開いて俺を見つめた。「どうしてですの?」


「危険だ」俺は平静を保とうとしたが、苛立ちが声に漏れた。「万が一の戦闘になった場合、無防備な女子三人を守るより、君一人を守る方が容易い」


 フラヴィアンが一歩前に出て、その金色の瞳は挑戦的に輝いていた。「わたくしは戦えますわ、兄上。子供の頃、あなたが鍛えてくださったではありませんか。ヨーロッパの剣術を、覚えてらっしゃいます?」


 俺は動きを止めた。胸が締め付けられる。小さなフラヴィアンが、木の剣を握りしめ、笑っていた。でも、あれは昔のことだ。「今も訓練を?」俺は、試すように、低い声で尋ねた。


 彼女は躊躇い、視線が揺れた。「わたくしは…」


「本当に戦えるのか?」俺は声を硬くした。「椿さんのために、殺す覚悟、あるいは死ぬ覚悟があるのか?」


 重い沈黙が落ちた。フラヴィアンは目を伏せ、拳を握りしめた。返事はない。胸が痛んだが、譲るわけにはいかない。彼女を危険に晒すわけには。


 花宮さんが一歩前に出て、その声は震えていたが、しっかりとしていた。「勇太先生、彼女に厳しすぎます」


 俺は彼女の目を見ずに、顔をそむけた。(花宮…今じゃない。)彼女への罪悪感はまだ燃えているが、それ以上に、俺の罪悪感も燃えている。彼女たちを近づけさせるわけにはいかない。傷つけさせるわけには。「駄目だ」俺は冷たく繰り返した。「君たちは参加しない」


 椿さんは苛立たしげにフンと鼻を鳴らし、爆弾を投下した。「あなたの計画は、敵を分断させることでしょう?」彼女はフラヴィアンと花宮さんの方を向いた。「勇太先生は、敵の戦力を全て大学に集中させて、ご自分一人であのランフレッドとやらと戦うおつもりなのよ」彼女は、俺の目をまっすぐに見た。「そうでしょう?」


 俺の目は見開かれ、血の気が引いた。(聞いたのか?)止めようとしたが、友美さんが俺の腕を掴んだ。その眼差しは、俺と同じくらい怒りに満ちていた。「友美、離せ――」


 椿さんは先生たちの方を向いた。その声はしっかりとしていた。「あなた方もこれには賛成していない。だって、自殺行為ですものね、勇太先生?」


 肺から空気が抜けた。俺は彼女を見た。怒りが沸き立つが、その下には、もっと悪いものがあった。恐怖だ。


 フラヴィアンがゆっくりと俺に近づき、その金色の瞳は俺に釘付けになっていた。「本当ですの、兄上?あなた、一人で戦うおつもりですか?」


 俺は視線を逸らさなかったが、顔は和らぎ、苛立ちは消え去った。「ああ…」


 花宮さんが桜井さんと藤先生の方へ向き直り、その声は絶望的だった。「他に方法はないんですか?どうして彼の命をそんな風に危険に晒すんですか?」


 桜井さんはため息をついた。その口調は穏やかだが、重かった。「勇太くんの計画が、椿くんの安全を最も保証するものなのじゃ。個人的には反対じゃが、敵は勇太くんと因縁がある。彼はそれを利用してランフレッドを引きつけ、戦力を分断させ、椿くんを守るために最大限の支援を維持するつもりなのじゃよ」


 沈黙が部屋を飲み込んだ。フラヴィアンは震え、その目は涙で潤んでいた。花宮さんは、今にも泣き出しそうだった。椿さんは唇を噛み、顔を赤らめている。そして俺は…俺はただ、いつもの重みを感じていた。守ること。犠牲になること。生き残ること。あるいは、そうでないこと。


 その時、花宮さんが沈黙を破った。その声はしっかりとしていて、ほとんど挑戦的だった。


「じゃあ、もっといいプランを考えればいいだけの話でしょ」


 俺たち全員が、困惑して彼女を見つめた。「何だと?」俺は、苛立ちがぶり返しながら尋ねた。


「あたしがもっといいプランを出せば、桜井先生はあなたのを使わなくて済むでしょ、ゆうくん」彼女は言った。その瞳は、全てが崩壊する前には見られなかった決意で輝いていた。彼女はもう、俺を「先生」や「勇太さん」と呼ぶことすら気にしていなかった。ただの、ゆうくん。昔のように。


 桜井さんは笑い声を漏らし、その瞳には俺が好まない光が宿っていた。「面白い。もし君がもっと良い案を持ってきたら、花宮くん、わしは君の案を採用しようじゃないか。18時過ぎにここへ来なさい。我々が持っている詳細を渡そう。君には二日、何かを提示する時間を与えよう」


「本気ですか、桜井さん?」俺は、不満を爆発させた。


(計画だけじゃない。失敗の可能性だけでもない。彼女だ。桜井さんは、陽菜を試している。彼女を評価している。まるで彼女が…ゲートの、エージェントになるための素材であるかのように。)


 彼女は笑った。その口調は軽いが、目は鋭かった。「至って本気よ、勇太くん」


 俺は拳を握りしめ、歯を食いしばった。これは、計画が危険に晒されているからじゃない。プライドの問題でもない。彼女のことだ。陽菜。俺のパソコンに侵入したくせに、まだあの希望に満ちた目で俺を見る少女。俺が…いや。そんなことは考えられない。ゲートに彼女を触れさせるわけにはいかない。血と嘘にまみれた、この汚い世界に、俺が飲み込まれたように、彼女を飲み込ませるわけにはいかない。でも、桜井さんはそれを知っている。彼女は、自分が何をしているか、正確に分かっている。そして、それが俺を殺しそうだった。


「花宮さん」俺は低い、ほとんど唸り声のような声で言った。「やめろ」


 彼女は俺を見つめ、顎を上げ、その瞳は意地っ張りな光で輝いていた。「あたしは行くよ、ゆうくん。あなたが犠牲になるなんて、もうさせないから」


 沈黙が戻ったが、今度は違った。空気が張り詰め、何か大きなことが始まろうとしているかのようだった。そして俺は、久しぶりに、どうすればいいのか分からなかった。

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