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第7話「文化祭の隠された視線」

花宮陽菜


(完璧な計画よ、陽菜!)


 何日もかけてゆうくんのパソコンを漁った――まあ、壁紙を見ただけだけど、それで十分!彼がプレイしてるゲームの、あの紫の髪の女の子。体にフィットした服に、キラリと光る剣。ビンゴ!


 パソコンの壁紙にしてるってことは、お気に入りのキャラに決まってるよね? だから決めたの。文化祭で彼女のコスプレをして、ゆうくんを振り向かせてやる!


 朝は大混乱。2-D組の教室はコスプレ喫茶店に様変わりして、みんなアニメの衣装を着て走り回ってる。影山くんは、あの赤いベストとマフラー姿で、青い猫の人形を手に、まるで世界の王様みたいに叫んでた。あたし? この体にぴっちりした紫の服で、全部のラインがくっきり。セットに一時間もかかった紫のウィッグも着けて。もう、陽菜、あんた最高にキマってる!


 去年、カフェでバイトしてたから、接客は得意中の得意。すぐにみんなが褒めちぎってきた。「はるちゃん、完璧じゃん!」「花宮さん、そのコスプレすごいね!」女子も男子も、みんなうっとり。へへ、あたしが注目の的!


 でも、あたしが欲しかった視線はたった一つだけ。ゆうくんの、ね。


 彼が入ってきた瞬間、心臓が止まった。来た!山田さんが彼の注文を取ってる。あたしは隅っこで、テーブルを拭きながらその時を待った。そして、彼の緑茶を持って行った。「注文を持ってきてくれた人を見ないなんて、失礼ですよ。」って、最高の挑発的な声で言ってやった。彼は振り返り、一口飲んで…ブフォッ!


 お茶を盛大に吹き出した!鼻からさえも!


 キャーッ!と心の中で叫び、咳でごまかす。彼は顔を真っ赤にして、死にそうに咳き込んでる。あたしは平静を装ってたけど、内心は爆発寸前。作戦成功!彼、パニックになってる!


 その後は、彼に気づいてもらうためだけに、わざとらしく注文を取りに部屋を練り歩いた。「花宮さん、綺麗だね!」「そのコスプレ、『ジェンシン』でしょ?」1-C組のオタク二人があたしを囲んで、細かいところまで褒めてきた。にっこり笑って、でも横目で彼を盗み見る。そして、見た。ゆうくんの、あの視線。鋭い。まるで…嫉妬!嫉妬よ!


 心臓がバクバクする。深呼吸すると、二人の生徒が不思議そうにあたしを見てる。「ごめんね、男の子たち。ちょっとやることがあるの。へへ!」ウインク付きの笑顔で、彼らはさらにメロメロ。あの鋭い視線があたしを射抜く。


 静かにキッチンまで歩いて、隅っこで膝から崩れ落ち、叫び出しそうな口を手で覆った。(彼、嫉妬してた、陽菜!嫉妬してたのよ!!!)


 でも、戻ったら彼はいなかった。え?!巨大なロボットの鎧を着たクラスメイトが、もう休憩に行っていいって。彼女の声がその鎧の中から聞こえるのを聞きながら、あたしは瞬きした。なんだかシュール。


 ウィッグを外して、衣装のままゆうくんを追いかけて廊下を走った。すぐ近くで、直美ちゃんとアレクサンダーくんと話している彼を見つけた。


 トントン、と彼の肩を叩く。彼が振り返ると、あたしは自信満々の顔で彼の顔を指差した。「ゆうくん、一緒に文化祭、見て回ろうよ!」


 彼は真顔で瞬きした。「先生と散歩か?寂しいんだな。」


 心臓が砕けた。槍で貫かれたみたい!「ち、違うもん!」しどろもどろで反論する。「ただの…その…普通の散歩だってば!」


「ドラマはやめなよ」直美ちゃんが、サーモンピンクの髪を揺らしながらスマホをいじって言った。「椿さんのクラスの、お化け屋敷に行ってみれば?めっちゃ流行ってるらしいじゃん。」彼女は、あたしの教室の数部屋先にある理香ちゃんのお化け屋敷に目をやった。


 あたしの目が輝いた。完璧!「ナイスアイデア、直美ちゃん!ゆうくん、あたしたち二人で先に行こう!」


 その言葉が出た途端、三つの視線を感じた。直美ちゃんのは、あたしの単純さに呆れ果てた視線。アレクサンダーくんのは、全くの無関心。でも、ゆうくんのあの視線…それははっきりと「絶対に嫌だ」と物語っていた。


 あたしが食い下がる前に、直美ちゃんがあたしをアレクサンダーくんに押し付けようとしてるのに気づいて、先に行動した。彼女はスマホをしまうと、ゆうくんに無理やりな笑顔を向けた。


「ユウ先生」と、彼女らしくない甘ったるい声で言った。「あちしと一緒に行かない?はるちゃんは、弟くんの面倒見なきゃだし?」彼女はアレクサンダーくんにウインクしたが、彼は虫けらでも見るような目で彼女を見た。


 ゆうくんはあたしと直美ちゃんを交互に見て、面倒事を避けるために降参するかのように、はぁ…とため息をついた。「分かった、高橋さん。」


 なんですって?!


 こうして、あたしの計画は水の泡。ゆうくんと直美ちゃんが先に行っちゃって、あたしは彼の弟と取り残された。最悪。


「じゃあ…行こっか、アレクサンダーくん?」と、あたしは元気を装って言った。


 彼は肩をすくめて歩き出し、あたしは慌てて後を追った。


 理香ちゃんたちのクラスのお化け屋敷は、すごかった。正面は廃墟になった洋館みたいで、偽物の蜘蛛の巣と不気味な紫の照明。行列は長かったけど、あたしたちは主催者の「友達」だから、すぐに入れた。


 中は、ほとんど真っ暗。狭い廊下は二人で歩くのがやっと。少しでも安心したくてアレクサンダーくんに近づこうとしたけど、あたしが近づくたびに、彼はスッと一歩横にずれて、イライラするほどの距離を保つ。紳士的なんかじゃない。明らかに、触られたくないって感じ。


(なんて冷たい子!ゆうくんも冷たい時あるけど、少なくとも、あたしが伝染病みたいに逃げたりはしないもん!)


「キャーッ!」ピエロの仮面をつけた男が、プラスチックのナイフを持ってドアから飛び出してきた。あたしは叫んで後ろに飛びのき、転びそうになる。アレクサンダーくんはピクリともしない。ただ、その役者の生徒を軽蔑したように見て、歩き続けた。


「何も怖くないの?」心臓はまだ口から出そうだった。


「ただの生徒が安物の仮装をしてるだけだ。怖い要素なんて何もない」彼は、後ろも見ずにそう答えた。


 彼は信じられないくらい内向的で冷たい。話すのが苦手なわけじゃないけど、必要最低限以外の人間関係は軽蔑してるみたい。


 さらに進むと、白いドレスを着て、長い黒髪で顔を隠した背の高い人影が廊下の先に現れた。姿勢で理香ちゃんだと分かった。彼女は幽霊のようなうめき声を上げて、ゆっくりとこっちに歩いてくる。


「うわ、彼女、本気だ…」あたしは呟き、背筋がゾクッとした。


 突然、プラスチックの骸骨の手が天井から目の前に落ちてきた。「アアアアアアア!」


 また後ろに飛びのいて、今度はアレクサンダーくんに思いっきりぶつかった。彼があたしを支えてくれなかったら、転んでた。でも、その手つきは硬くて、我慢ならないって感じだった。


「前を見て歩いたらどうだ、花宮先輩?」彼はイライラした声で言うと、あたしが体勢を立て直した瞬間に手を離した。


 あたしが言い返そうとした時、目の前にはもう、青白い顔をして、暗闇で緑の瞳を光らせる理香ちゃんがいた。また叫び声をあげると、アレクサンダーくんは、何事もなかったかのようにあたしたち二人を通り過ぎていった。


_________________________________________________


竹内勇太


 *(少なくとも、ここならあいつの叫び声が耳元で響くことはないか。)*俺は心の中でそう思いながら、高橋さんと二人、お化け屋敷の出口に向かって歩いていた。脅かし方は見え見えだし、役者も素人だ。高橋さんも俺と同じくらい退屈しているようで、ほとんどの時間スマホをいじっていた。


「ねぇ、ユウ先生」彼女は不意にスマホをしまいながら言った。「アレクサンダーくんの誕生日、先月だったよね?」


「ああ」と、俺は唐突な質問に戸惑いながら答えた。


「プレゼント、何あげたの?」


 少し考える。俺はあいつが好きなSF漫画のコレクターズエディションをあげたんだ。「本だ。高橋さんは?」


 彼女は、はにかんだように、でも純粋な笑みを浮かべた。「キーホルダー。カタツムリの。」


 俺は堪えきれず、フッと静かな笑い声を漏らした。あの分析的で冷徹な弟に、カタツムリのキーホルダー。それは…完璧だった。


「笑うなよ!」彼女はぶっきらぼうに言って、俺の腕を軽く叩いた。


「いや、最高だ」俺はまだ笑いながら言った。「あいつが本当に喜びそうなものだ。」


「マジ、シスコン兄貴じゃん」彼女はからかったが、その顔も笑っていた。


「違いないな」と俺は認めた。


 お化け屋敷を出て、文化祭の光の中に戻ると、陽菜とアレクサンダーが入る準備をしていた。椿理香が、クラスメイトの一人と話している。彼女は俺たちに気づくと、儀礼的に頷いた。


「私達のアトラクション、お楽しみいただけましたか、先生?」彼女の声は丁寧だったが、その緑の瞳には競争心が燃えていた。


「よく出来ていたよ、椿さん。おめでとう。」


(俺が調べるより…陽菜の方が彼女と繋がりやすい。ここは『情報屋』に任せるのが賢明か。)


 高橋さんが、役者に戻る前の椿さんと話している間、俺の目は近くの窓の外の景色に引き寄せられた。そこには、大きな木の枝に、何か空気が揺らめくような、空間の歪みがあった。


 景色を見ているふりをして、窓に近づく。半透明のカムフラージュは最新技術だが、完璧ではない。輪郭が見える。ロニンだ。


「見えているぞ」俺は、自分にしか聞こえないような囁き声で言った。だが、奴のマイクが拾うことは分かっていた。「もっと慎重になれ。」


 イヤホンから声が響いた。『申し訳ありません、ワイトさん。』


 枝の人影が、葉の間に身を隠そうとさらに高く登る。


「彼女は今、学校にいる」俺は低い声で続けた。「そこまで厳重に警備する必要はない。文化祭を楽しんだらどうだ?」


 少し間があった。『お言葉は分かります、ワイトさん。ですが、いつ何時、戦闘態勢に入るべき者がいることもまた、必要なのです。』


 俺の視線が、虚空を彷徨った。俺の生徒に、俺が背負うべき責任を…


「…分かった。」


_________________________________________________


花宮陽菜


 お化け屋敷を出て、あたしたちは廊下で合流した。ゆうくん、アレクサンダーくん、直美ちゃん、そしてあたしの四人で一緒に歩いてた。(変じゃない、よね?先生が弟とその友達と一緒に行動してるだけ。全然、普通!)


 でも、ゆうくんはまだあたしを避けてた。ていうか、彼は…どこか遠い感じだった。何かを探すみたいに、遠くの景色を見つめてた。


(何をそんなに探してるの?もしかして、別の敵?それとも、ただあたしに近づきたくないだけ?!)


 それに、すごく変な瞬間もあった。青いネクタイをした三年生の女子生徒が、彼を隅に呼び出した。二人は小声で話していて、その表情は真剣すぎた。何も聞こえなくて、それが余計にあたしをイライラさせた。


(生徒会のこと?それとも、個人的な何か?)


 その少し後には、今度は安藤先生が彼を別の隅に引っ張っていった。緑がかった髪と鋭い目つきの彼女もまた、険しい顔をしていた。一体、何が起こってるのよ?!秘密の話があるたびに、あたしの心臓は好奇心と…ちょっとした嫉拓で、きゅっと締め付けられた。


 休憩時間が終わる頃、あたしたちはデザイン写真部のイベント会場に着いた。そこは友達と写真やビデオを撮るためのブースでいっぱいだった。アレクサンダーくんが宏くんとポーズを取って、直美ちゃんが笑いながら写真を撮っている。あたしはチャンスを狙った。「ゆうくん、あたしも写真撮りたかったな…でも、もう休憩終わっちゃうから、行かなきゃ。」


 彼はアレクサンダーくんを横目で見ながら、そっけなく言った。「分かった。ご苦労だったな。」


 分かった?!あたしの世界が崩壊した。てっきり「じゃあ今撮ろう!」とか、そういうのを期待してたのに…分かった?!


 打ちのめされて、あたしは帰ろうと背を向けた。でも、彼があたしを呼び止めた。「花宮さん。」


 振り返ると、心臓が跳ね上がった。彼はまだアレクサンダーくんを見ていたけど、こう言った。「そのコスプレ、似合ってる。彼女の紫の髪は好きだ。でも…」彼は一呼吸置いて、あたしを見た。「今は、君の髪の彼女の方が好き、かな。」


 ドッカーン!あたしの脳みそが爆発した。彼、今なんて言った?!しどろもどろでお礼を言って、あたしは廊下を走り去った。角でしゃがみ込んで、叫びたいのを必死に口で押さえた。ゆうくん、なんなのよもうーっ?!


_________________________________________________


 夜が訪れ、文化祭の終わりを告げるキャンプファイヤーがサッカー場で燃え盛り、生徒たちがその周りで踊っている。


 あたしは制服に着替えて、少し離れたベンチに座り、炎のダンスを眺めていた。視線が群衆の中を彷徨い、お祭り騒ぎの中の小さな瞬間を捉える。あそこにいるのはフラヴちゃん、星野さん、それに宮崎くん 。生徒会の腕章をつけたまま、最後まで全てが上手くいくように忙しそうに走り回っている。その向こうでは、直美ちゃんが写真部の連中と一緒に、狂ったみたいに写真を撮りまくっていた。彼女のサーモンピンクの髪がエネルギーの塊みたいに揺れている。遠くない場所では、アレクサンダーくんとパソコン部の他のメンバーがその光景を純粋な恐怖の表情で見ていた 。これから何時間も編集作業が待っていることを、すでによく分かっている顔だ。


 もっと離れたベンチには、宏くんと鏡さんが座って話していた。彼は必死に冷静を装ってるけど、手と足が小刻みに震えてるのが見えちゃってる。鏡さんは、恥ずかしそうに口元を手で覆って、クスクスと笑いをこらえていた。もちろん、理香ちゃんの姿も見えた。彼女のクラスの友達と笑い合っている。でも、一番面白かったのは光ちゃん。木の後ろに隠れて、小さな暗殺者みたいな殺気を放って宏くんを睨みつけてる。きっと、大切な友達を「盗んだ」彼を許せないんだろう。


 そんなことを考えてぼーっとしていたら、不意に声がして驚いた。「はるちゃん、そこで一人で何してるの?」


 高橋先生——カオ姉ちゃん、直美ちゃんのお姉ちゃんだ 。シャネルカットのサーモンピンクの髪、オレンジ色の瞳。背が高くて大人っぽくて、全てお見通しって感じの人。「あたし…人生について考えてた」と、あたしは呟いた。


 彼女は笑って、あたしの隣に座った。「そんな風に人生を考えるには、あなたは若すぎるわよ。」


 はぁ…とため息をつく。「どうしたらいいか、分かんないの、カオ姉ちゃん。」


「勇太くんのことでしょ?」彼女は単刀直入に聞いた。


 あたしは飛び上がった。顔が火事みたいに熱い。「な、なんで知ってるの?!」


 彼女は笑った。「みんな知ってるわよ、はるちゃん。」


(恥ずかしさで真っ赤になるあたし。)


 あたしは全部話した――まあ、ほとんど全部。ゲートのこととか、彼の家でのあの夜のことは省いたけど、傘のこと、雨のこと、雷が鳴るまでもう少しでキスしそうだったことは話した。カオ姉ちゃんは、ベンチから転げ落ちそうになるくらい笑った。「笑わないでよ!」あたしは頬を膨らませて文句を言った。


「ごめん、ごめん」彼女は涙を拭いながら言った。「でもあなた、三十歩くらいリードしてるわよ。」


「どういうこと?」と、あたしは混乱して聞いた。


 彼女は、いたずらっぽく笑った。「あなたは一人じゃないのよ、はるちゃん。勇太くんには、言い寄る人がたくさんいるの。生徒だけじゃないわ。先生たちの中にも、彼に夢中な人が何人かいるのよ。」


 あたしの頭に、あの三年生の先輩と、安藤先生が彼と真剣に話していた光景が浮かんだ 。ありえない!声にならない叫びをあげて、口を覆った。カオ姉ちゃんはさらに笑った。「急がないと、勇太くん、取られちゃうわよ。」


 キャンプファイヤーを見つめる。心臓が締め付けられる。彼女の言う通りだ。ぐずぐずしてる時間はない。炎を見つめながら、あの日のこと、彼のベッドでのことを思う。彼が、あたしにキスして…決めた。クリスマスには、ゆうくんに、ちゃんと告白するんだ。もう逃がさないんだから、ゆうくん!あたしのものになるのよ!

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