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第5話「レンズ越しの凍った花びら」

高橋直美


『心に響く一枚を撮ること』


 それが、今年の初めにデザイン科のコースから出された課題だった。優勝者の賞品は、年末のアートイベントでの展示。他の誰かにとっては、ただのくだらない課題かもしれない。でも、あちしにとっては…それが全てだった。


 物心ついた時から、あちしは写真が好きだった。子供の頃、両親にカメラを買ってくれってしつこくねだった。部屋のベッドの下には、自分で現像した写真でいっぱいの靴箱がある。ほとんどがピンボケで、ひどい失敗作ばっかりだけど、それでも全部取ってある。カオ姉ちゃん、あちしの姉―香織―そして、もちろんはるちゃん…あちしの宝物。


 学校では、写真が撮れる部活に入り浸ってた。おかげでちょっとした才能も身についた。他の女子がカワイイものとか、ボーイズバンドとか、男子に夢中になってる間、あちしはただ良い写真を撮るための良い場所を探してた。そういう“女子”っぽいありふれたことには、全然興味がなかった。だから、自分のスタイルも変え始めた。


 洋風のスタイル――ゴス系の服を着るなんて、日本では普通じゃない。だって、全然“可愛く”ないから。


 そのせいで、中学時代は一人ぼっちだった。はるちゃんはずっと開盟高校。あちしの家は、元々は商業で名声のある大きな家系だったけど、お母さんがお父さんと駆け落ちして勘当された。おじいちゃんたちに言わせれば、彼は“相応しくない”んだって。だから、両親には開盟みたいな学校に通わせるお金もなかったし、あちしにもそこに入る才能はなかった。姉ちゃんがそこの先生だってのにね。


 はるちゃんとはほとんど毎日会ってたけど、すごく距離を感じてた。彼女には二歳年上の彼氏までいて、あちしはクラスで毎日一人。親友がもう同じ世界にいない気がした。でも、彼女を責められなかった――はるちゃんは、いつだって明るくて、人の注目を集める子だから。


 でも、高校に入る前、姉ちゃんが写真デザインコースの奨学金をプレゼントしてくれた。そこで照明や構図を学んで、編集アプリも使えるようになった。そのおかげで、ついに入試を突破して開盟高校に入れた。これではるちゃんと対等になれるって、最初はそう思ってた。


 でも、あちしは間違ってた。はるちゃんも、あちしと一緒だった。彼女も友達がいなかった。あんなに自然体で明るい子が。それはフェアじゃない。悔しかった。でも…嬉しかった。あちしだけじゃなかったから。親友同士が同じじゃなかったら、意味ないでしょ?


 もちろん、すぐに自分の居場所を探した。開盟のビジュアル・グラフィックデザイン部。そこは天国だった。高解像度のカメラ、最高の編集ソフト…まさに夢のよう。試合の写真を撮ったり、式典のビデオを撮ったり、イベントの広告を作ったり。自分の仕事が大好きだった。イケメンアイドルとか、彼氏とか、誰が必要?


 そう思ってた。あのコンペの課題が出て、地獄のようなスランプに陥るまでは。何ヶ月経っても、何も撮れない。「心に響く何か?」風景?両親?親友?分からなかった。何を撮っても、何かが違う、リアルじゃない、足りない。初めて、自分に本当に“才能”があるのか、疑問に思い始めた。


 季節は四月半ば。勇太先生と木村とかいう奴のあの変なケンカがあったすぐ後。すべてが変わったのは、そんなある日のことだった。


 あてもなく校庭を歩いてて、体育館やグラウンドを通り過ぎた時、彼を見た。金髪の男の子が一人、サッカーゴールに向かってフリーキックの練習をしてた。


 なんで足を止めたのか分からない。でも、目が離せなかった。ボールを見つめる彼の眼差し、壁になってる他の生徒たちを見る彼の顔、そして、その視線が彼らを突き抜け、まっすぐゴールに向かう様。


 カシャッ!


 頭の中で何かがハマった。これだ。この写真を撮らなきゃ。


 慌ててカメラを探す。しまった、部に置いてきた!スマホを取り出したけど、ズームは最悪で、全部がぼやけてる。もっと近づくしかない。あちしは走った。そしてもちろん、歩道とグラウンドの間の芝生の斜面で足を踏み外し、転がり落ちた。


 お尻が痛い。足首が痛い。最悪なことに、**ピーッ!**と笛の音が聞こえた。試合が止まる。数秒後、汗だくの男子の群れがあちしを囲んで、みんなが一斉に話し始めた。


「大丈夫か?」


「ケガした?」


「もっと気をつけないと!」


(うそ、どうしよ!? マジで、顔どこにやればいいの!?)


 その時、彼が目の前に現れた。金髪の男の子。手を差し伸べてる男子は他にもいたけど、あちしが見たのは彼だけだった。


「大丈夫ですか、先輩?」


「え?あちしのこと知ってるの?」


 彼は青い目を細めた。「いえ…でも、スカーフが緑色だから、二年生でしょ?」


「あ、うん!そう!えへへ!」


「保健室まで運びましょうか?」


「ううん、大丈夫。ただ写真を撮りたかっただけだから、試合の邪魔したくないし。」


「なんだよ!ただ楽しんでただけだって、真剣な試合じゃないし!」背の高い、日焼けした肌の男子が言った。


「写真?」金髪の男の子が訊ねた。


「うん、デザイン部なの。みんながプレイしてるところ見て、惹きつけられて…でもカメラ持ってなくて…」


「一枚の写真のために、ずいぶん必死だったな」と誰かが言った。


「あのね…」なんでこんなに恥ずかしいの?「…彼のフリーキックの写真を撮りたかったの。」あちしは金髪の男の子を指差した。


 彼は自分を指差し、驚いたように他の生徒たちを見て言った。「カメラ取ってくるまで、待っててやるよ。」あちしは驚いた。「もちろん、歩けるなら、だけどな。」


 どういうこと?って足元を見たら、足首がパンパンに腫れてた。今になって、ものすごい痛みに気づいた。


 結局、みんなが保健室まで運んでくれて、足首に包帯を巻いてもらった。彼らは部室からあちしのカメラまで取ってきてくれて、グラウンドまで戻るのを手伝ってくれた。


 やっと、あの写真が撮れた。彼がボールに集中する姿。あちしがカメラを100%彼に集中させる。あの青い目、太陽の光を反射して黄色く見える。彼の冷たく、集中した表情。彼が走り、そしてあちしはシャッターを切った。足がボールに触れる、その瞬間。自分の世界に没頭して、その画像を何秒も分析してた。


「どうだった?」


 男性の声が目の前でした。見上げると、あの男の子が立って、あちしをじっと見ていた。


「プレイしないの?」と、あちしは訊ねた。


「しない」と彼は冷たく答えた。「僕のせいで足首を捻挫したんですから。保健室まで運んだし、またここまで連れてきた。それに、先輩が彼らのプレイを見ていたいとは思えませんし」彼の表情は冷たく、声は空っぽだった。


(…あぁ、この感じ)他の男子みたいに、下心がある感じが全くしない。


「確かに、見てたくない。」


 彼は再び手を差し伸べて、あちしが立ち上がるのを手伝った。彼の肩を支えに、学校の中へ戻った。


「実を言うと、感謝しないと、先輩。」


 あちしは驚いて彼を見た。「なんで?」


「汗臭くなるのも、汚れるのも好きじゃないんです。君はそこから抜け出すための完璧な口実でしたから」


「サッカー、好きなのかと思ってた。上手そうに見えたけど。」


「いええ、無理やりやらされただけだ。」彼の冷たく、空っぽな眼差し。彼の青い目は、曇り空を映した凍った湖のようだった。遠くて、何もない湖。


 彼はあちしを保健室まで連れて行き、それっきり会わなかった。分かったのは、彼が一年生だってことだけ。でも、あちしは彼の写真を編集することしか考えられなかった。


 もちろん、運命ってやつは皮肉が好きだ。数日後、いとこの渉先輩――生徒会の副会長――に頼まれて、放課後、教室の戸締りを手伝うことになった。その時だった。開いたままの教室のドアから、あちしは彼をまた見た。埃っぽい部屋の中で、はるちゃん、フラヴちゃん、勇太先生、そして金髪の男の子が話している。ドキッ! アレクサンダー・シルバーハンド。やっぱり、あの二人の弟だったんだ。


 さらに数日後、部のパソコンが壊れた。そして、修理に呼ばれたのは…彼だった。アレクサンダーくん。今回も、彼はあちしに気づかないフリをした。黙々とパソコンを直し、その手つきはフリーキックを蹴る時と同じ、落ち着きと集中力に満ちていた。


 そして、同じパソコンがまた壊れた時。今度はもっとひどかった。煙が出て、焦げ臭い匂いがした。


「またあの金髪の一年を呼んでこい!」と、部長が叫んだ。


 二十分後、彼は息を切らしながら部屋に飛び込んできた。「毎回ケーブルが抜けた程度で、僕を呼びつけないでくださいと伝えたはずですが」でも、煙を見た瞬間、彼の顔から血の気が引いた。パニック。「照明を消せ!全部コンセントから抜け、今すぐ!」


 一人の男子が叫んだ。「水持ってくる!」


 アレクサンダーくんは稲妻みたいに彼の方を向いた。「電気火災に水をかける気ですか、馬鹿野郎! みんなを殺す気ですか!?」


 結局、部屋にはあちしと彼、それに山田宏という別の一年生だけが残った。アレクサンダーくんはパソコンの残骸を調べていた。彼の表情はまた冷たくなっていたけど、その奥には鋭い集中力があった。サッカー場と同じ、あの眼差し。シルバーハンド家の眼差し。


 宏くんがパソコンの残骸を持って部屋を出て、あちしたち二人きりになった。もう帰ろうと立ち上がった時、彼の声があちしを止めた。


「失礼かもしれませんが、なぜずっと僕を見ていたんですか?」


 ドキッ! 全身が固まった。心臓が跳ねて、顔が熱くなる。ヤバい、どうしよ!?何を言えばいいの!?


「えっと…別にそういうんじゃなくて…」あちしは慌てて、写真のことを言い訳にした。「あの日、あなたの写真を撮ったでしょ。コースの課題で。それで…まあ、そのことを考えてただけ。覚えてないだろうけど。」


 彼は一瞬、瞬きした。覚えてないって言われると思ってた。でも、彼の返事は予想外だった。


「覚えていますよ」と、彼は静かに言った。「先輩は斜面から転がり落ちていましたよね。あなたを運んだせいで、まだ肩が痛いんです。それに、あなたが姉上 (あねうえ) と一緒になって僕をからかっていた、あの教室での日のことも覚えています。」


 シーン…


 あちしの脳がフリーズした。え…覚えてる?マジで?口から出たのは、情けない「え?」って声だけだった。


「あ、あの…それで、コンペのためなんだけど…」あちしは必死に話を続けた。「写真を使わせてもらう許可が欲しくて。大したことじゃないんだけど。」


 彼は肩をすくめた。「僕は構いません。でも、兄上に聞かないと。彼が僕の法的保護者だからです。」



「兄上?」と、あちしは繰り返した。そして、点と点が繋がった。「勇太先生のこと?」


「そう。僕は未成年だ。僕の名前や肖像に関するものは、全て彼を通す必要がある。それがルールだ。」


 彼は、それが世界の常識であるかのように、きっぱりと言った。シルバーハンド家の頑固者め。


「…わかった」と、あちしは呟いた。「いつか、勇太先生に話してみる。」


 彼は頷くと、まるでそこにあちしがいないかのように、壊れた部品に注意を戻した。あちしはそこに突っ立って、心臓がまだバクバクうるさいのを感じてた。


 あの写真のせいで、あちしは今、はるちゃんの謎めいたイケメン先生と話さなきゃいけなくなった。


 マジで、最悪。


___________________________________________________


「うっそ、マジで?!直美ちゃんの初恋なのぉーっ?!」


 はるちゃんの叫び声、マジで鼓膜がビリビリ震えたし。その目はキラキラで、頭の中にはハートが飛んでるのが見える。まるで、あちしが映画みたいな恋の告白でもしたって顔。


「ち、違うし、このバカ!あちしの話、ちゃんと聞いてたわけ?!」


 そう言い返すと、あちしの我慢もプツンと限界に達したのを感じた。


 はるちゃんは、あちしが彼女のほっぺたをぷにっとつねるのを止めさせようと、あたふたと弱いパンチを繰り出す。そのせいで、彼女の口は泣きそうなアヒル口になってる。


「あなたがわたくしの弟と仲が良いこと、それだけで十分ですわ」


 フラヴちゃんが、腕を組んで目を閉じながら言った。その仕草は、マジで練習してきたみたいに優雅で、あちしは思わずジト目になっちゃう。


 そもそも、休憩時間が始まった途端、魁斗くんのことで勇太先生に話しかけようとしてたあちしたちを、フラヴちゃんがいきなり現れて生徒会室に引きずり込んだんだよね。「真剣な」とか「大事な」話があるとか言って、大げさにドラマしてたけど、今のところ、アレクサンダーくんのことであちしをイライラさせてるだけだし。


 ホントは一言も喋りたくなかった。でも、はるちゃんは子犬みたいにうるうるした目で見てくるし、フラヴちゃんは「ノー」なんて答えは許さないって顔してるし。結局、あちしは折れた。マジ最悪。


「で?それで、あんたに何の得があんの?」


 そう聞くと、はるちゃんは真っ赤になったほっぺをさすりながら、捨てられた子犬みたいな顔をした。


「直美ちゃん」


 フラヴちゃんの声のトーンが、急に真剣なものに変わった。その黄色の瞳があちしをナイフみたいに突き刺す。


「兄上が軍人だったことについて、何か見ましたの?」


 ゾクッ!


 一瞬、固まった。正直、こんなヤバい話に首を突っ込みたくない。勇太先生が学校に来てから、彼に関する噂はめちゃくちゃだ。木村って男とのあの喧嘩の後なんて、もうメチャクチャ。何が本当かなんて知らないけど、半分は嘘じゃないって確信してる。


「何も。何も見てないし」あちしは否定するように両手を上げた。


「よろしい」彼女の声に、ホッとした色がにじむ。「では、これをお見せしますわ—」


 彼女が携帯を取り出したが、あちしはそれが終わる前にその手を掴んだ。


「あちし、何も見たくない!」椅子から飛び上がりそうになりながら叫んだ。「巻き込まれたくないんだって!あんたの兄貴の噂、知ってる?!路地裏で殺されるなんて、マジでごめんだし!」


「そういうことじゃないでしょ、このアホ!」はるちゃんが言い返してきて、またあちしをペチペチ叩こうと立ち上がった。


「そっちこそ!あんたたちこそ、殺人鬼と路地裏にいたんじゃん!」あちしは指を突きつけて言い返した。


 ドアに向かって逃げ出そうとした、その時。頭に乾いた衝撃が走った。ポカッ! 目から火花が出そうだ。痛む額を押さえて顔を上げると、フラヴちゃんが鬼みたいな顔であちしを睨んでいた。その手は、まだあちしをもう一発殴りそうな形で、空中にあった。


「いいこと、高橋直美」彼女の声は、ガラスみたいに鋭かった。「あなたをこの椅子に縛り付けて、携帯を顔に突っ込んででも、見せますわ。分かったかしら?」


(マジかよ…)


 結局、あちしはビデオを見た。逃げ道はなかった。フラヴちゃんが言うには、勇太先生と木村の喧嘩の日に、こっそり録画したらしい。ポケットの中のスマホで撮ったから、映像はブレブレで何が何だか。でも、音は…叫び声も、殴る音も、気味が悪いくらいはっきり聞こえた。彼女が言いたかったのは、別のことだった。


「ここですわ」彼女は、ブレッブレの映像を一時停止して言った。勇太先生が瓦礫の中から立ち上がり、ブレザーを脱ぎ捨てている。すると、白い薄い膜のようなものが、彼のシャツの袖からスルスルと這い上がり、まるで生きているかのように両腕を覆っていく。「彼の表情を見ました?」


「なんか…笑ってない?」あちしは首を傾げ、ぼやけた画像から何かを読み取ろうとした。


「楽しんでるみたいだった」はるちゃんが、目を丸くして言った。「彼が立ち上がった時に言ったこと、絶対忘れない。『君が相手なら、私も本気を出せる。このクソファントムが!』って感じ…」


 彼女は声を低くして、ドラマチックに彼の真似をした。効果音のつもりか、テーブルを**バン!**と叩く。


(ウケる。バカみたいだけど、マジウケる。)


「てか、なんであたしたちにこれ見せてんの、フラヴちゃん?」はるちゃんが、まだテーブルに手をついたまま聞いた。


 フラヴちゃんは携帯をしまうと、立ち上がった。その眼差しが、急に氷のように冷たくなる。アレクサンダーくんや、勇太先生と同じ目。シルバーハンドの目だ。


「夏休みに、一度」彼女は低い、ほとんど憂鬱な声で話し始めた。「兄上と斎藤さんとお出かけしましたの。映画を観に行ったのです。途中、兄上の携帯に何か連絡がありました。彼の目が、その瞬間に硬くなったのです。彼と斎藤さんは、何かを解決しなければならないと言って、わたくしを待たせておきました」


「でも、あんたは追いかけた」あちしは、この話の行き先を察して言った。


 彼女は、暗い顔で頷いた。


「会話はよく理解できませんでした。ですが、木村の名前を聞きました。そして、竹内のおじさんの名前も」


「竹内先生?」あちしとはるちゃんは、声を揃えて言った。彼女はまた、当然のように頷いた。


「そして、兄上が彼のパソコンにファイルがあると言ったのです」


「で、ただそれだけのことで、こんなことしてんの?」あちしが眉をひそめて言うと、彼女はズイッと近づいてきた。顔が近い、近すぎる。あちしはビクッとして、椅子から落ちそうになった。


「そうですわ!そして、あなたが手伝うのです!」彼女は、まるで新兵に命令するように、あちしを指差した。


「あちしが手伝うって、どういうこと?!」声が裏返った。


 彼女はスッと体を起こし、またあの貴婦人のポーズに戻ると、大げさな仕草で髪をかき上げた。「あなた、わたくしの可愛い直美ちゃんは、アレクサンダーから彼のパソコンのパスワードを手に入れるのですわ」


 あちしは口をあんぐり開けたまま、彼女を見ていた。頭が、その命令を処理しようと必死に回転している。


「はぁ?」


「あたしは何をすればいいの?」はるちゃんが、やる気満々の生徒みたいに手を上げた。


「あなたは、今のところ何も」フラヴちゃんは、バッサリと切り捨てた。


 はるちゃんは「プラフト」と音を立てて椅子から落ち、顔面から床に突っ伏して、完全に打ちのめされていた。


「あちしは関わらないって言ったでしょ」あちしは抗議して、腕を組み、精一杯の強がりを見せた。


 彼女はまた、あちしに向かってきた。一瞬目を閉じ、そして開く。その黄色が、鋭く光った。純粋なシルバーハンドの眼差し。背筋が凍った。ヤバい蜂の巣を、思いっきり突いちゃったんだ。


 椅子から立ち上がって後ずさりながら、「こっち来んな!」と言おうとしたけど、情けない声しか出なかった。彼女はどんどん近づいてきて、もうダメだと思った、その時…


「お願い、直美ちゃん!!!」


 彼女はドサッと、あちしの目の前で膝から崩れ落ちた。あちしの両手を掴んで、その目は涙でうるんでいる。


「え?」


 あちしの声は、か細く、完全に混乱していた。


「何でもしますから!!」彼女は、顔を真っ赤にして、あちしの手を握りしめながら、しゃくりあげて懇願した。


(マジで…あちし、どこに足突っ込んじゃったわけ?)


_________________________________________________


 午後って、なんか秋の始まりって感じ。夏のうだるような暑さがやっと終わって、涼しい風が気持ちいっていうか…二学期が始まって数週間。授業が終わった後の廊下を、あちしは怒りを込めて歩いてた。自分の足音が、床をドン、ドンと叩く。まるで、ムカつく気持ちを全部、それで潰せるみたいに。そう、あちしはイラついてた。いや、「イラついてる」なんて言葉じゃ足りない。マジで爆発寸前。全部、あの生徒会室での茶番のせい。


 歩きながら、頭の中はさっきの光景でいっぱいだった。フラヴちゃんに「あなたは何もすることはない」って言われて、魂が抜けたみたいに床に崩れ落ちたはるちゃん。それを見てる、まるで女王様みたいにふんぞり返ってるフラヴちゃん。あちしがただの使いっ走りみたいに。


「アレクサンダーの誕生日が近づいていますわ」


 *「で?それが、あちしと何の関係があんの?」*もう我慢できなくて、そう聞いた。


 彼女はあちしの方を向いて、その黄色の瞳をキラリと光らせて言った。「あなたが彼ともっと親しくなり、兄上のパソコンのパスワードを手に入れる絶好の口実ですわ」


 あちし、思わず息を飲んだ。「はぁ?!アレクサンダーくんがそんなパスワード知ってるって、本気で言ってんの?!」


 彼女は、澄まし顔でこう答えた。「いいえ、でも、おそらく知っていますわ」


「おそらく」って何?!


「じゃあ、あんたは『たぶん』ってだけで、あちしを敵地に送り込むわけ?!」


 彼女は、少しも動じずに、ただ一言。「ええ」


「ええ」って?!マジかよ…


「あちし、彼と何を話せばいいのかも、プレゼントに何をあげればいいのかも、全然わかんないし!」そう抗議すると、彼女はもう全部計画済みって感じの笑みを浮かべた。


「勇太に相談なさいな。彼なら、あなたをもっと上手く助けてくれるでしょう」


 その瞬間、あちしの思考はカチンと固まった。「なんで勇太先生?!あんただって姉でしょ、なんとかしなさいよ!」


 でも、彼女は首を横に振るだけ。*「兄上は、わたくしよりもアレクサンダーを理解していますの」*そして、いきなりあちしの前でドサッと膝をついて、まるで世界の救世主にお願いするかのように懇願し始めた。あちしは、これは自分の戦争じゃないって叫びたかったけど、もう遅い。完全に、巻き込まれた。


 …現在に戻る。廊下はほとんど人がいなくて、あちしの足音だけが響いてる。遠くから部活の音が聞こえてくる。あちしは勇太先生を探してた。そう、あの勇太先生。五月からずっと写真のことで話すのを避けてきた相手。なのに今度はフラヴちゃんのせいで、「アレクサンダーくんについて何か聞き出せ」っていう新しいミッションが追加された。


 マジで胃が痛い。でも、逃げられない。写真のコンペは近いし、フラヴちゃんからのプレッシャーはハンパないし、あちしが望むと望まないとにかかわらず、このシルバーハンド家の問題にどっぷり浸かっちゃってるんだから。


 校内の半分を歩き回って、やっと彼を見つけた。二階の、誰もいない教室。ドアが少しだけ開いてて、午後の暖かい光が差し込んでる。彼はそこにいた。いつものように、学校のブレザーは開けっ放し、下には緑のシャツ。黒髪は、あの緑のメッシュが目立つように、雑な団子に結ばれてる。はるちゃんは全然触れないけど、あちしは気づいてる—勇太先生の耳とか口の周りには、ピアスの痕がいっぱいある。もうしてないけど、あちしには分からない、何か過去を物語ってる跡が。


 トントン。ドアを軽くノックして、ゆっくり中に入る。肩をすくめて、恐る恐る。あちし、勇太先生とほとんど話したことないし。いつも同じ「グループ」にいるけど、はるちゃんの友達って感じで、あちしの友達じゃない。はるちゃんは彼を王子様か何かだと思ってるみたいだけど、あちしにとっては、ただのフラヴちゃんのお兄ちゃん。シルバーハンド家の一人。冷たくて、真面目で、ちょっと怖い。


 彼は一人じゃなかった。もう一人、男の子がいた。背中を向けて、勇太先生と話してる。学校の冬服を着てて、髪は短いけど、前髪が少し額にかかってる。その色が…ピンク。淡いピンク、溶けた綿菓子みたいな。あちしはパチパチと瞬きして、その光景を処理しようとした。そして、彼が振り向いた。


「魁斗くん?!」思わず、声が大きくなった。


「お、高橋さん。遅くなってごめん」彼は気まずそうに笑って、後頭部を掻いた。田中魁斗。一年の時から知ってる魁斗くん。でも、髪が…**ドキンッ!**と心臓が鳴った。彼はいつも坊主で、眉毛も細くて、髪の色なんて分からなかった。なのに、今…ピンク?!


「ピ、ピ、ピ、ピ、ピンクーーー!!!!」


 あちしは彼を指差して叫んだ。舌がゼリーみたいにプルプル震えてる。その瞬間、ハッとした。あちしの髪。あちしの髪もピンクじゃん!サーモンピンクだけど!自分と同じじゃん!


 魁斗くんはカァッと赤くなって、俯いた。「うん…地毛がピンクなんだ。恥ずかしくて、ずっと剃ってた」ほとんど地面に消え入りそうな声で、そう呟いた。


 勇太先生は書類から顔を上げた。その顔は、いつものように落ち着いてる。「恥ずかしがることはないだろう、田中くん。ただの髪だ」彼の声は低くて、優しいけど、反論は許さないって感じだった。


 あちしはまだ固まって、魁斗くんを指差したまま、口をパクパクさせてた。「ピ、ピンク…あちしと…同じ…あんたが…ピンク?!」声はめちゃくちゃで、顔が熱くなるのを感じた。マジで、あちしってバカみたい。


 勇太先生はあちしの方を向いて、少し目を細めた。「高橋さん」彼の声は、彼が演じている「先生」として、とてもフォーマルだった。「何か用かね?」


 はぁーっと深呼吸して、床に散らばった冷静さをかき集める。「あなたに話があります」声は、思ったよりしっかり出た。でも、心の中はまだ大混乱。


 彼は片眉を上げた。驚いてる。「何についてだ?」


 あちしはためらった。彼の目が、あちしの頭の中のゴチャゴチャした考えを全部見透かしてるみたいだった。「えっと…個人的なことです」そう呟いて、床に視線を落とした。自分のピンクの髪が、目の前で揺れた。


 勇太先生は眉をひそめ、その顔に一瞬だけ心配の色が浮かんだ。魁斗くんはそれをすぐさま察知して、一歩下がる。「ありがとうございます、勇太先生。お先に失礼します」彼はあちしに気まずそうに会釈すると、「じゃあね、高橋さん」と囁くように言って、部屋を出ていった。


「ああ、ご苦労、田中くん」勇太先生はそう答えると、ドアが閉まるやいなや、またあちしの方を向いた。「それで、高橋さん。何か用かね?」


 魁斗くんが部屋を出て、ドアがカチッと閉まる。静寂が、石みたいに重くのしかかった。あちしは突っ立ったまま。心臓がバクバクうるさくて、勇太先生にも聞こえてるんじゃないかと思った。彼はあちしをじっと見て、その黒い瞳で分析しながら、もう一度、しっかりとしたフォーマルな声で聞いた。「それで、高橋さん。何か用かね?」


 あちし、フリーズした。まただ。頭の中が竜巻みたいにグルグル回ってる—フラヴちゃん、アレクサンダー、パスワード、写真、魁斗くんのピンクの髪。何か、何か一つでも整理しようとしたけど、口が勝手に開いて、一言だけ漏れた。「写真のこと」


 彼は片眉を上げた。本気で驚いてる。「写真?」まるで、あちしが外国語でも話したみたいに、そう繰り返した。


 死にたい。地面に穴掘って消えたい。*なんで、あちしはそれを言ったの?なんでパスワードじゃないの?なんでアレクサンダーの誕生日じゃないの?*でも、自分のバカさ加減に溺れる前に、勇太先生は机の上の書類をトントンと乾いた音をさせて完璧な山にすると、それを脇に置いた。彼は完全にこちらに向き直った。体はリラックスしてるけど、その目は真剣で、あちしは彼の几帳面な仕草に、なぜか見入ってしまった。


「正直に言うと、高橋さん」彼は、あちしが息を呑むような、穏やかな声で話し始めた。「君がこの件で、直接、私に話に来るとは思っていなかった」


 あちしはパチッと瞬きした。驚いて、何か言おうとしたけど—どんな言い訳でも—彼はそれを遮った。「アレクサンダーから聞いたよ」


 胸がキュッと締め付けられた。彼、言ったんだ?あの真面目くんが、お兄ちゃんに、あちしが撮った変なサッカーの写真のこと、全部話しちゃったの?もう終わりだ。「彼…言ったの?」か細い声で、そう呟いた。


「ああ」勇太先生は頷いた。「私としては問題ない。アレクサンダーが既に許可しているのなら、私が口を出す理由はない」


 口を開けて、何か言い訳を探す。「でも…シルバーハンド家って…メディアとか、お金持ちの家とか、そういうの…」あちしはどもりながら、顔が熱くなるのを感じた。「それって、その…問題じゃないの?」


 彼は一瞬あちしを見て、少し目を細めてから、首を横に振った。「問題ではない。確かに、高橋さん、君が彼らのプライバシーについて考えているのは正しい。だが、彼らは君が思うような『シルバーハンド』ではないんだ」


 あちしは眉をひそめた。混乱する。「どういう意味?」


 彼は直接は答えなかった。代わりに、こう聞いた。「用件はそれだけか?」


 あちしは「はい」と言って、そこから逃げ出したかったけど、ためらった。頭がまたグルグルする。あちし、勇太先生のこと、どう思ってる?彼はフラヴちゃんとアレクサンダーくんのお兄ちゃんで、二人がヒーローみたいに尊敬してる人。あちしは、二人の友達だと思ってる。そして、彼らにとって、この人は支えなんだ。だから、喉の奥のつかえを飲み込んで、言った。「フラヴちゃんが、アレクサンダーくんの誕生日が近いって言ってました。あちし…彼に何かあげたくて。写真のコンペで、彼のを使わせてもらうお礼として」


 勇太先生の目が、少しだけ大きく見開かれた。また驚いてる。「君がそんなことを気にする必要はない」彼の声は、柔らかくなっていた。「彼は物質的なものを求めるタイプではないから」


「でも、それじゃもっと困る!」あちしは、ほとんど叫ぶように言った。「お金持ちで、多分何でも持ってる人に、何をあげればいいの?!」


 彼の目は細められたけど、怒りじゃなかった。もっと深い、何かだった。「私たち五人は、謙虚さを学ぶように育てられました」彼がそう言って、あちしはキョトンとした。「お金やそういうものを尊重するように教えられたわけじゃない。むしろ…私たちの、特にあの二人の育ちは、両親にネグレクトされてたんだ。兄たちが子供の頃の私の面倒を見てくれたように、私も小さい頃のフラヴィアンとアレクサンダーの面倒を見てきた」彼の唇に、小さな笑みが浮かび始めた。「だから、アレクサンダーだけじゃなく、フラヴィアンもね。君が友達でいてくれるだけで、もう満足なんだよ。そして、私もだ。君が彼らの友達でいてくれて、嬉しい」


 あちしは黙っていた。驚いて。頭がまたクラクラする—あちしの家族は、本家から勘当されて、両親は二人で何とかやってきた。なんだか…変な形で、彼と似てるって感じた。


「でも、もし本当にアレクサンダーに何かあげたいなら…」彼は一瞬止まって、いたずらっぽい笑みを浮かべた。「虫に関するものをあげるといい」


「え?」声が裏返った。


「兄たちとは違って、彼は唯一、家の跡を継がない」勇太先生は続けた。「姉上(あねうえ)はシルバーハンド・コーポレーションのトップ。私と兄は軍人だ、もっとも私は今、教師だが。フラヴィアンは姉上のようになりたがっている」


 あちしは、思わず小さく笑ってしまった。彼はそれに気づいて、「どうした?」と聞いた。


「『姉上』って言うのが、なんか変で」あちしは、まだ少し笑いながら言った。「でも…あなたも軍人だったのに、今は家の跡を継いでないよね?教師なんだし」


 彼は、ほとんど見えないくらい、小さく微笑んだ。「そうかもしれないな…」


 あちしは首を傾げた。好奇心が止まらない。「なんで軍人が家系なの?会社は分かるけど、軍人?」


「イギリスでは」彼は、真剣なトーンで話し始めた。「シルバーハンド家は軍に影響力を持っている。大佐、将軍…私は貴族の騎士の家系の末裔なんだ。千年前に、私の先祖は中世の戦いを率いていた」


 あちしは、また笑ってしまった。今度はもっと大きな声で。「千年前に、酒井家も多分、サムライの戦いを率いてたよ」彼も一緒に笑った。低くて、珍しい笑い声。一瞬だけ、部屋の空気が軽くなった。


 あちしは本題に戻った。「で、なんでアレクサンダーくんには虫なの?」


「彼は生物学が大好きでね」勇太先生の目が、少し輝いた。「特に、虫とミミズが」あちしはゾッとして身震いし、彼は「だろ?」と言いながら笑って首を横に振った。「汚れたり汗をかくのが嫌いなくせに、ヤバい虫を見るためなら、平気で泥の中に飛び込むんだ。それに関するものなら—本でも、動物を模したプレゼントでも—彼は喜ぶよ」彼は少し間を置いて、その目に悲しい色が浮かぶのが見えた。彼の声は低く、少しメランコリックになった。「ただ、彼が兄たちのようにならないことを願っている…まあ、それはともかく!一番大事なのは、高橋さん、それが心からのものであれば、彼はもっと価値を見出すだろう」


 彼は優しい笑顔でそう締めくくった。そして、あちしの中で何かがカチッと音を立てた。初めて、勇太先生を理解した。軍人のシルバーハンドでも、死んだ魚の目をした先生でもなく、弟妹の面倒を見る、お兄ちゃんの彼を。


 ふぅーっと、安堵の息を吐いた。「あのね, 勇太先生」あちしは、もうドアに向かいながら言った。「あなたの噂、本当だったんですね」


 彼は眉をひそめて、混乱していた。「何がだ?」


「あなたは本当に、親バカならぬ兄バカですね」あちしは小さく笑って、彼が反応する前に部屋を出た。ちらっと後ろを見ると—彼は驚いて固まっていたけど、その顔には小さな笑みが浮かんでいた。あちしはドアを閉めた。心は軽くなったけど、まだ考えてた。


 虫?マジで…?

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