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第4話「頑張って!できるの!」

花宮陽菜


 生徒会室に差し込む午後の光が、まるで張り詰めた緊張を照らし出しているかのようだった。あたしは天井でギィィ…とゆっくり回る扇風機をぼーっと眺めながら、目の前の光景を無視しようとした。テーブルの向こう側では、宮崎くんが無理やりな笑顔を浮かべていて、隣に座るアレクサンダーくんをジリジリと苛立たせている。


「なんでそんなに元気なんだよ?」と、アレクサンダーくんが眉をひそめて聞いた。


「大丈夫、大丈夫!問題ないって!」宮崎くんはそう答えたけど、その元気は目に届いていなかった。


 近くでファイルを整理していた星野さんは、視線を上げずに言った。「あの試合から、あなた、少し変ですわ、かしら」


「世界の終わりってわけじゃないだろ?」彼は後頭部を掻きながら、無理に笑った。


 この重い空気…夏の大会での敗北が、まだみんなの心に影を落としていた。宮崎くんが平気なフリをすればするほど、雰囲気は悪くなる一方だ。


「あなた、変だよ」あたしはついに口を開いた。「なんでそんなに笑ってるの?」


 その時だった。それまで静かに書類にサインしていたフラヴちゃんが、カタン、とペンを置いた。彼女はスッと立ち上がると、彼の前にスタスタと歩いて行った。


「あなたのせいではありませんわ」彼女は真剣な声で言った。


「…俺は、分かってる…」彼の声は弱々しく、無理に作った笑顔が揺らいでいた。


 彼女は彼の手をギュッと握った。「強いフリをする必要はありませんのよ」


 彼の笑顔が、ついに消えた。その青い瞳に、深い悲しみが宿る。


「わたくしたちは負けましたわ」フラヴちゃんは続けた。「悔しいですし、悲しいです。でも、そういうものですの。そのすべてを、あなたのせいであるかのように一人で背負う必要はありません。チームの皆さんも、きっと同じことを考えていますわ」彼女は彼のアゴに両手を添え、無理やり顔を上げさせた。「あなたのせいではありません」と、ゆっくり繰り返した。「自分が弱いと思ったのなら、もっと練習なさい。焦りすぎたのなら、攻撃する前にコートを分析することを学びなさい。でも、一人で抱え込むのはおやめなさい」


 宮崎くんは、まるで魂を抜かれたかのように、ただコクンと頷いた。フラヴちゃんはふわりと微笑んだ。「分かっていただけて、ようございましたわ」彼女は彼を放すと、何事もなかったかのように机に戻った。


 彼は一瞬ポツンと立っていたが、やがて立ち上がった。「俺、もう行ってもいいか?」と、彼は小さな声で尋ねた。


「あなたはキャンペーンの客寄せパンダでしたから」フラヴちゃんは書類から目を離さずに言った。「生徒会のことを気にする必要はありませんわ。でも、いらしたければ、いつでも歓迎します」


 その時、ガチャリとドアが開き、ゆうくんが、いつもの生気のない声で入ってきた。


「少なくとも週に一度は顔を出し、何かしらの仕事をしなさい。さもなければ、評議会から外します」


 あたしはヒュッと息を呑んだ。アレクサンダーくんは目をカッと見開き、星野さんはハラリとファイルを落とす。フラヴちゃんまでペンを止め、ゆうくんをまるで爆弾でも投げ込まれたかのように見ていた。なんて最悪なタイミング!でも、彼は宮崎くんの方を向き、その死んだ魚のような、でもどこか真剣な黄色の目で言った。


「ですが、そんなに早く諦めるべきではありません」


 宮崎くんはまたコクンと頷き、何も言わずに部屋からゆっくりと出て行った。あたしはドアを見つめ、それからゆうくんを見た。


(なんでこの人、いつもこういう言い方しかできないわけ?!)


_________________________________________________


 授業終わりのチャイムが鳴り響き、生徒たちの喧騒が遠ざかっていく。日の傾いた午後の光が長い影を落とす中、あたしは本館の五階へと続く階段を上っていた。


 コツ、コツ…


 人気のない廊下にあたしの足音だけが響く。五階は、生徒たちの間で「禁断のフロア」なんて呼ばれている場所。めったに姿を見せない桜井理事長の部屋以外は、何年も開かれたことのないという噂の、埃っぽい扉が並んでいるだけ。


(なんでゆうくん、こんな気味の悪い場所に…?)


 胸の中に、モヤモヤとした気持ちが広がっていた。椿テックの技術博覧会での一件以来、ずっとそうだ。ニュースでは「インフラの事故」と「交通事故」で片付けられていたけど、あたしは真実を知っている。あの「事故」は、シロイちゃんがあたしを必死に守ってくれた戦いの跡で、大通りでの騒ぎは、きっとゆうくんが悪党たちと戦っていたからだ。


 それに、理香ちゃんのこと…あの日以来、彼女とは連絡が取れていない。今日の学校でも、話しかけるタイミングを逃してしまった。


 そんなことを考えながら、埃っぽい教室のドアの前にたどり着いた時、今日の昼間にゆうくんと交わした会話が、痛いほど鮮明に頭の中に蘇ってきた。


 彼はあたしを、人目のつかない校庭の隅に呼び出した。


「ねえ、ゆうくん!」あたしは我慢できずに切り出した。「あの日の任務のこと、どうして何も話してくれないの?!」


 彼はいつもの先生のポーカーフェイスで答えた。「君には報告書を閲覧する『権限』がありません、花宮さん」


「嘘つき!」あたしは思わず呟いて、ぷくーっと頬を膨らませた。


「ああ、そうだ」彼は、悪びれもせずに認めた。


 その態度にカチンときて、あたしはそっぽを向いた。


 ポカッ!


 軽いけど、的確なチョップがあたしの頭のてっぺんに落ちてきた。


「痛っ!」


「これをやるために何日も待ってたんだぞ」彼の声には、いつもの先生の仮面を突き破るような、本物の苛立ちが混じっていた。「君がやったようなことをするだろうと分かっていたから、何も言わなかったんだ!僕がどれだけイライラして、心配したと思ってる?!もしシロイが間に合わなかったらどうするつもりだったんだ?!馬鹿!君は死んでたんだぞ!無茶をするなとあれほど言ったのに!」


「だって、助けたくて…」


「…でも、よくやった」彼はあたしを遮り、不意に声のトーンを落とした。気まずそうに顔をそむけて、ほとんど聞こえないくらい小さな声で呟いた。「…スピリット・ブロッサム」


 **ドキッ!**と心臓が跳ねた。


「とにかく」彼は気を取り直して続けた。「それだけで君を呼んだわけじゃない」彼の黄色の瞳が、真剣にあたしを捉えた。「君の『おとり』作戦のせいで、椿理香は今日、変装なしで学校に来た」


「えぇっ?!」


「理由は分からない。だが、彼女は地毛の赤髪と、金の瞳で登校した。コンタクトもなしだ。そのことと、博覧会での一件を考えると…君の背中に、標的が描かれている可能性がある」


 **サァーッ…と血の気が引いた。魂がヒュゥゥ…**っと抜けていくのが分かった。


「僕は反対なんだが…」彼は、今までで一番悔しそうな顔で続けた。「あの日以来、上の連中はずっとこの措置を取りたがっていた。僕はほとんど言い勝っていたんだが、今日の椿さんの一件で、決定は満場一致になってしまった…」


「何の決定?!なんなの?!何の話をしてるの?!」あたしは混乱と恐怖で叫びそうだった。


 ゆうくんは、まるで世界の重みを全部背負ったかのように、深いため息をついた。


「上の連中は、君に『守護的な措置』を取るよう命じた、花宮さん。だから、今日から、十八時から十九時の間…君には護身術の訓練を受けてもらう」


 あたしはポカンとして彼を見つめ、思考を整理していた。彼はあたしの目の前で指を鳴らした。「花宮さん?聞こえてるか?」


 そして、やっと意味が分かった。脳内で、興奮が**ドカーン!**と爆発した。


「あたし、ついに秘密のスパイになるんだ!ううん、スーパーシークレット・エージェント!いやいやいや、ゲートのヒロインだぁぁぁ!」あたしは飛び跳ね、目はキラキラと輝いていた。


 彼は、死んだ魚のような目で、ただあたしを見ていた。「はいはい、そうですね…」


 彼はあたしに、指示が書かれた折り畳まれた紙を渡した。


 そんなやり取りを思い出して、少し頬が熱くなるのを感じながら、あたしは目の前の埃っぽい教室のドアの前に立っていた。あの紙切れが、今はあたしの手の中で、とてつもなく重く感じられた。


 ゆうくんからの紙を手に、あたしはドキドキしながら埃っぽい教室のドアを押した。


 ギィ…


 息を呑んだ。そこは教室なんかじゃなかった。道場だった。きれいな畳が床を覆い、壁はガラス張りで、その向こうには静かな石庭が広がっている。午後の終わりの光が差し込んで、なんだか神聖な雰囲気すらあった。


(な、何ここ?!)


 あたしは信じられない気持ちで、畳の上を歩いた。その時、彼女を見つけた。道場の縁にちょこんと座り、小さな影が庭の砂利の上で足をぷらぷらさせている。うちの学校の制服を着て、首には一年生を示す赤い蝶リボン。髪は鮮やかなオレンジ色で、前は短く、後ろはボリュームのあるポニーテール。空を見上げるその横顔は、まるでお人形さんみたいに繊細だった。


(うわぁ、可愛いーっ!)


 あたしはそっと近づいた。「あの、すみません…?」


 彼女はあたしの方に顔を向けた。大きくて綺麗な紫色の瞳が、午後の光を反射してキラリと光る。前髪がその瞳の上で優しく揺れて、表情は甘く、繊細だった。


 そして、彼女は口を開いた。


「遅いんだよ、クソが!二分前にここに来るはずだったんだろ!」


(可愛くなんかないっ!)


 あたしの脳内で天使のイメージがガラガラと崩れ落ちた。「えっ?でも、ゆうくんが今すぐって言ったから—」


「馬鹿な先輩」と彼女はあたしを遮り、ぷいっとそっぽを向いた。「はぁ、なんでこのアホの指導をしなきゃなんないわけ…師匠に頼まれなかったら、絶対やらないっつーの、だって…」


 その口癖。その声。その態度。


「シロイちゃん!」あたしは叫んだ。やっと彼女が誰だか分かった。


 次の瞬間、あたしの視界がぐるりと回転した。彼女は流れるような動きであたしの制服を掴み、肩越しに投げ飛ばした。


 ドサッ!


 畳に背中を打ち付けられ、息が詰まる。なんとか頭を上げようとした。「なにするの—」


 ポカッ!


 脳天に、的確なチョップが落ちてきた。


「痛っ!」


「今日からわたしがあなたを鍛えるから、花宮先輩」彼女はあたしを、冷たく真剣な目で見下ろした。


 あたしは床に転がったまま、負けを認めてため息をついた。「…よろしくお願いします、師匠…」


 それから、あたしの地獄の特訓が始まった。投げられ、捻られ、数え切れないほど畳に叩きつけられた。やっと休憩になった時、あたしはヘトヘトになって床に大の字になっていた。


「体も鍛えないとダメだよ。戦闘だけじゃなくて、だって」と、シロイちゃんは涼しい顔でストレッチをしながら言った。


「あたし、ムキムキの化け物にはなりたくない…」とあたしは文句を言った。


 彼女の目がキラキラと輝いた。「なんで?超カッコいいじゃん!」


 その目の輝きを見て、何かがピンと来た。「ねぇ…あなたの本当の名前は?」


 彼女は動きを止め、あたしを見た。「光。藤堂光」


 藤堂…光…その名前が頭の中で響き、そして、雷に打たれたように記憶が繋がった。討論会。オレンジ色の髪の女の子。震える声。


「待って!」あたしは震える指を彼女に向けた。「あなた、あの討論会の日にゆうくんに告白した子でしょ!!」


 光は一瞬キョトンとして、それから拳で手のひらをポンと叩いた。「ああ!あの日ね!」彼女は心底嫌そうな顔であたしを見た。「告白?気持ち悪い。わたしは勇太先生に、わたしの師匠になってくださいってお願いしたの」


「師匠?なんで?」


「勇太先生はすごいんだよ、だって!ゲートの中じゃ超有名人なんだから!」


「じゃあ、あなたたち二人ともゲートの人間なの?!」あたしはショックで彼女の言葉を遮った。


「勇太先生、本当に何も教えてないんだね?」彼女の声には、初めて少し同情の色があった。「まあ、彼が嘘つきで色々隠してるって思う気持ちは分かるよ。でも、先生は正しい。あなたはただの一般人だもん」


「一般人…」あたしは泣き言を言った。「じゃあ、この中であたしの立ち位置ってなんなのよ」


 光は少し考え込んだ。「うーん…あなたナイトじゃない。まあ、厳密にはクレリックだけど、やったことを考えると、インクイジターのほうがしっくりくるかな…」


「クレリック?インクイジター?」あたしは混乱した。


 彼女はため息をついた。「本当に何も知らないんだね?いい?よく聞いて。クレリックはサポート系のエージェント。医者とか、技術者とか…先生とか、直接戦闘に関わらない人たちのこと。ナイトやインクイジターとは違うの。ナイトは、」彼女はグッと胸を張って言った。「わたしみたいな、ね。ゲート最強の戦力なんだって。最前線で戦うの。インクイジターは諜報員。彼らも戦うけど、役割が違う。情報を集めるビショップと、潜入や暗殺みたいなヤバい任務をやるアークビショップがいるの。秘密のスパイってやつ」


「映画みたい?」あたしの目が輝いた。


「うん…映画みたい」彼女は小さく笑った。


 彼女はスッと立ち上がった。「休憩は終わり」


 あたしも立ち上がった。新しい決意が湧いてくる。「オッケー、光ちゃん!」


 次の瞬間、あたしはまた畳に叩きつけられていた。後頭部に、もう一発チョップ。


 ポカッ!


「痛っ!」


___________________________________________________


 日々は、疲労の霞の中を這うように過ぎていった。あたしの新しい「訓練中のエージェント」としての生活は、正直、地獄だった。光ちゃんが愛情を込めて「訓練」と呼ぶそれは、あたしにとってはただの「拷問」だった。生徒会の仕事が終わると毎日、彼女にボコボコにされる日々。あたしの体は、秘密のスパイになるために作られてなんかいなかった。


 授業中はうとうと、生徒会室では報告書の上に突っ伏してしまわないように戦うのがやっと。家に帰って夕食の時間になると、もう限界だった。


 ドスン!


 あたしの顔は、沙希が丁寧に作ったカレーライスに突っ込んでいた。


「春姉!!!」沙希が叫んだ。彼女が夕食を作った日に限って、こんな失礼なことをするなんて!「私がせっかく作ったのに!」


「ごめん、沙希ちゃん…」あたしはカレーまみれの顔でつぶやいた。


「陽菜、大丈夫?」とお母さんが心配そうに聞いた。


 百合子はただケラケラと笑って、「お姉ちゃん、沼の怪物みたい」と、子供らしい無邪気な、でも悪意のあるコメントをした。


 そんな日々が、何日も、何週間も続いた。そして、その狂ったようなルーティンの中で、一人の人間の不在が、どんな疲れよりも重くのしかかり始めていた。


 その日も、授業は退屈だった。特に、勇太先生の古文の授業中…死んだ魚のような目で、彼は教壇に立っていた。不思議なことに、彼が年上に見せるための化粧をしていた時の方が、よっぽど生き生きして見えた。今の彼はただの…干物だ。


 あたしは、彼が何を言っているのか、ほとんど聞いていなかった。隣の席の直美ちゃんも同じで、自分の世界に閉じこもり、手の中のシャーペンをクルクルと回していた。彼女はいつも制服を少し着崩していて、それが彼女の「ライトギャル」スタイルだった。ブレザーはわざと大きいサイズで、長い袖が手を隠している。長いサーモンピンクの髪は、子供の頃から変わらない赤い蝶のリボンで、右側でポニーテールに結ばれている。


 クラスのほとんどが同じような状態だった。誰も授業に集中していない。でも、何かが気になった。あたしの親友である直美ちゃんは一年生の時からずっとあたしの後ろの席だ。そして、あたしの前の席にも、ずっと同じ男子が座っていた。でも、夏休みの遊園地の日以来、彼を見ていない。


 田中魁斗くん。あの日以来、彼を見ていない。まだ学校に戻ってきていない。メッセージにも返信しないし、誰かが家に行っても、いつも留守だという。先生たちに聞いても、「もうすぐ戻ってくる」としか言わない。魁斗くんはアホだけど、あたしたちの友達だ。そのことが、頭から離れなかった。


「ねぇ、はるちゃん」後ろから、ひそひそ声がした。「魁斗くんのこと、マジでヤバいことになってんじゃない?」直美ちゃんが、シャーペンを見つめたまま、退屈そうなオレンジ色の瞳で囁いた。


 あたしは、あまり振り返らないようにしながら、囁き返した。「分からないけど、彼が—」


「花宮さん、高橋さん。何かクラスで共有したいことでも?」


 あたしたち二人はビクッと飛び上がった。あの死んだ魚のような目は、ただの飾りじゃなかった。このろくでなしの視界から逃れられるものは何もないのだ!


「い、いえ!」


「な、何でもないです、先生!」と、あたしたちは声を揃えた。


 彼は「またか」と言いたげに、目を細めた。本当に、いつものことだったから…


 チャイムが鳴った。退屈な古文の授業が終わり、お昼の時間だ!生徒たちが食堂や自分の弁当に向かってワラワラと動き出す中、あたしは直美ちゃんと一緒に、まっすぐ勇太先生のところへ向かった。彼は書類をファイルにしまっていた。急がないと。なんと言っても、彼は昼休みになると姿を消す達人なのだから。


「先生」あたしたちは同時に言った。


「授業について何か質問でも?」彼の目は、まだ書類に集中していた。


「はい。魁斗くんのことです」一瞬、彼の手が止まった。彼の目が、すぐに反応した。あたしはまだ勇太先生に聞いていなかったけど、彼に聞くのが一番いい。彼が何かを知っているとは思わないけど、少なくとも、ごまかしたりはしないだろうから。


「彼は今、街を離れている。理由は詳しく知らないが、ご家族の話では、今週か来週あたりには戻るはずだ」


 あたしたち二人は疑いの目で彼を見たが、彼はただ空虚な声で答えた。「君たちが心配しているのは分かっている。友達を心配するのは普通のことだ」


「わたくし的には、別に帰ってこなくてもいいけどですわ」ドアの方から、女性の声が響いた。見ると、フラヴちゃんが腕を組んで戸口に寄りかかっていた。


「おい、フラヴィアン」と勇太先生が抗議した。


「兄上、もし彼がいなければ、木村とのことだって、あんなことにはなりませんでしたですわ!」フラヴちゃんは教室に入ってきて、勇太先生の前に立った。


「あの噂は、田中くんのせいじゃない」


 今度は、あたしたち三人が顔を見合わせた。「どういう意味?」


「君たちが知る必要のないことだ」彼はファイルを持つと、廊下へ向かった。


「ちょ、待ちなよ!」直美ちゃんが叫んだ。「あんた、あちしたちが知らない何かを知ってるんでしょ!」


 勇太先生は深くため息をついた。彼は立ち止まり、一歩戻って、あたしたちの方を向いた。「これは大人の問題だ。子供は首を突っ込むな」


「大人ぶって言わないでくださる?!」フラヴちゃんが即座に叫んだ。


「まあ、君たちよりは年上だ」と彼は言い返した。


「四歳差なんて、大したことありませんですわ!わたくしが七十歳になったら、あなたは七十四歳。ほとんど同じじゃありませんこと!」フラヴちゃんは続けた。


「確かに。君は正しい。だが、今は、私の方が大人だ」彼はまたため息をつき、手で顔をこすった。「いいか、心配する必要はない。それは約束する…」


 あたしたちは、彼の裏切りと嘘に満ちた言葉を、疑いの目で見続けた。でも、彼はただ教室を見回した。「もう行く。他の生徒たちの昼食の邪魔はしたくない」


 その瞬間、あたしたちは教室の残りの生徒たちに目を向けた。クラスの半分がまだそこにいて、まるでメロドラマでも見るかのように、目をまん丸にしてあたしたちのショーを見ていた。


「あれが新しい生徒会?」「勇太先生の妹って、わがままなんだな」といったコメントが、教室中を飛び交い始めた。


 フラヴちゃんは顔をカァァッっと赤くし、あたしの手と直美ちゃんの手を掴むと、「行きますですわよ!」と言って、あたしたちを力強く廊下へと引きずり出した。


 フラヴちゃんは、あたしたちが教室に火でもつけたかのように、廊下をズンズンと突き進んだ。彼女はあたしたちの手を放すと、「ついていらっしゃい」と、これ以上ないというくらいイライラした視線を向けて命令した。あたしがどこへ行くのかと口を開く前に、彼女はもう長い黒髪を戦争の旗のように揺らしながら、廊下を突き進んでいた。


 直美ちゃんとあたしは顔を見合わせた。「彼女、取り憑かれてるか何か?」とあたしは囁いた。


 直美ちゃんはただ肩をすくめ、まるで罰でも受けるかのように、とぼとぼと後を追った。あたしたちは生徒会室の前で止まった。フラヴちゃんは、ドラマのワンシーンのようにドアを押し開け、中へ入っていった。


 あたしは後を追ったが、直美ちゃんは戸口で立ち止まり、シャーペンをいじっていた。その顔は爆発寸前みたいだった。「今度は何なのさ?」とあたしは眉をひそめて聞いた。


「あちし…この部屋、マジ無理なんだよね」彼女はつぶやいた。そのオレンジ色の瞳は、床に固定されていた。


 すでに会長の椅子にカバンを投げつけていたフラヴちゃんが、彼女の方を向いた。「なぜですの、直美ちゃん?ただの部屋ですわ」


「うん、でも…」直美ちゃんは、オーバーサイズのブレザーの中で肩をすくめた。「反吐が出るっていうか、なんか…」


 あたしは腕を組んで、副会長の机――休暇から戻って以来、あたしの公式の場所――に寄りかかった。「反吐?何が?木の匂いが嫌いとか?」と、からかうように笑ってみた。


「そーゆーんじゃなくて」彼女はためらいがちに部屋に入ったが、ドアの近くに留まった。「ただ…好きじゃないの」


 フラヴちゃんはふんと鼻を鳴らし、女王様のように椅子に座った。「あなたが生徒会に入るのを断ったのは、この『反吐が出る』感じのせいですの?はるちゃんが誘った時、断った理由」


 あたしは頷き、あの時のことを思い出した。学校が再開してすぐ、あたしとフラヴちゃんは生徒会を引き継いだ――彼女が会長で、あたしが副会長。あたしが最初にしたのは、直美ちゃんを誘うことだった。彼女なら受け入れてくれると思ったけど、彼女はただ首を横に振って、変な顔で「やりたくない」と言っただけだった。その時は、ただの怠け心だと思ったけど、今は…


「ただ怠けてるだけじゃなかったんだね?」あたしは目を細めて尋ねた。「ちゃんと説明してくれなかったじゃない」


 直美ちゃんは口を開いたが、「…個人的なことだから」とだけ言って、また閉じてしまった。彼女はシャーペンを、まるで地面に穴を開けて消えてしまいたいとでも言うように、もっと速く回し始めた。


「個人的って、どういうことですの?」とフラヴちゃんが、首を傾げて尋ねた。「この部屋が、あなたと何の関係があるのです?」


「部屋じゃないって」彼女は、少し早口で言い返した。「…家族のこと。あちしの問題だから。ほっといて」


 家族?あたしとフラヴちゃんは顔を見合わせた。なるほど、何かある。でも、直美ちゃんはハマグリみたいなものだ――簡単には開かない。あたしが、彼女のおじいさんが元生徒会長で、この部屋に取り憑いているのか、なんて冗談を言おうとしたその時、フラヴちゃんが突然、バンッ!と机を叩いた。その音にあたしは飛び上がり、直美ちゃんのシャーペンがカランと床に落ちた。


「もう、もったいぶるのはおやめなさい」フラヴちゃんは言った。その金色の瞳は、あたしたち二人に鋭く突き刺さっていた。「わたくしがあなたたちをここに連れてきたのは、大事な話があるからですですわ」


 あたしはドキッとして、心臓が跳ねた。直美ちゃんはシャーペンをいじるのをやめ、その目はフラヴちゃんに上がった。部屋の空気が重くなり、時間が止まったかのようだった。フラヴちゃんはゆっくりと立ち上がり、その顔は今まで見た中で一番真剣で、一歩前に出た。


「そしてそれは、あなたたち二人に話さなければならない、とても重要なことなのです」

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