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第3話「スマイルのエース」

花宮陽菜


 カーテンの隙間から差し込む気怠い太陽の光が、これ以上眠り続けることを不可能にしていた。背中はマットレスに張り付き、シーツは体の下でぐちゃぐちゃ。片足は完全にベッドの外にはみ出していた。髪はきっと鳥の巣みたいになってるだろうし、パジャマ代わりのタンクトップは、まくれ上がってほとんどトップス状態だ。


 トン!トン!


 ドアを強くノックする音に、あたしはビクッと飛び上がった。心臓が口から飛び出そう。


「春姉!」沙希の声が、ドアの向こうから焦れたように聞こえる。「早く起きて、お客さんよ。」


 誰よ、こんな朝っぱらから、なんて聞く間もなく、ドアが開いて沙希が入ってきた。寝ぼけ眼でピントが合うのに少し時間がかかったけど、沙希が学校の冬服をきっちり着こなしているのが見えた。紺色のブレザーに白い長袖のブラウス、膝丈のプリーツスカート。彼女の深い青色の、手入れの行き届いたストレートヘアは、サイドポニーテールに結ばれている。


 相変わらず、ムカつくくらい完璧。


「冬服…?」あたしはまだ眠そうに呟いた。夏休みが明けて、季節が変わったことに今更気づくなんて。


「見てわからない?もう秋よ。」彼女はふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。「春姉みたいに寝てばっかりだと、気温の変化も感じないんでしょうけど…」


 あたしはジロッと目を向けて、うーんとドラマチックに伸びをした。ベッドから足を下ろしながら、「誰なの?」と、猫みたいに大きなあくびをして聞いた。


「降りてくればわかるわよ。」沙希はまた目をくるりと回した。あの子、その仕草、名人級だわ。「それと、お願いだから、ちゃんと服着てよね。誰にも見せられたもんじゃないわ。」


 その毒のあるコメントは無視して、近くに放ってあったTシャツを掴んだ。適当なスウェットパンツを履いて、のそのそと階段を降りる。きっとナオミちゃんだろう。そうに違いない。


 キッチンに入った途端、淹れたてのコーヒーとパンケーキの香ばしい匂いがした。お母さんはいつも通り、カウンターで忙しそうにしている。沙希はもうテーブルについて、上品にお茶を啜っていた。その隣には、末の妹の百合子。彼女も小学校の冬服を着ていた。沙希と同じ紺色のブレザーだけど、小さいサイズなのがすごく可愛い。


 でも、あたしを立ち止まらせたのは、百合子のそのお行儀の良さだった。静かに座ってる。何かが、絶対におかしい。テーブルに目をやると、そこに彼女がいた。


 艶やかな黒髪が、あたしたちと同じ制服の肩に滑らかに流れている。うっとりするような金色の瞳が、優雅に持ったティーカップの向こうから、落ち着き払ってあたしを見つめていた。その完璧な姿勢、まるで自分の家みたいにそこにいる自然な様子…


「おはようございます、花宮さん、です。」


 洗練されたフラヴィアン・シルバーハンドの声が、うちのキッチンに響いた。まるで高級デパートのBGMみたいに場違いな声。あたしはパチパチと瞬きして、目の前の光景を理解しようとした。


「ええええ?!フラヴちゃん?!」


 隣の小さな裏切り者は、彼女の腕にぎゅっとしがみついて、目をキラキラさせていた。


「お姉ちゃん、この人、すっごくきれい!百合子、またフラヴィアン姉ちゃんに来てほしいな!」


 あたしは言葉も出ず、その光景をただ見ていた。一体全体、生徒会長がなんであたしの家で、家族と朝ごはん食べてるわけ?!


 ティーカップがソーサーにカチャリと置かれる。フラヴちゃんは、あたしに控えめな笑みを向けた。


「陽菜さん、その格好で朝食を召し上がるのですか?」


 自分の格好を見る。ヨレヨレのTシャツに、シワだらけのスウェット。はぁ…とため息をついて、腕を組んだ。「別に裸じゃないし。ていうか、なんでそんなに他人行儀なのよ?」


 フラヴちゃんは何も言わなかったけど、その表情ははっきりと「ほとんど、です」と語っていた。


 あたしが何か言い返す前に、お母さんがカウンターから振り返った。その顔には、あたしがよく知る笑みが浮かんでいた——娘の問題行動とは裏腹に、その礼儀正しい友達に感心しきっている、あの母親の笑みだ。


「うちの娘が、こんなに上品で洗練された方とお友達だったなんて、知らなかったわ。」


 フラヴちゃんは、いつも完璧な制服と緑色の二年生のネクタイで、楽しそうな視線をあたしに向けた。「陽菜さんも、とても礼儀正しく、洗練されています、です。」


 沙希がふんと鼻を鳴らし、カップの中のスプーンをカチャカチャと回した。「今は違うけどね。」


 お母さんが笑い、あたしは沙希を睨みつけてから、顔が燃えるように熱くなるのを感じながら、自分の部屋へと駆け戻った。


 バタン!とドアを閉め、長いため息をついて、クローゼットに向かった。急いで冬服に着替える。白いブレザーに青いストライプ、胸の左側には開盟かいもん高校の校章——あたしの問題の大きさを象徴するかのような、堂々とした山。二年生の緑色のネクタイをしているフラヴちゃんとは違って、あたしは同じ色のスカーフを首に巻いている。


 髪を整えるのに少し時間がかかった。サイドで三つ編みをしようとしたけど、指が言うことを聞かない。


 その時、またしても部屋のドアが無遠慮に開いた。「はるちゃん。」


 ビクッ!と飛び上がって、ヘアブラシを落としそうになった。「フラヴちゃん?!入る前にノックくらいしてよ!」


「急がないと遅刻してしまいます、です。」彼女は腕を組み、あたしにはない忍耐強さで言った。「今日は生徒会のお仕事がたくさんあるのです。初日です、忘れましたか?」


 あたしはため息をついて鞄を掴んだ。「わかってる、わかってるわよ!ちょっと待って!あっち行ってて、あたしはまだ——」


 言葉が途切れた。フラヴちゃんが、あたしのハンガーラックの前で立ち止まっていたからだ。彼女の繊細で白い指が、白いドレスの生地に触れていた。


 ゆうくんが、あたしにくれたドレス。


「このドレス…」フラヴちゃんは、何かを思い出すように、その生地を指でなぞった。彼女の金色の瞳に、不思議な光が宿る。「ええ、思い出します。わたくしたちが出会った日のことを、です。」


 あたしは一瞬ためらって、ベッドの端に腰掛けた。「ほんの数ヶ月前のことなんて、信じられないね。」


 フラヴちゃんは、懐かしそうに微笑んで頷いた。「ええ…あっという間でした、です。」


 あたしは彼女をしばらく見つめて、そして、思わず微笑んだ。「友達になれて嬉しいよ、フラヴちゃん。」


 フラヴィアンはドレスから視線を外し、あたしを見つめた。彼女の優しい笑顔は一瞬で、危険なくらい、いたずらっぽいものに変わった。


「ですが、兄のことはどうです?」


 ドキッ!心臓が止まるかと思った。「え?」


「彼のことも、知れて嬉しいのでしょう?」


「フラヴちゃん——!」


「それとも、」彼女は首を傾げ、その笑みはさらに深くなった。「ゆうくんのこと、です?」


「やめて、やめて、やめてー!」


 顔がカァーッと燃え上がり、耳を塞ごうとしたけど、フラヴちゃんはただ優雅に笑うだけ。あたしをからかうのが、心の底から楽しいみたいだった。


_________________________________________________


 授業が終わり、夕日が校舎をオレンジ色に染め始めても、あたしの仕事はまだ始まったばかりだった。重いため息をつきながら、生徒会室のドアを押す。夏休みが明けて、今日が初登校日。そして、生徒会役員としての、あたしたちの最初の仕事の日でもあった。当然、机の上はもう書類の山。学園祭まで一ヶ月を切っているのだから、当たり前か。それにしても、どうしてフラヴちゃんはあんなに平然としていられるんだろう?


 部屋は広くて、非の打ち所がないほど整理整頓されていた——間違いなく、星野さんの仕業だ。中央には大きな長方形のテーブルが鎮座し、周りには座り心地の良さそうな椅子が並んでいる。壁際の本棚にはファイルや書類がぎっしりと並び、ホワイトボードにはイベントの予定やタスクが書き込まれていた。隅っこでは、信頼できるコーヒーメーカーが、一番大変な日でもあたしたちを救うために、静かに待機していた。


 あたしは鞄を椅子に放り投げ、フラヴちゃんに目をやった。彼女はもうテーブルの端に座り、落ち着き払って書類に目を通している。


 腕を組んで、いつもの文句を口にした。「学園祭までまだ一ヶ月近くあるのに、もう仕事の山なんて…」


 フラヴちゃんは金色の瞳を上げて、あたしをさらにイラつかせる笑みを浮かべた。その落ち着き払った優雅な表情のまま、緑色のネクタイを直し、ゆっくりと答えた。「選挙活動でした約束を忘れたのですか、はるちゃん?あなたの会長として、わたくしにはそれを実現する義務があります、です。」


 あたしはジト目を向けた。「それなら、自分があたしよりたくさんの約束をしたことも、覚えておくべきね。」


 その会話が続く前に、ドアが開いて星野さんが書類の山を抱えて入ってきた。その後ろには、黒いファイルを腕に抱えたアレクサンダーくんがいた。


 彼女はいつものように、フォーマルでテキパキとした挨拶をしてから、書類をテーブルの上に置いた。夏休み明けに生徒会を引き継いでから、秘書の星野さんは、恐怖すら感じるほど効率的に運営を管理していた。以前は下ろしていた濃い栗色の髪は、今では完璧なポニーテールに結ばれ、彼女の紫色の瞳を際立たせている。いつも通り、制服にはシワ一つなかった。


 一方、アレクサンダーくんは、短く「こんにちは」と言っただけで席につき、すぐにファイルを開いて書類のチェックを始めた。彼はいつも物静かで分析的だけど、会計係になってからは、さらに集中力が増したように見える。制服は完璧に整えられ、彼も夏休みの間に髪型を変えていた——彼の金色の髪は、今ではツーブロックカットになっていて、光の下で輝き、青い瞳とのコントラストが美しい。一年生の赤いネクタイが彼の後輩としての立場を示していたけど、その立ち居振る舞いは、倍の年齢の誰かのように経験豊富に見えた。


 その時、ドアが再び開き、宮崎くんが入ってきた。彼の短くツンツンした白い髪は、赤いフレームのメガネとよく合っていて、その向こうの空のように澄んだ水色の瞳とは対照的だった。彼は笑っていた——笑いすぎていた。


 それだけで、部屋の空気が一瞬にして重くなった。


 宮崎くんは普段、バレー部の練習でほとんど顔を出さない。せいぜい、サインをもらいに来たり、書類を受け取りに来たり、代表としての小さな問題を解決しに来るくらいだ。他の生徒と一番うまくやれるから。でも今、彼はここにいて、その上機嫌さは、どう考えても普通じゃなかった。


 彼は大げさなほどの熱意で椅子に身を投げ出し、まるで夏祭りにでもいるかのように、みんなに挨拶をした。


 星野さんが、最初に静寂を破った。「あら、宮崎くん。練習はどうしたのかしら?」


 宮崎くんは椅子をくるりと回し、満面の笑みで肩をすくめた。「練習?今日は休みなんだよ!」


 フラヴちゃんが目を細める。怪しい。アレクサンダーくんは顔も上げずに書類をめくっている。宮崎くんが、幸せすぎる。これは、普通じゃない。彼は笑って、椅子の背にもたれかかった。「なんだよ、みんな。俺が上機嫌じゃダメなのか?」


 誰も答えなかったけど、部屋の沈黙が全てを物語っていた。


 あたしは彼をしばらく見つめた。みんな、理由を知っていた。ただ、誰もその話題に触れたくなかっただけ。


 開盟高校バレーボール部は、全国大会の準決勝で負けたのだ。


 その考えが、あたしをあの日へと引き戻した。


_________________________________________________


 夏休みは真っ最中。


 ジリジリと照りつける太陽が街を巨大なオーブンに変える中、あたしはリビングのソファでアメーバみたいに溶けていた。二階からは妹たちの叫び声が聞こえてくる。冷凍庫の最後のアイスをどっちが食べたかで、また戦争が始まったみたい。


(ふんっ。家庭内戦争なんて、もうとっくに無視するスキルは身につけてる。)


 本当の敵は、退屈。絶対的で、圧倒的で、致命的な退屈だ。


 ブーッ!


 ローテーブルの上でスマホが震えた。ゾンビみたいな気だるさで腕を伸ばして掴み、どうせくだらないゲームの通知だろうと画面をつけた。でも、そこに表示された一つのメッセージに、あたしは眉をひそめた。


 **Flavian_S:**助けて。


 あたしは瞬きして、二秒間その文字を処理して、そしてまたスマホをロックした。


(あたしの知ったこっちゃない。)


 ブーッ!ブーッ!


 はぁ…とため息をついて、抑えきれないイライラを込めてトーク画面を開いた。


 **Flavian_S:**はるちゃん、市の体育館で会いましょう。今すぐ。


 あたしの頭はソファのクッションにゴンと沈み、苦悶の声を漏らした。体育館?街のど真ん中の?地獄みたいな暑さの中?冗談でしょ。


 ブーッ!


 **Flavian_S:**文句言ってないで、さっさと来なさい!


 息を呑んだ。


「はぁっ?!」


 隠しカメラでもないかと、必死に辺りを見回す。


(フラヴちゃん、エスパーになったの?なんであたしが文句言ってるって分かったわけ?!)


 そして今、あたしはここにいる。


 体育館は巨大だった。こんな場所、入ったことなんてないし、正直、入りたいとも思わなかった。ワックスと汗の匂いが混じり合って、耳をつんざくような観客の声援が響いている。いくつものコートで、いくつものバレーボールチームが同時に試合をしていた。思ったよりずっと人が多い。


(今日、街中の人たちがバレーファンになるって決めたわけ?)


 そして、その混乱の真っ只中に、彼女はいた。フラヴィアン・シルバーハンド。相変わらず、完璧。彼女の長い黒髪は高い位置で完璧なポニーテールに結ばれ、切りそろえられた前髪が顔を縁取り、あたしの魂まで見透かすような、あの輝く金色の瞳を際立たせている。彼女が着ているのは、控えめだけど一目で「高級品」と分かる紺色のドレスと、軽い白いジャケット。靴までエレガントだ。


 一方のあたしは?デニムのショートパンツに、そこらへんのタンクトップ、履き古したスニーカー。髪は適当に結んだだけ。この暑さで、あたしはまるで濡れたプードルみたいだった。


「こんな暑いのに、完璧すぎる格好じゃない」あたしは思ったよりトゲのある声で文句を言った。


 彼女はあたしを完全に無視した。もう一度周りを見回す。「で、一体なんであたしたちはここにいるわけ?」


 フラヴちゃんは、「あなたって本当に世界一のろまなのね」と言わんばかりの、ドラマチックなため息をついた。


「学校のバレー部の準決勝の試合を観戦するためですわ。」


 一瞬、思考が止まった。そして、雷が落ちたように理解した。


「待って。それって、宮崎くんを応援するために来たってこと?!」


 彼女の金色の瞳が一瞬だけ揺れて、ジャケットの裾をいじる。あたしが知ってる、彼女の緊張した時の癖。


「ええ…まあ、そんなところですわ。」


 あたしの目が細くなる。「フラヴィアンさん?」


 またため息。でも今度のは、昼ドラのヒロインみたいな、純度百パーセントのドラマチックなため息だった。


「無理やり来させられたんですの!」彼女は、甘ったれたお嬢様みたいな声でそう認めた。「こんな人混みを見に来たくなんてありませんでした!だから、あなたを連れてきたのですわ!」


 腕を組む。あたしの顔にはデカデカとこう書いてあった。(冗談でしょ、あんた。)


「一人でここにいたくなんてなかったんですもの!」彼女はそう言って、ぷくっと頬を膨らませた。


 あたしが何か言い返す前に、聞き覚えのある声が空気を切り裂いた。


「フラヴィアン、何して— あ?花宮さん?」


 その声に、フラヴちゃんはソファを引っ掻いてる途中で見つかった猫みたいに、ピタッと固まった。


 振り返ると、そこにいたのはゆうくん。いつも通りの、ラフな格好。黒の半袖Tシャツに、ダークジーンズ。彼の髪はいつもの無造作なお団子で、耳の後ろの緑のメッシュを際立たせている。前に垂れた数本の髪が、彼の鋭い黄色の瞳にかかっていた。相変わらずリラックスした雰囲気だけど、フラヴちゃんが内心で彼の存在を呪っているのが、あたしには手に取るように分かった。


「ゆ、ゆうく—」


 あたしが何か言おうとした、その時…


「兄上、もう帰りましょう?」フラヴちゃんは、彼にしか使わない、あの甘ったれた声を出した。


 ゆうくんはただ目を細めた。「彼に試合を見に来るって言ったのは君だろ。僕に文句を言うな。」


 ガーン!


(待って、何?フラヴちゃんが…宮崎くんの試合を見に来るって言ったの?!)


 あたしはすぐさま、彼女にいたずらっぽい笑みを向ける。彼女の方は、あたしの悪意ある笑顔の意味が全く分かっていないようだった。


「早く始まれば、早く終わるだろ?」ゆうくんは、感情のこもらない声で言った。


 フラヴちゃんは、敗北を認めて観客席へと向かった。どうやら、あたしたちの学校の試合はまだ始まらないらしい。


 下で、ゆうくんがお土産物でも見に行こうと提案した。正直、あたしは興味ない。フラヴちゃんなんて、苦痛と退屈が混じった顔をしている。でも…あたしは行きたかった。彼の目に宿る熱意の輝きが、あたしを惹きつけていたから。


(前に、好きな生徒はあたしじゃなくて宮崎くんだって言ってた!この目を見てると…珍しい。いつもの死んだ魚みたいな目じゃなくて、ほとんど生きてるみたい。)


 彼の視線は、「エースの道」と書かれたシンプルな緑色のTシャツに注がれた。一瞬、彼の目が輝いた。でも、彼が振り返った時、その視線はあたしのものと交差した。


 ドキッ!


 あたしは咄嗟に顔を背けた。どんな顔をしてたか分からないけど、彼は明らかに不快そうな顔であたしを見た。もう一度彼の方を見ると、彼はもうそこにはいなくて、屋台の方へ歩いて行っていた。


 彼が見ていたTシャツに目をやる。


(あの時、あのドレスをくれた…このTシャツを買ったら、変かな?いやいやいや、待って、陽菜!彼が買わなかったのは、欲しくなかったからで、お金がなかったわけじゃない!言い訳を探すのはやめなさい!でも…お返しって言えば…?)


「ほら、どうぞ。」ゆうくんがどこからともなく現れて、二つのアイスクリームを差し出した。一つはあたしに、もう一つはフラヴちゃんに。


 彼女はためらうことなく受け取り、苦痛と退屈の表情に、プラスチックのスプーンが加わった。


「彼女に無理やり来させられて、すまない」ゆうくんは、いつもの空っぽな視線で言った。


「だ、大丈夫。」


「いたくなければ、いなくてもいいんだぞ。」


「あたしを追い出そうとしてるの?」あたしの目が細くなり、頬がぷくっと膨れる。彼はただ、いつもの死んだ魚みたいな顔であたしを見た。


「でも、君がいてくれたら、僕は嬉しいよ。」


 え?


(う、嬉しいって?!)


 心臓が暴れ出し、顔が燃えるように熱くなった。


「まあ、試合中ずっとあれの相手をするのはごめんだからな」彼は顎でフラヴちゃんを指しながら続けた。「君が代わりに彼女の癇癪に付き合ってくれると助かる。」


 この男…!


 あたしは負けを認めて、黙ってアイスを食べた。すると、後ろから男性の声がした。


「あ、来たんですね!」


 振り返ると、そこにいたのは宮崎くん。チームのユニフォームを着ていた。水色のディテールが入った白いシャツに、水色のショートパンツ。胸には背番号10。メガネはかけておらず、手首にはリストバンドをしていた。


「勇太先生が来てくれるなんて、いつものことながら嬉しいです!」彼は大きな笑顔で言った。


「君たちのためにあれだけ尽くしたんだ。これを見逃すわけないだろ。」ゆうくんは答えた。


(あれだけ?)


「尽くした?」二人はあたしを見た。しまった、また心の声が漏れた!


「花宮先輩?来てくれて嬉しいです!」また笑顔。彼はよく笑う。「はい。勇太先生、いつも練習を手伝ってくれるんですよ。」


「『手伝う』なんて大袈裟だよ」ゆうくんは、少し照れくさそうに髪の後ろをかきながら言った。「普段は、ちょっと一緒にプレーするだけだ。」


「でも、先生のおかげで上達できたんです。先生のレベルの人が教えてくれるなんて、そうそうないですから!」


(彼が本当にこうなのか、それともゆうくんの機嫌を取ろうとしてるのか分からないけど、ゆうくんはすっごくこの注目を楽しんでる…あの嬉しそうな笑顔…なんであたしにはそんな顔してくれないわけ?)


「兄上、試合はまだ始まりませんの?」フラヴちゃんが、何気なくあたしたちの間に割って入った。


 宮崎くんは彼女を見て、目を見開いた。


(この目、知ってる…今、宮崎くんの世界は、フラヴちゃんの美しさを見つめながらスローモーションになってるんだわ。)


 幸か不幸か、ゆうくんは何も気づいていないようだった。彼はこういうことに鈍感なんだと思う。直美ちゃんとアレクサンダーくんの時もそうだったし。


「フラヴィアン先輩、今日の試合、あなたのためにたくさん点を取ります!い、いえ、僕たちの生徒会での勝利のために!」


 気づけば、宮崎くんはフラヴちゃんの両手を握っていた。


「ええ、もちろん。うちのエースに期待していますわ」フラヴちゃんは自信に満ちた笑みで言った。


 宮崎くんは、その返事に固まってしまい、何も言えなくなっていた。


 ピーッ! と鋭い笛の音が鳴り、次の試合の開始を告げた。宮崎くんは「また後で」と軽く手を振って去っていく。そしてゆうくんは、いつもの気だるそうな調子で、あたしたちに着席を促した。


 そして、試合が始まった。


 正直、あたしは全然興味なかった。運動神経なんてないし、あたしにとってバレーボールなんて、ボールを叩いてネットの向こう側に返すだけの、ただのスポーツ。シンプル。


 でも、ゆうくんは…本気で観戦を楽しんでいるようだった。


 あたしはルールのほとんどを理解できなかったけど、あたしたちのチームが点を取るたびに、彼は拳を握りしめて喜んだ。最初は、彼がそんな…「生きてる」って感じの反応を見せるのが面白かった。でも、1セットに最低25点必要だって知ってからは…だんだん退屈になってきた。


 相手チームが点を取るたびに、彼は文句を言う。ミスをするたびに、顔をしかめる。選手が交代するたびに、コメントをする。変なプレーがあるたびに、あたしの方を向いてルールを教えてくる。


(あたし、絶対試合より彼のこと見てる…)


 一方のフラヴちゃんは、ただ深い退屈を浮かべた顔で試合を眺めていた。肘掛けに腕を乗せ、その手に頬を預けて。彼女は何が起こっているか理解しているようだった。まあ、彼女のことだから、ルールなんて一回読めば覚えちゃうんだろうな。驚くことじゃない。ただ、本当にここにいたくないだけなんだ。


 宮崎くんは試合の序盤には出ていなかった。ゆうくんの分かりにくい説明によると、ローテーションで守備の選手がネット際に来た時に、彼を宮崎くんと交代させるらしい。彼は高くジャンプできるから、それが奇襲攻撃になるんだって。ゆうくんが彼を好きなのは、読んでる漫画のキャラクターに似てるからだとか。


 試合が続き、たくさんのポイント、アウトボール、そして人々の叫び声…一度なんて、サーブのボールがヒュンとこっちに飛んできて、あたしが悲鳴を上げる前に、ゆうくんがスッと立ち上がって完璧なレシーブでコートに返しちゃった。


 うわ…


 そして試合は第三セットへ。プラスチックの椅子でお尻が痛くなってきた…短いインターバル。フラヴちゃんがトイレに行くと言った。来たくないってあれだけ言ってたのに、本当はめちゃくちゃ応援してるのが見え見えだ。


 一方、ゆうくんは真剣な顔つきだった。コートの何かが彼を心配させているようだけど、バレーに詳しくないあたしにはさっぱり分からない。


 その時だった。階段を降りていた小さな女の子が、女性とぶつかって持っていたアイスクリームのカップをゆうくんの上に落としてしまった。


 ガーン!


 女の子は泣きそうな顔で、謝ろうとしている。


(無理もない。あたしだって、アイスをこぼした相手に死んだ魚みたいな目でにらまれたら泣くわ。)


 でもゆうくんはただ静かに立ち上がり、床から空のカップを拾った。そして、財布からお札を一枚取り出して、女の子に渡した。


「悪いな、僕が君のアイス食べちゃったみたいだ。ほら、これでバケツのアイスでも買いなよ」


 優しい笑みを唇に浮かべて。


 女の子は泣きやんで、輝くような笑顔で「ありがとう」と言うと、アイスの屋台へ走っていった。ゆうくんは彼女を目で追っていた。彼の眼差しは、今は穏やかだ。あの日、遊園地でサイトさんが言っていたことを思い出した。


「本当に子供が好きだよね?」


 あたしの言葉に、彼はハッとして我に返ったようだった。あたしの方を向いて、彼は言った。


「まあ、そう言えるかもな。物事がもっと単純だった頃を思い出させてくれるんだ。」


 彼は前を向いた。その視線を追うと、一歳くらいの赤ちゃんを抱いた女性が見えた。彼の眼差しはまだ穏やかで、軽い。


(まだ夢うつつなんだ。自分が何を言ってるか分かってないに違いない。)


「子供、欲しいの?」


 また考えずに口走っちゃった!


「うん、できることなら、チーム一個分くらい欲しいな。」


 彼の眼差しはまだ穏やか。チーム…一個分…?


(チ、チーム一個分?!む、無理無理無理—)


「いや、つまりだな— ん?大丈夫か、花宮さん?顔が真っ赤だぞ、病院に連れていこ—」


「だ、だ、だ、だ、大丈夫ですからっ!本当ですってば!」あたしは彼の言葉を遮って叫んだ。ああもう、恥ずかしい!何を考えてるのよ、陽菜?!


 彼はまだ心配そうな目で見ていたけど、あたしはとてもじゃないけど彼と目を合わせられなかった。だから、必死に話題を変えようとした。


「あ、あの!さっき宮崎くんが、練習手伝ってくれるって言ってたけど、バレーやるなんて知らなかった!」顔の熱を隠しながら、どもらないように、叫ばないように話した。


「ああ、若い頃は色々なスポーツをやってたんだ。バレーとサッカーが一番好きだったな」彼は再び前を向いた。いつもの死んだ魚みたいな目に戻っている。


 彼のその目を見て、なぜかあたしも落ち着きを取り戻した。


「サッカーは分かるよ、イギリス人は大好きだもんね。でも、バレー?」


 彼は眉をひそめてあたしを見た。「確か言ったと思うけど、僕は本物のイギリス人じゃない。ただ家系にそういう血が流れてるだけだ。」


 そうだ、あの倉庫で教えてくれたんだった。正直…「あの日、あなたのこと、色々教えてくれたよね。」


 また心の声が漏れた!死にたい!


「ああ…」彼は後悔のトーンで呟いた。でも、その返事の仕方は、彼がそれを気にしているように聞こえた。


「あたしに話したこと、後悔してる?」


「毎日な。」


 そんな言い方しなくてもいいじゃない!


「まだ、どうしてかよく分からないんだ…」彼は自分の手のひらを見つめた。「…ただ、あの日、君に話すべきだと感じたんだ。」


 でも、鋭い笛の音がゆうくんの思考を遮った。彼はコートを見た。「第三セットが始まる。」


 ◇◇◇◇◇◇◇


 スコアは24対23で、あたしたちが負けていた。体育館の誰もが息を詰めている。宮崎くんはまだ守備にいる。相手チームの巨大な茶髪の選手がボールを手に取り、床に三回バウンドさせた。胃がキリキリする。彼がジャンプし、強烈なジャンプサーブを宮崎くんの方向に放った。


(レシーブは苦手だって、フラヴちゃんが千回は言ってた!)


 でも、彼は床に根を張り、ボールに目を釘付けにしていた。隣で、ゆうくんが身を乗り出して呟いた。


「集中してる。いけるぞ…」


 あたしは瞬きした。「本気で?彼にできるの?」


 それまであくびばかりしていたフラヴちゃんが、ニヤリと笑った。「やっと目が覚めたようですわね。」


 ボールが速すぎる!宮崎くんは腕を伸ばしたが、レシーブはとんでもない方向へ。ボールは高く上がり、彼は膝から崩れ落ち、あたしは叫びそうになった—でも、セッターが叫んだ。「オーライ!」


 そこからはもうめちゃくちゃだった。ボールは攻撃と守備の間を行ったり来たり。誰も譲らない。ついに相手チームが三回目のタッチでパスミスし、ボールがあたしたちのコートに戻ってきた。


「くそっ!セッターに直接返っちまった!」ゆうくんが悔しそうに言った。


 セッターが体勢を整えると、宮崎くんが叫んだ。「俺がトスを上げる!」


 彼はジャンプし、ボールを完璧にアタックへと上げた。


 ゆうくんは、ほとんど笑いながら頷いた。「よくやった。」


「え?何?何が起きてるの?」と、相変わらず混乱しているあたし。


 フラヴちゃんは椅子から身を乗り出し、金色の目が輝いていた。「今ですわ。」


 宮崎くんはコートの後方を駆け回る。相手チームの一人がジャンプし、フェイント攻撃を仕掛けたが、宮崎くんがバックから現れて素早いスパイクを放った。同点打は確実に見えた。でも、二人のブロッカーがネット際に跳んだ。バン!


 ボールはブロックに当たり、あたしたちのコートへ。三人の選手が床に飛び込む—でも、間に合わなかった。


 ボールが落ちた。彼らのポイント。25対23。


 最後の笛が空気を切り裂いた。


 負けた。開盟高校は、夏の全国大会の準決勝で敗退した。


 ゆうくんは長い呻き声を漏らし、両手で顔をこすった。「くそっ…あと一歩だったのに…」


 フラヴちゃんはため息をつき、コートを見つめた。「宮崎くんが可哀想ですわ。」


 あたしは黙っていた。


(たかがゲームでしょ?なんでそんなに落ち込んでるの?)


 でも、その理由が分かった。下を見ると、宮崎くんがコートの真ん中で立ち尽くし、まるで自分の人生を終わらせてしまったかのように、開いた手のひらを見つめていた。彼の顔は空っぽで、肩は落ち、完全に、壊れていた。

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