83話 クリスマスSS ランタン祭り 後編
そして迎えた年越しの日。
レナートと共に皇宮の正門の見張り台にやってきたマリアベルは、そこから見る光景に息を飲んだ。
眼下に広がる皇都の広場にはランタンに火を灯した人々が集まっていて、その明かりがゆらゆらと揺れている。
マリアベルが思わず感嘆のため息をもらすと、隣に立つレナートは満足そうに頷いた。
そしてマリアベルの持つランタンに火を灯す。
ほわりと、オレンジ色の薔薇の花が咲く。
マリアベルが選んだのは、思い出深い薔薇の花だ。
あの花祭りでの出会いが、マリアベルの運命を変えた。だからガレリア帝国の国花である薔薇は、マリアベルにとっても特別な花となったのだ。
レナートが持つのは帝国の紋章を基調にした、剣の代わりに薔薇の花を持つ獅子が描かれたランタンだ。
マリアベルへの思いを表しているのだと真面目な顔で言い放ったレナートに、マリアベルはとても恥ずかしかったけれども、それ以上に心が満たされるのを感じた。
火が灯ったランタンは、ゆっくりとふくらんでいく。
「そろそろいいかな」
レナートはそう言うと、手にしたランタンを空に掲げる。
ふわり、とランタンが空に浮かぶ。
オレンジ色の灯りが、レナートの端正な顔をはっきりと映し出した。
ランタンがゆっくりと空へ上っていくと、皇都の民たちも、一斉にランタンから手を離す。
ふわり、ふわりと、たくさんのオレンジ色の光が空へと向かう。
それはまるで本当に人々の祈りが神に向かっているかのようで、言葉に尽くせないほど幻想的だった。
「ほら、ベルも離してごらん」
思わず見とれてしまってランタンを離すのを忘れてしまったマリアベルも、慌てて手を離す。
すると魔法でもかかったかのように、オレンジの薔薇の花がふわりと空へ浮かんだ。
星の煌めく夜空には、たくさんの薔薇の花が咲いていた。
その薔薇の中に、マリアベルの薔薇と、レナートの獅子と薔薇が混ざり合う。
それでもなぜか、自分の作ったランタンが分かる。
マリアベルとレナートの作ったランタンは、まるで地上で見上げる二人のように、ぴったりと寄り添って夜を彩っていた。
ゆらりゆらりと、風のない夜空に数えきれないほどの薔薇が舞い踊る。
やがて空高く上ったオレンジの薔薇が、星の代わりにと空を飾った。
あまりにも幻想的な光景に、マリアベルは息をするのも忘れて魅入った。
レガリア帝国のランタン祭りがとても素晴らしいというのは聞いていたが、実際に目にした時の感動は、とても言葉では言い表せない。
座学で学んだ時には分からなかった感動を、マリアベルは心に刻みつける。
「なんて綺麗……」
「ああ、本当に綺麗だ」
深く感情のにじむ声にマリアベルが視線をずらすと、そこには空に浮かぶランタンではなく、マリアベルをじっと見つめるレナートの姿があった。
オレンジ色の淡い光を反射する深い海の色の瞳が、マリアベルへの思いを語っている。
愛する人に愛されているという喜びで、マリアベルはわずかに体を奮えさせた。
「ベル、寒いのか?」
それを勘違いしたレナートが慌てて羽織っていたコートを脱いでマリアベルの肩にかける。
ガレリア帝国が南にあって暖かいといっても、季節は冬で、温かい恰好をしていても少し肌寒い。
「いけませんわ。レナート様が風邪を引いてしまいます。皇都は王国よりも暖かいですから、私は大丈夫です。お気になさらないで」
そう言ってマリアベルはコートを返そうとしたが、レナートは首を横に振る。
「俺は野営にも慣れているからな。これくらいの寒さなど気にもならん」
「でも……」
「ではこうしよう」
コートを受け取ったレナートは、ボタンを留めず、後ろからマリアベルを抱きしめて自分の着ているコートで包んだ。
「レ、レナート様!?」
慌てふためくマリアベルの体温が一気に上がる。
その耳元で、レナートが含み笑いをしながらささやいた。
「大丈夫。こんなに暗いし、皆空を見上げていて俺たちには注目していないさ」
「……そう……でしょうか……」
そんなものだろうかと納得しそうになったマリアベルに、ゴホンゴホンと咳ばらいの音が聞こえた。
「確かに下にいる皆さんには見えないと思いますけどね。マリアベル様に悪評が立たないように、慎みを持ってくださいよー」
呆れたように言うのはカルロだ。
マリアベルはさらに顔を赤くした。
「いいだろう。普段は節度を持って接しているんだから」
「まあ、今日くらいは大目に見ますけど、それ以上はダメですからね」
「言われなくても分かってるさ」
赤くなったまま縮こまっているマリアベルの耳に、柔らかいものが触れて離れる。
ハッとなって顔を上げたマリアベルは、思わず耳を押さえた。
もしかして、今の感触は……。
「ああ、兄上。私たちもお邪魔して良いですか?」
マリアベルが固まっていると、のんびりとした声が聞こえてきた。
レナートの弟のリナルドとアンジェロだ。
「遅かったじゃないか」
「聞いてくださいよ、レナート兄上。リナルド兄上ときたら、満足のいくランタンができないってこの時間まで作ってたんですよ!」
「悪かったよ、アンジェロ。でもそのおかげでこんなに素晴らしいランタンができたんだぞ」
そう言って誇らしげに出したのは、猫の形のランタンだ。
楕円形の体に、猫耳としっぽがついていて、体には茶色と黒のぶち模様が描かれている。
おそらく、マリアベルがリナルドに譲った三毛猫をモチーフにしたランタンだ。
「……飛ぶのか?」
首を傾げるレナートに、リナルドではなくアンジェロが答える。
「計算上は飛びます。バランスを取るのに苦労しました」
ただのランタンならともかく、耳としっぽをつけるとバランスが取れずにうまく空に浮かばない。
どうしても猫のランタンを飛ばしたいとリナルドに泣きつかれたアンジェロが、なんとか飛べるように設計したのだ。
「今、火を灯しますね」
うきうきとしたリナルドがランタンに火を灯す。
少し丸い猫のランタンが、淡いオレンジ色に輝いた。
リナルドがそっとランタンを放す。
ふわりと、オレンジ色の三毛猫が空に浮かんだ。
そして夜空に咲く薔薇の花を追いかけるように、空高く舞い上がる。
初めて見る猫のランタンに、わあっと歓声があがった。
そうして、皇都は新しい年を迎えようとしていた。




