77話 そして王国は生まれ変わる
錯乱したサイモンは、そのまま騎士たちによって連れていかれてしまった。
ダンゼル元公爵や共和国との繋がりを、これから厳しく尋問されるのだろう。
誰よりも信頼していた乳兄弟の暴露に、エドワードは蒼白になって立っているのがやっとという状態だった。
「長い間、王国にたまっていた膿を、これでやっと排除することができた。本当に……長かった」
この数時間の間にいくつも年を取ってしまったかのようなフレデリック三世が、玉座のひじ掛けにもたれながら大きく息を吐いた。
まだ黒死麦の毒から完全に回復をしていないのだろうか。その顔色はかなり悪い。
「だがこれは終わりではない。始まりなのだ。これから王国は厳しい再生への道を歩まねばならぬ。ダンゼルの、そして共和国からの影響を抜け出すにはさらに長い道のりが必要になるかもしれぬ。だが、我ら一人一人が、王国の民、古代王国の末裔として、苦難の道をともに歩もう。……さて、最後にマリアベル」
「はい」
サイモンの狂乱に混乱していたマリアベルだが、国王の言葉に前へ出る。
流れるような所作がとても美しく、ふわりと揺れるドレスの裾までもが洗練されていた。
玉座の間の重々しい空気の中、一服の清涼剤のように、マリアベルの存在は際立っていた。
「バークレイ侯爵に伝えたように、王国がそなたの婚姻に対して異議を申し立てることはない。国王として帝国皇太子との婚姻を許可しよう」
「ありがたき幸せにございます」
「さて。それでは皆の今後についてはまた話し合おう。……私は疲れた……」
そう言ってフレデリック三世は玉座の間を退出した。
マリアベルとレナートは、こちらへと案内されて別の部屋へ向かう。
マリアベルは背中にエドワードの視線を感じたが、振り返ることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
案内された部屋では父のジェームズが待っていた。
牢に囚われてはいたが、憔悴する様子もなく元気そうだ。
「お父様、ご無事で!」
駆け寄るマリアベルをジェームズはしっかりと受け止めた。
「マリアベルも無事だったか。……おお、レナート殿下もいらしてくださったのか」
「ええ。私一人では心配だからと」
「そうか。それは良かった。レナート殿下にもお礼申し上げる」
マリアベルを抱きしめながら頭を下げたジェームズは、マリアベルにどうして王宮にいるのかと尋ねた。
マリアベルはジェームズが捕らえられたと聞いてからの一連の出来事を話す。
そして最後に玉座の間での出来事を聞くと、「そうか……」と言って目をつぶった。
「陛下と王弟殿下は、それは仲の良い兄弟だったからね。それぞれの子供に、お互いの名前に似た名前をつけたくらいだ」
確かに、フレデリック三世の息子はエドワードで、王弟エリオットの息子はセドリックという名前だ。
本当に仲が良かったのが分かる。
「ああ……。私にとっても長い十年だったよ……」
八公家のほとんどが疫病で亡くなり、唯一残ったダンゼル公爵の専横を許すことになってしまった。
だからなんとか対抗しようと、ジェームズはマリアベルをエドワードの婚約者に据えた。
その教育は、すべてにおいて完璧だとダンゼルに排斥されてしまうからと、あえて座学とマナーについては完璧だが対人関係を重視しないダドリー夫人に一任した。
御しやすい、と思われたほうが得策だったのだ。
派閥の調整などは正式に結婚して王太子妃になってから教えればいい。ただ、その素地だけは無くさないように気をつけた。
快活だったマリアベルが、大人しく人形のような少女に育つのを見て、思うところがなかったわけではない。
だがジェームズは、娘への愛よりも王国の未来を選んだ。
その選択に後悔はない。
けれども娘の人生すべてを踏みにじられてもいいとは思えなかった。
だから帝国の皇太子との結婚を許したのだ。
バークレイ侯爵家当主としてではなく、ただの父として、マリアベルには幸せになってほしいと願う。
レナートならば、その願いをかなえてくれるだろう。
「帝国としても王国の混乱は望むものではない。王太子となるセドリックに協力しよう」
レナートはそう言って、マリアベルを慈しむようなまなざしで見た。
「王国が荒れたなら、マリアベルが悲しむだろうからな」
「まあ……」
真っ赤になった頬に手を当てるマリアベルに、レナートは甘やかに微笑む。
二人の仲の良いやりとりを見たジェームズは、これでなにもかも終わり、新しい時代がやってくるのだと感慨にふけった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マリアベルは白い大理石の上を歩いていた。
冷んやりとした聖廟内は、静謐さに包まれていて、ただマリアベルの靴が大理石の床を蹴る音だけが鳴り響く。
床だけではなく壁も天井も純白に包まれた奥に、大きなステンドグラスがある。
そこには船を漕ぎだし、常春の永遠なる東の国を目指す古代王国の人々の姿が描かれていた。
その下に、マリアベルの会いたかった人がいる。
王族の眠るここは、王族以外のものは許可がなくては入れない。
マリアベルは、帝国に嫁ぐことになればもう二度とこの聖廟に入ることはできなくなる。だから先祖に繋がる王族への墓参りをということで、ここに入る許可を取った。
来てくれるかどうかは賭けだった。
もし来なかったとしても、マリアベルにはすべてを明らかにする権利はない。
マリアベルは、ただ真実を知りたいだけだ。
その人が、どれほどの覚悟をもって王国を救おうとしていたのか。
「来てくださったのですね、陛下」
そうして振り向いたのは、フレデリック三世だった。
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