73話 選ばなければならない未来
後書きに小ネタがあります。
「古代王国の復活を望むものたちの話は聞いたことがありますが……。そのために、これほどの大罪を犯したというのですか……」
マリアベルが力なく呟く。
十年前に王族を殺し、今また国王を謀殺しようとしたその理由がこれだとすれば、あまりにもやるせない。
古代王国の人々は白い船に乗って常春の永遠なる東の国に向かったが、古代王国に臣従していた力なき民を哀れんだ一人の王女が、たった一人、この地に残った。
王女は古代王国の最後の女王となり、五人の息子を持った。
上の四人の息子たちは仲が良かったが、一番下の息子は粗野で乱暴で野心家で、他の兄弟との折り合いが悪かった。
女王の死後、古代王国は長男が後継者となるはずだったが、王位を継ぐ直前に、末の弟に殺されてしまった。
残された兄弟は長男の死を嘆き悲しみ、三人で力を合わせて末の弟を殺し、永遠に復活しないようにとその体をバラバラにした。
そして古代王国を三つに分けて、王国が頭を、ガレリア帝国が胴を、そして今は滅びてしまったリムエニク神聖帝国が手足を、それぞれ封印したと伝えられている。
つまり古代王国の末裔だとはっきり分かっているのは、王国を治める王族と、ガレリア帝国の皇族のみとなる。
古代王国の復活を望む組織は、歴史の流れの中で幾度も姿を現わした。
彼らは、封印された末弟は神の力を持っていたからいずれ復活するのだと信じていて、古代王国の復活を目指すために暗躍している。
普通ならば信じるはずもない荒唐無稽な話のはずなのだが、歴史の流れの中で突然姿を現わし、時の権力者たちを惑わせることがある。
そして表舞台に出るたびに壊滅させられているはずの組織は、いつのまにか何度も復活していて、リムエニク神聖帝国が滅ぼされてからは、封印されていた手足が解放されて残りの体も解放されれば、封印された真の王が復活するのだという話になっている。
「共和国で組織が暗躍しているのかもしれない。帝国ではそのような動きはないが、注意しておこう」
ダンゼル公爵の呪詛のような言葉を聞いてこわばっていたマリアベルの肩を、レナートは優しくなでる。
手の平の下で、華奢な肩から力が抜けるのが分かった。
「さて、エドワード」
連れて行かれるダンゼル公爵の背をずっと見ていたフレデリック三世が、ゆっくりと振り返った。
「はい」
「ダンゼルの処遇は決まった。そしてその養女になったアネットだが……」
言葉を濁すフレデリック三世に、エドワードの体がびくりと震える。
フレデリック三世の決めた処罰は極刑だ。しかも連座となると、一族郎党が罪に問われる。
そこには当然、ダンゼルの養女となったアネットも含まれている。
エドワードはすがるような目を父に向けた。
「本来であれば連座とするところだが、養女となって日も浅いゆえ、罪に問うのはあまりにも哀れだ。不問といたそう」
エドワードをじっと見つめたまま、いつになく固い口調で国王は宣言する。
「陛下のご恩情に、深く感謝いたします」
喜びに安堵したエドワードは、そう言って優雅に礼をした。
「だが平民に戻ったアネットを王太子妃として認めるわけにはいかぬ。また新たにアネットを貴族の養女にすることも許さぬ。……選べ、エドワード。真実の愛を取るのか否か」
礼を終え、頭を上げようとしていたエドワードの体が中途半端に固まる。
うつむいたままの顔からは表情が一切見えない。
だがその体は細かく震えていた。
真実の愛――。
かつてマリアベルに放ったその言葉が、エドワードの王位継承者としての未来を決めることになるのだと、一体誰が予想できたであろうか。
王は問うている。
アネットを選ぶのであれば、王位を捨てろと。
ただでさえダンゼルが失脚し、これから王宮は荒れるのだ。派閥間の抗争も混迷し、平民の娘を妃にするのであれば自分の娘をと野心を抱くものが必ず現れるだろう。
だから、ただの平民の娘であるアネットを王太子妃にすることはできない。
添い遂げたいと思うのであれば、エドワードが王位を捨てるしかない。
だが……。
他に男の兄弟はなく、ただ一人の直系男子として、エドワード以外に王位を継ぐものはいないと思っていた。
確かにセドリックも王位継承権を持ってはいるが、王弟の息子であり、エドワードに男子が生まれたならば王位継承権を失う存在だ。同じ王位継承者として意識したことはなかった。
自分だけが、正しく王位を継ぐものだと自負し、努力してきたつもりだ。
ただ、たった一つ。
たった一つだけ、わがままを叶えたかった。
真実の愛を見つけ、その相手であるアネットと結ばれたいと思った。
側室などという日陰の存在ではなく、王太子妃としてともに並ぶ相手として誠意を見せたかった。
ただそれだけのはずなのに、なぜ真実の愛と王位のどちらかを選ばなければならないのだろう。
エドワードには、分からなかった。
【小ネタ】
埋められた末弟の頭に呪われないようにするため、王国には「国名」がありません。
胴と手足には考える力がないので、国名を知られても大丈夫です。
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