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真実の愛を見つけたと言われて婚約破棄されたので、復縁を迫られても今さらもう遅いです!【書籍化・コミカライズ】  作者: 彩戸ゆめ


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63話 白鷲城

「医師は、黒死麦だと分からなかったのか?」


 レナートの問いに、セドリックは一度きつく目を閉じた。


「十年前、父が亡くなった時、避難せずに王宮にいたものはほとんど助からなかったそうです。医師もその時にだいぶ亡くなりました」


 もしセドリックの父を診た医者が存命であれば、一目で国王の症状が疫病ではないことを見抜いただろう。


「ダンゼル公爵はすぐに証拠隠滅をして、陛下の病状は黒死麦ではなく疫病によるものだとして、面会謝絶にしました」


「だが王太子は会っていると聞いたが」


「以前疫病が流行った時に罹患しているからだと思います。陛下でなければ決裁できない書類があるでしょうしね。宰相は十年前に発症してすぐに薬を飲んでいて、また罹ってしまう可能性が高いから陛下の部屋には近づけないようです」


 セドリックはそう言って、立ち上がった。


「あの疫病は発症してすぐに薬を飲むと免疫ができなくてまたかかってしまうことがあるけど、高熱が出た後に薬を飲んで治った場合は、もう二度と罹らないから。……そうですよね、皇太子殿下」


 疫病の研究に関しては、一番被害の大きかった王国よりも、帝国のほうが進んでいる。

 レナートは、よく勉強しているものだと感心した。


「では行きましょう。陛下とバークレイ侯を助け、王宮に巣食う病巣を取り除かなくては」


 レナートとマリアベルも強く頷いて、セドリックと共に図書室を出る。


 図書室の隅にチェス台が置いてあって、帰り際に、レナートはふと指しかけのチェスに目を留めた。


「セドリック様との勝負がつかずに、ついうっかりそのままにしておりました」


 まだ幼いがセドリックは天才だ。チェスの腕前も素晴らしく、それなりに上手だと自負していたケインでもなかなか勝てない。


 慌てて片付けようとすると、レナートは手で制止する。


「チェスをたしなむのか?」


 レナートに尋ねられたセドリックは、振り返ってにこりと笑った。


「相手の打ってきた手に対して自分の最善手が何かを考えるのにとても役立ちます」


 それを聞いたレナートも不敵に見える笑みを浮かべる。


「俺と気が合いそうだ」


 レナートはもう一度チェス盤に目を落とすと、駒を手に取った。


「チェックメイト」


 セドリックとケインが驚いて目を合わせる中、レナートは何事もなかったかのようにマリアベルの手を取り、図書室を後にした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 王国の王城である白亜の宮殿は、羽を広げた白い鷲のように見えることから白鷲城(アルバ・アクイラ)という名で呼ばれている。


 ペネウ河の東に位置する宮殿はなだらかな丘の上に建ち、自然の傾斜を生かして水を多用した庭は、まるで神々の遊び場のようだと称されている。


「これは壮麗だな」


 セドリックとともに王城を訪れたレナートは、馬車のカーテンを開けた窓から見る光景に、思わず感嘆の声を上げる。


 ガレリア帝国の宮殿が一番素晴らしいと自負しているが、あちらが技巧の限りを尽くした宮殿であるとしたら、白鷲城は背後の森さえも計算に入れた、自然と一体化しているような城だった。


「レナート様、白鷲城は美しいだけではありませんのよ。背後は切り立った崖になっていて、その下にはエイリース川が流れております」


 レナートの隣に座るマリアベルは、ずっと王城で育ったようなものだ。

 だから自分の庭のような城を褒められて、思わず嬉しくなってしまう。


「なるほど。要塞としての機能も持っているのか。……噂の地下迷宮も実在するのか?」


「ございます。でも行方知れずになる方が多すぎて、入口は封鎖されていますわ。レナート様も探検したいなどとおっしゃらないでくださいね」


 白鷲城は、古代王国の王城であったとも伝えられている。城内には未だ使い方の分からないからくりがあり、年に一度は新しいからくりが発見されて、研究者たちが喜びの悲鳴を上げている。


 城の地下には脱出用の通路があるのだが、あまりにも複雑な経路であるため迷宮のようになっていて、誰もその出口を見つけられていない。


 そのまま行方不明になるものが多かったことから入り口が閉鎖されているが、何年かに一度は迷宮に挑戦してそのまま姿を消すものがいた。


「迷宮と聞くと、つい心が躍ってしまうのは仕方がないと思うんだが。セドリック殿は挑戦してみようと思ったことはないのか?」


「それはもちろんありますけど……。毛糸玉を持って入れば迷わないと思うんですよね。端を持ってもらって、迷ったら糸をたどって戻ればいいわけですから。今までにも何人かチャレンジしているんですけど、想像以上に複雑らしくてまだ踏破されていません」


「機会があったら挑戦してみたいものだ」

「その時はぜひご一緒させてください」


 意気投合するレナートとセドリックに、マリアベルは呆れたような目を向ける。

 言葉には出していないが、その顔は「本当に男の人たちって……」と言っていた。


 白鷲城の正面に向かう道の両側には、二つの大きな池があった。


 池の周りには大理石で作られた一角獣の彫像が飾られていて、それらはすべて体を伏せ、城に向かって角を下げている姿だった。


 セドリックが馬車を進めると、白を基調とした制服を身にまとった衛兵たちが出迎えのために整列した。


 まずセドリックが下りた後にレナートが、そして最後にレナートに手を借りてマリアベルが姿を現わすと、衛兵たちにざわめきが走った。


「バークレイ嬢だ」

「なぜセドリック殿下と一緒に」

「それよりもあの男は誰だ。ただ者ではないぞ」

「急ぎ王太子殿下に知らせを!」


 慌ただしく王宮内に走っていく衛兵と、どうしたらいいか分からずに周りを囲む衛兵たちを無視して、マリアベルを中心に、レナートとセドリックは何事もなかったかのように進んでいく。


「セドリック殿下、お待ちください。バークレイ嬢が登城したらその場に留め置くよう指示を受けております。それにそちらにいる方がどなたなのか、ご説明をお願いいたします」

「バークレイ嬢の登城は僕が許可している。そこをどいて」


 衛兵の中でも隊長格の男が、セドリックの前に立ちはだかった。


 だがセドリックはそれを無視して歩く速度を緩めない。


 それでも止めようとする隊長の前に、ケインとカルロが牽制する。


 他の護衛達も身構えるのを見て、隊長はそれ以上の制止を思いとどまり、慌てて王宮内へと戻っていった。


「衛兵たちが戻ってくる前に、急ぎましょう」


 マリアベルたちが向かうのは国王の部屋だ。


 伝染病とされているからか、いつもよりも衛兵の数は少ない。


 国王に、偽造された手紙を見せて是非を問い、マリアベルとレナートの正式な婚約を認めさせる。

 そしてその間に、ジェームズを解放する。


 それが、マリアベルたちの作戦だった。






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