59話 セドリックとの再会
兄との話し合いの後、母とも再会したマリアベルは、お互いの無事を喜び合い、近況報告をした。
こんな形ではあるが、レナートのことを婚約者として紹介できたのだけは嬉しい。
マリアベルは必ず父を助けると家族に約束をして、ガーディナ大公領へと向かった。
ガーディナ大公領までは、バークレイの領軍とハウスタッド伯爵家の領軍が護衛を務めてくれたので、マリアベルたちが紛れているジャンロッド劇団が盗賊に襲われることはなく、無事に大公領へと到着した。
「マリーねえさま!」
「セド!」
劇団がテントを張った広場までやってきたセドリックは、マリアベルの姿を見ると、すぐに駆け寄ってきた。
弟のように可愛がってきたセドリックを昔のように抱きしめようとしたマリアベルは、目の前で立ち止まったセドリックの目線の高さに驚いた。
それでもまだマリアベルのほうが背が高いけれど、しばらく会わなかっただけなのに、セドリックの背はずいぶん伸びていた。
マリアベルは少し寂しい気持ちになりながら、もう子供ではないのだと、抱きしめようとしていた手を下ろす。
「ご無事でなによりです」
「迷惑をかけてごめんなさい。でも感謝します。ありがとう」
深く頭を下げるマリアベルを、セドリックは慌てて止めた。
「迷惑だなんて、そんなことはないです。僕はねえさまのお力になれて嬉しいです」
「まだそう呼んでくださるの?」
「ええ。……許して頂けるのなら」
そう言って、セドリックはマリアベルの後ろにいるレナートに目を向けた。
レナートは、おもしろいものを見たとでも言うように、セドリックを観察している。
「姉と弟であれば、なにも問題はあるまい」
鷹揚に頷くレナートに、セドリックは軽く頭を下げた。
「ガレリア帝国の皇太子レナート殿下、お初にお目にかかります。私はガーディナ大公家のセドリック・レルムと申します。本来であれば正式なご挨拶をさしあげたいところですが、このような状況ですので失礼いたしたいと存じます。お二人とも、さっそくですが、どうぞ城へおいでください。監視の目はございませんので、ご安心を」
いまだにレナートとマリアベルが王国内にいることを知らない王宮のものたちは、マリアベルを王国へ帰すようにと何通もの書状を帝国に送っているらしい。
バークレイ侯爵家の屋敷はともかく、このガーディナ大公家はまったく警戒されていなかった。
レナートとマリアベルはそのままセドリックの乗ってきた馬車でガーディナ城へと向かう。
直系の王族のみが住むことを許されているガーディナ城は、王宮とはまた違った趣のある城だった。
元は夏の離宮として使われていて、近くには狩りのための森と湖がある。レモンイエローの柔らかい外壁は高さを意識するように造られていて、三階建ての屋根にはたくさんの尖塔が立っていた。
廊下は柔らかなクリーム色とオパールグリーンに塗られていて、柱には狩りの成果なのか立派な鹿の角がオブジェとして飾られている。
よく見れば窓にも鹿の角の意匠が用いられていて、親しみやすい雰囲気の城だ。
廊下を進むと突然重厚な木造の作りの廊下に出る。
隠し扉をくぐると、そこには秘密の図書室があった。
「まあ、なんて素晴らしい」
本が大好きなマリアベルは、思わず歓声を上げた。
帝国のフィデロ伯爵家の図書館も素晴らしかったが、この図書館も負けてはいない。
中央にオーク材で作られた三十八段のらせん階段があって、約二万冊の蔵書が蒐集されている。古びた背表紙の本ばかりで、どれも価値のあるものだというのが一目で分かった。
部屋の奥には青い布を張った椅子が置いてあり、そこで読書を楽しめるようになっていた。
「このような場所での会談となって申し訳ありません。ですがここでしたら、誰かに話を聞かれることはありません」
図書室へ案内したセドリックは、そう言ってレナートの前でひざまずいた。
「ガレリア帝国皇太子レナート殿下にお目にかかれましたこと、恐悦至極にございます」
「挨拶はさきほど受けた。堅苦しいのは抜きにしよう」
そう言って、レナートは気安く手前の椅子に座った。その横には当然のようにカルロが立っている。
「ベルも座るといい」
レナートが隣の椅子を引き寄せて、座面を軽く叩く。
マリアベルは「では失礼いたします」と、素直に着席する。
足を組んだレナートは、隣に座るマリアベルの手を取る。
そうやって触れられるのに慣れてきたマリアベルは、恥じらいながらも、少しだけレナートに身を寄せた。
二人のやりとりを見たセドリックは、驚きとともに胸に温かいものを感じる。
「……マリーねえさまは、お幸せなのですね」
眩しそうに見るセドリックに、マリアベルは頷く。
セドリックが今まで見たことがないほどの美しい笑みを見せたマリアベルは、婚約破棄されてからのことをセドリックに話し始めた。
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