39話 初めてのダンス
楽団の演奏とともに貴族たちは広間の端に寄り、中央に皇帝夫妻が下りてきた。
優雅にファーストダンスを踊った皇帝夫妻と交代して、レナートとマリアベルが踊る番になる。
「緊張しているか?」
握った手の震えを感じたレナートが気づかわしげに尋ねる。
だがマリアベルは微笑みを崩さず「大丈夫です」と答えた。
確かに緊張はしている。
周りにいるのは知らない人ばかりで、向けられる視線に好意的なものはない。
けれども帝国の皇太子妃になるのであれば、これくらいでひるんではいられない。
見るものを魅了するような踊りを。
感嘆するような振る舞いを。
ただそれだけを心がける。
エドワードから婚約破棄を告げられた時には、マリアベルは素直にそれに従った。
だがレナートとの未来は、誰にも奪われたくはない。
だから、これは戦いだ。
マリアベルがこの帝国で確固たる地位を得るための、静かな戦いなのだ。
「レナートさまとの初めてのダンスですもの。一緒に楽しみたいと思っております」
「そうだな。楽しもう」
レナートのお辞儀を合図に、二人のダンスが始まった。
貴族たちは、じっとマリアベルの動きを目で追う。
やがてその目に、明らかに賞賛の色が混ざってきた。
ふわりとかかとを浮かせたステップはまるで背中に羽が生えたかのように軽やかで、伸ばした指先の爪の先までもが美しい。
マリアベルの踊る姿は、まるでダンスのお手本のように完璧だった。
それを見た貴族たちの「ほう」という感嘆のため息が、音の合間に聞こえてくる。
マリアベルはただレナートを見つめ、笑みを浮かべてステップを踏む。
レナートもまた、マリアベルが最も美しく見えるようにとサポートをする。
差し伸べる手の高さ、ターンの速度、すべてをマリアベルの動きに合わせた。
黒い衣装を身にまとうレナートとフィデロ産の白い青絹のドレスを着ているマリアベルのダンスは、これが初めてのものだとは思えないほど息がぴったりで、まるで一幅の絵のように美しかった。
そして二人が最後のターンを踊り終えてお辞儀をすると、誰からともなく拍手が沸き起こった。
マリアベルはたった一度のダンスで、確かに観衆を魅了したのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レナートとマリアベルが踊り終った後は、弟皇子たちのダンスではなく、貴族たちによる皇帝への挨拶が始まった。
マリアベルもレナートの横に立ち、貴族たちを出迎える。
最初に挨拶に訪れたのは、当然のごとくマリーニ大公であった。
「陛下。先ほども申し上げましたが、重ねてお祝い申し上げます。誠におめでとうございます」
深々と頭を下げるマリーニ大公に、皇帝は鷹揚に頷いた。
「うむ」
そしてマリーニ大公は、レナートにも頭を下げる。
「幼き頃の娘のわがままにより、長らく殿下にご心労をおかけいたしましたところ、誠に申し訳なく――」
「大公、そこまでだ。今日はせっかくのお披露目なのだ。そのくらいにしておけ。それよりも紹介させてくれないか。こちらが、マリアベル・バークレイだ。マリアベル、彼が俺の亡き婚約者の父であるマリーニ大公だ」
紹介されたマリアベルを見たマリーニ大公は、ほっと安堵したような、それでいて何かを惜しむような、言い表しがたい表情を一瞬浮かべた。
だがすぐにそれを消し去り、貴族らしく笑む。
「バークレイ嬢が殿下の婚約者となりましたこと、大変喜ばしく思います。王国のご出身ということで、帝国において何かと不便なこともございましょう。その際には、ぜひこのマリーニを頼りになさって頂ければと思います」
マリーニ大公の言葉に、貴族たちの間にどよめきが走る。
それはフィデロ伯爵家以外に帝国に縁を持たぬマリアベルが、マリーニ大公という後ろ盾を得たということだ。
マリアベルに反目していた貴族たちも、その発言を聞いてマリアベルへと向ける視線の色を変えた。
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