38話 帝国の舞踏会
皇帝の前に立ったマリアベルは、階下からの視線が突き刺さるのを肌に感じながら、帝国式の挨拶をする。
誰もが、なぜ王国の貴族が皇太子の婚約者になったのかと思っているのだろう。好意的な視線はほとんどない。
「花祭りで巡りあった。みなのもの、祝福してやってくれ」
花祭りで巡りあった、というのは運命的な恋に落ちた二人を指す言葉だ。
それによって、この場にいるものたちは皇太子の新たな婚約者が、政略ではなく愛によって結ばれたことを知った。
「どういうことだ……。殿下は婚約者がいながらあの娘を寵愛なさっていたということか?」
「といってもずっと病に伏していたのだから、仕方があるまい」
「だがマリーニ大公にとっては許しがたいことではないか。ご息女が亡くなられてからまだ三カ月だぞ」
「確かに……」
貴族たちのざわめきが、マリアベルの耳にも届く。
だがマリアベルは泰然として、優雅に見える微笑みを絶やさなかった。
「陛下、並びに皇太子殿下。このジョゼファン・マリーニ、心よりのお慶びを申し上げます。僭越な言葉ではございますが、我が娘も、殿下の慶事に喜んでいることでしょう。このたびのご婚約、誠におめでとうございます」
臣下の中から、全身黒ずくめの壮年の貴族が一歩前に出てマリアベルに礼をした。
レナートの婚約者であったモニカ・マリーニの父親である、マリーニ大公その人だ。
そのマリーニ大公が率先して祝辞を述べている以上、他の貴族たちも追随しないわけにはいかない。
次々に祝いの言葉が壇上の皇帝にかけられた。
あらかたの貴族が祝いを述べ終わると、レナートが手を挙げて声を制した。
「突然のことに驚くものがほとんどであろう。マリアベルと私は先日の花祭りで偶然出会い、フィデロ伯爵の図書室で再会した。婚約を決めるのは早急だという意見もあろうが、私の相手が決まらぬと、弟たちの結婚も長く待たせてしまうことになる。さすがに花の盛りをただ待たせるという訳にもいかぬのでな。この相手だと思ったマリアベルとの婚約を決めた」
そう言ってレナートはマリアベルの手を取って愛し気に見つめる。
それから安心させるように、握った手に力をこめた。
「知っているものもいるだろうが、マリアベルはかつて王国の王太子の婚約者だった。だが平民の娘との間に真実の愛を見つけたという王太子によって、その婚約は白紙とされた。それに際し、マリアベルには一切の非がないことを、あちらの国王が認めている。また結婚に際し、バークレイ領の一部を持参金とすることも承認された。バークレイ領は帝国と隣接している。帝国との交易もこれから盛んになるであろう。慣れぬこともあるだろうが、マリアベルが私の婚約者だ。みな、よろしく頼む」
レナートはマリアベルの手を取ったまま、後ろに立つ弟のリナルドとアンジェロのほうを向いた。
「さて。めでたく私の婚約がととのったのだ。お前たちも、意中の相手に結婚を申しこむといい」
「兄上!?」
「いきなり何言い出すんですか!?」
弟たちは突然の宣言に目を白黒させた。
だが愉快そうな顔をしている皇帝の姿を見て、既に父の許可を取っているのを悟る。
父である皇帝は、たまにこうした意表をつくような行動をする。
そして三人の兄弟の中で、レナートが一番皇帝に似ていた。
リナルドとアンジェロは顔を見合わせて声を揃える。
「余計なお世話です!」
「そうか、それは残念だ」
肩をすくめたレナートは、マリアベルとともに一歩下がる。
代わりに皇帝が声を張り上げた。
「さあ、音楽を奏でよ。これより舞踏会を始める」
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