37話 舞踏会の始まり
皇宮で最も広い大広間は、舞踏会のために久しぶりに開放されていた。
皇太子レナートの婚約者が亡くなってから開かれる、最初の舞踏会とあって、適齢期の娘を持つ貴族たちはすべて参加していた。
既に次の婚約者の地位を射止めるべく、貴族たちは水面下で戦っている。
さすがに華やかなドレスは控えられたものの、この日のために娘たちは精一杯おしゃれをして臨んでいた。
ここ数年、ドレスの生地で人気なのは、清楚でありながら華やかさも併せ持つフィデロ産の青絹だ。
仕立てた時のドレープの美しさもさることながら、歩くたびに青く輝くのが目を引くとして人気になった。
とはいえ誰もかれもが青絹のドレスを着ていれば、似たような格好になってしまう。
そこで最近では、華やかな色に染めたドレスを着るものが多くなっていた。
だがこの舞踏会では青絹本来の白いドレスこそがふさわしい。
特に今年生産された青絹はいつにも増して光沢がすばらしいと評判だったので、貴族たちはこの舞踏会のためにこぞって手に入れようとしたが、どの店にもまだ流通していないのか取り扱いがなかった。
しかもどの貴族も急いでドレスを仕立てているからか、お針子の確保も難しい様子で、特に刺繍を得意とするお針子はどこかの家が囲いこんでいるのか全く見つからなかった。
娘を売りこもうとしていた貴族たちは、一体どの家が囲いこんだのだろうかと、入り口で皇室府式部長官が出席者の名前を告げるたびに、探るような視線を向けていた。
やがてすべての出席者が揃った頃、大広間の中央にある階段から、ゆっくりと皇族たちが下りてくる。
まずは皇太子を除く二人の皇子たち、そして皇帝と皇后。
皇太子レナートはまだ現れなかった。
階段を下りた先にある広い踊り場には、皇帝たちの席が設けられている。
その前に立った皇帝は、深みのある声で頭を下げる臣下たちに声をかけた。
「親愛なる我が帝国のものたちよ、頭を上げよ」
皇帝はそう言って、階下の臣下たちを見回した。
この場にまだレナートがいないことを訝るような、期待するような目が、皇帝の元に集まる。
「さて。みなも知っているように、先日、皇太子レナートの婚約者であったマリーニ大公家のモニカ嬢が、長きに渡る闘病生活の果てに天に召された。皇族の一員として迎える日を楽しみにしていただけに、誠に残念に思う」
皇帝はそこで一度、目を閉じて黙とうをした。
貴族たちもそれにならって、死せる大公の娘のために黙とうを捧げる。
「だが諸君も知っての通り、皇太子であるレナートには新たな伴侶が必要だ。そこで――」
やはりこの舞踏会で皇太子の妃選びが始まるのだろうかと、娘を持つ貴族たちの顔は輝いた。
だが……。
「皇太子の選んだ新しい婚約者を紹介しよう」
フィデロ産の青絹と一目で分かるドレスは、長いドレープを引きながら、マリアベルが階段を下りる度に青くきらめいている。
裾には青い薔薇が刺繍されていて、よく見ると上のほうは薔薇の色が薄くなっているのが分かる。
マリアベルが身にまとっているのは帝国風の胸の開いたドレスではあったが、胸元はレースで包まれ、彼女の清楚さを一層引き立てていた。
その胸元に輝くのは、レナートの瞳と同じ色の大きなサファイアの首飾りで、複雑に編みこまれた黄金の髪の下の形の良い耳には、お揃いの耳飾りが揺れていた。
けぶるような長い黄金のまつ毛に囲まれた、鮮やかなエメラルドの瞳は、凛として前を見据えている。
帝国の貴族たちの注目を一身に集めながら、マリアベルは臆することなく優雅な微笑みを浮かべて、レナートとともに舞踏会へと現れた。
「王国のバークレイ侯爵家の息女、マリアベルだ」
突然のことに驚きざわめく貴族たちの目に、皇太子にエスコートをされて階段を下りてくる絶世の美姫が目に入った。
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