36話 対面
それからの一週間、マリアベルは舞踏会に向けて猛特訓を始めた。
何事も真摯な姿勢で真剣に学ぶマリアベルは、短い期間であってもほぼ完璧に帝国のマナーを覚えていった。
その間ジェームズは、皇宮からきた文官と、様々な書類を交わしていた。
麦の交易もお互いに納得のいく条件で締結ができたようで、ジェームズは肩の荷がおりたように見える。
やはり婚約破棄の一件からずっと、気を張っていたのだろう。
そして迎えた舞踏会の日。
侍女たちによって全身を磨かれたマリアベルは、フィデロ夫妻とジェームズとともに、皇宮へと向かった。
婚約者を亡くして以来、公の場に現れなかったレナートの久々の出席ということで、参加者はどこか浮足立った様子だ。
マリアベルたち一行は招待客が利用する正面玄関ではなく、皇族専用の玄関から皇宮の中へ招かれた。
通された部屋には既にレナートが待っていて、美しく着飾ったマリアベルを見て破顔する。
両手を広げて抱きしめようとしたレナートとマリアベルの間に、素早い動きでカルロが割って入った。
「殿下、後にしてください。せっかくの装いが乱れます」
「軽く挨拶をするだけだ。婚約したのだから、それくらいいいだろう」
不満そうなレナートに、カルロは笑顔で「ダメです」と断言する。
「この後のお披露目では、完璧な状態のバークレイ嬢をお披露目しなければなりませんから。それよりも、ご紹介がまだですよ」
レナートの後ろには、苦笑している弟のアンジェロと二人によく似た青年と、それから豪華な衣装を着た黒髪で青い目の壮年の男性と、柔らかい亜麻色の髪を複雑な形に結い上げた貴婦人がいる。
ガレリア帝国の皇帝と皇妃だ。
「バークレイ卿、俺の両親だ。これから仲良くしてくれると嬉しい」
「……ちょっとフレンドリーすぎじゃないですかね」
小さく呟いたカルロの声はあっさりと無視された。
皇帝夫妻もあまり気にした様子がないので、皇族たちの間ではこれが普通なのかもしれない。
だが初めて対面するマリアベルとジェームズは、正式な帝国式の礼をした。
両手を胸の前で組み合わせて、深く頭を下げる。
「ここはまだ私的な場所だ。楽にせよ」
レナートの声を少し低くしたような、威厳のある声には自然と頭を下げたくなるような響きがあった。
「こたびは急な婚約となったが、今日のこの良き日を迎えられて大変嬉しく思う」
顔を上げた二人に、思いがけず優しい言葉がかけられる。
ジェームズたち親娘は恐縮して、再び深く頭を下げた。
「皇太子であるレナートの事情は既に聞いていると思う。そのためこのように慌ただしい婚約となったこと、誠に申し訳ない」
さすがに頭は下げなかったが、皇帝から謝意を示されてジェームズは慌てた。
娘の結婚相手がガレリア帝国の皇太子である以上、父である皇帝と謁見する覚悟はしていたが、このように腰の低い相手だとは思わなかった。
主君である王国の国王は、礼儀作法に厳しいところがあるので、臣下に対してくだけた態度を取ることはない。
十年前はもっと穏やかな性格だったのだが、疫病の蔓延で王族が数を減らすと、責務の重圧からか臣下に厳しく接するようになった。
そのせいで王国の宮廷は少し堅苦しくなってしまっている。
だからよくあの国王がエドワードと平民の婚約を許したものだとジェームズは驚いた。
今の王宮はまた違う様子なのだろうかと、ジェームズは遠く離れた王国を思った。
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