35話 フィデロ伯爵家のタウンハウス
マリアベルとジェームズ親子が皇都で滞在するのは、フィデロ伯爵家のタウンハウスだ。
皇都の北東にある三角湾に面したフィデロ伯爵家の皇都滞在用の館で、周辺には同じような住宅が並んでいる。
王国でも同じだが、領地を持つ貴族は、領地にある城とは別に皇都に滞在する時に使う館を持っている。
皇宮に近い場所にタウンハウスを持つ貴族は、大公家や公爵家などの古い貴族家が多い。
そしてフィデロ伯爵家のように比較的新しい家は、少し離れてはいるが三角湾に面した眺めの良い場所にタウンハウスを持っている。
その中でも敷地の背面に馬車を通すための路地裏が設けられている館は裕福な貴族の住む一角としてとても人気で、フィデロ伯爵家のタウンハウスもそうした場所に建っていた。
礼拝堂からタウンハウスまで、マリアベルたちはフィデロ伯爵の馬車に同乗させてもらった。
スプリングの効いた馬車は、王国のものより振動が少なく乗り心地が良い。
馬車を下りると、白い壁に青い屋根の館があった。
最近壁を塗り直したばかりなのか、まるで新築のように見える。
ホールを抜けて階段の先の客室に案内されると、目の前に真っ青な海が飛びこんできた。
「まあ、なんて素晴らしい眺めなの」
マリアベルは、穏やかな波の音に耳を澄ませて、潮の香りを吸いこむ。
遠くに走る船は青い海に白い波で線を描き、カモメたちが青い空を自由に飛んでいた。
これほど近くで海を見たことがないマリアベルは、子供のように目を輝かせた。
「ほう。これは見事だ」
マリアベルの隣に立ったジェームズも、眺めの素晴らしさに感嘆した。
「気にいってもらえたかな」
フィデロ伯爵が誇らしげに言うと、ジェームズもそれに同意する。
「このような素晴らしい場所に滞在させて頂けることを感謝する」
「あっ、いや、そんなに改まってお礼を言われるほどでは……」
頭を下げるジェームズに、途端に汗をかきだしたフィデロ伯爵を見て、夫人のテレーゼがそっと白いハンカチを差し出す。
慣れた様子でそれを受け取ったフィデロ伯爵が汗をふいている間に、テレーゼがマリアベルの手を取った。
「こちらにも部屋があるのよ。いらっしゃい」
手を引かれていくと海に面した部屋の手前に客室が二つあった。そのうちの一つは女性用のドレスルームと隣あっている。
「一応、何着かドレスを用意したのだけれど……」
ドレスルームにはたくさんの帝国風のドレスが並んでいた。
王国のドレスは胸元を隠すものが多いが、南にある帝国では鎖骨を見せるタイプのものが多い。
マリアベルに用意されたドレスは、襟元に繊細なレースを多用していて、あまり肌を見せないようになっている。
これは帝国のドレスに慣れていないマリアベルのためということもあるが、あまり肌を見せてほしくないというレナートの意向が多分に含まれている。
「急いで用意したから既製のものも多いけれど、舞踏会では殿下がちゃんとしたドレスを用意してくださるそうよ」
「舞踏会ですか?」
驚くマリアベルに、テレーゼは「あら」と口を手で覆った。
「もしかしてまだ内緒だったのかしら……。殿下と正式に婚約をしたお披露目の舞踏会が開かれるのよ」
「まだ聞いておりませんけれど……。いつ頃開かれるのでしょうか」
「一週間後ね」
「一週間ですか!?」
「ええ。だってバークレイ卿もそんなに長く領地を離れていられないでしょう?」
「でも一週間なんて早すぎです」
まだ帝国のマナーも完璧とはいえない。
マリアベルはあまりにも急な話に、どうしたらいいのだろうと困り果てた。
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