33話 皇都へと向かう道
フィデロ伯爵家に数日滞在した後、いよいよマリアベルたちも皇都へ向かうことになった。
婚約式にはフィデロ伯爵夫妻も出席するので、かなりの人数での移動になる。
見送りの際には、突然現れたレナートの応対をしてしばらく休養を必要とする執事長が先頭にいた。
その腕には薄いオレンジがかった毛色で赤褐色の縞模様を持つ小さな猫がいて、頭には薔薇の花冠をつけている。
テレーゼがマリアベルに贈った、猫のメルティだ。
これから皇都に向かうので連れていけないが、帰りに立ち寄った際に譲りうけることになっている。
プレゼントだから、というテレーゼの鶴の一言で頭に花冠を載せられてしまったのだが、気になるのか前足で取ろうとしては、執事長の横に立つ侍女のねこじゃらしでごまかされていた。
その様子がとても可愛らしくて、もっとメルティと遊びたかったわと思いながら、マリアベルは名残惜し気に馬車に乗った。
フィデロ伯爵領から皇都までは、街道が整備されていることもあり、馬車で二日の距離になる。
途中、フィデロ伯爵の本の蒐集仲間だという伯爵家に一泊させてもらい、マリアベルたちはようやくレナートの待つ皇都へと到着した。
ガレリア帝国の皇都は、海に突き出した半島のような形をしている。北東には大河があり、南には海があるので、陸路から行くには西側にあるルキウスの城壁と呼ばれる巨大な石造りの城壁を通らなくてはならない。
皇都の西側をすっかり覆っているルキウスの城壁は、ガレリア帝国の皇帝であったルキウスが建造した、鉄壁の守りを誇る頑強な城壁だ。
三重構造の作りになっていて、広く深い堀、外壁、厚みと高さのある内壁で構成されている。
内壁には物見塔も作られており、かなりの高さと威圧感があった。
皇都に入るには、ガレリウス門かテルモネ門のどちらかを通らなければならない。
マリアベルたちは、そのガレリウス門の前で皇都へ入る手続きをしていた。
「帝国の国力は凄いな」
馬車の中から城壁を見ていたジェームズが、感嘆するように声を漏らす。
「これだけの城壁を作るというのも凄いですが、維持していけるというのがもっと凄いと思います」
マリアベルも深く感心して城壁を見上げる。
よく手入れがされているらしく、城壁はどこも崩れておらず表面も滑らかに保たれている。
「皇宮はもっとすごいらしいぞ」
「青の宮殿と呼ばれているのですよね」
白を基調とし青い屋根を持つ皇宮は、別名を『青の宮殿』と呼ばれていて、訪れたものはあまりの壮麗さに言葉を失うのだという。
どれほど美しいのだろうと思いを馳せていたマリアベルは、一緒に城壁を見上げていたはずのジェームズがじっとこちらを見つめているのに気がついた。
「どうかなさいましたの、お父様」
「……帝国は、遠いな。お前が嫁いだら、気軽に会えなくなる」
エドワードに嫁いでも、王妃となれば気軽に会うことはできなくなっただろう。
だが帝国の皇妃となれば、もう二度と会えなくなるかもしれない。
妃教育の忙しさであまり触れあえなかったマリアベルとのここまでの旅は、ジェームズにとって心から楽しいと思えるものだった。
エドワードに婚約を破棄され傷ついたマリアベルが幸せになるのは、本当に嬉しい。
きっとレナートなら、マリアベルを一生大切にしてくれるだろう。
だが、それが分かっていても、手放す寂しさは抑えきれない。
「お父様……」
父の気持ちが分かって嬉しさを感じたマリアベルは、そっとジェームズの手を取った。
「私はいつまでもお父様の娘です。……またいつでも会えますわ」
「そうだな……。早めに家督を譲って隠居するのもいいかもしれん」
「まあ、お父様ったら」
二人で楽し気に笑っていると、やがてゆっくりと馬車が進み始めた。
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