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「智が、病気だと言うんですか?」
病院に着いて、まず幸野が智の母親に会いに行き、話ができるスペースまで出てきてもらった。
「幸野ちゃん、どういうこと?」
智の母親はとても冷静に話を聞いてくれた。安藤の話を聞くとさすがに顔を強ばらせたが、幸野がいるせいもあってか、責めることなく耳を傾けていた。
「病気だ、とまでは言ってないんですけど……」
幸野は言葉を探しながら言った。
「智の様子、少しおかしくないですか?」
「おかしい?」
「怪我をした時も、智が安藤君を強く責めてたって。安藤君がストーカーだとしたらおかしくないですか?」
智の母は考え込むようだった。
今まで言えなかったけど、と前置きして、幸野は高校時代の智の話をした。智の母は愕然とした様子だった。
「高校の時から……?」
「私も全然おかしいなんて思ってませんでした。でも、そう思ってみるとちょっと……」
「そんな……。そういう病気の話はテレビで見たことあるけど」
「だから、とりあえず調べるっていうか、病院に相談してみるとかどうですか?」
智の母は眉を寄せて考え込んだ。
「あの、すみません」
ずっと黙っていた貴城が口を挟んだ。
「瑞己がストーカーしてないと分かったら、被害届けは取り下げてもらえませんか」
「兄さん」
「こいつは優しくて言えないので、俺が代わりにお願いします」
貴城が深々と頭を下げた。智の母が戸惑ったようにそれを見る。
「もちろん、怪我させてしまったのは事実なので、治療費はこちらでお支払いします。――瑞己の将来のためにも、お願いします」
「……幸野ちゃん」
幸野も複雑そうに眉を下げた。
「安藤君が本当にストーカーなら許しませんけど。智の間違った言葉で、誰かに迷惑をかけるのは……私は嫌だと思ったので。だからこの人たちと来たんです」
幸野の顔を見て、智の母は一つ頷いた。
「被害届けの事は分かりました。――でも、智のことは……」
そうですよね、と幸野も表情を暗くした。急に『病気だ』と言われても到底納得できないだろうし、考えてもいなかったことだろうから、病院に相談するというのも決断は難しそうに見えた。
「あの、差し出がましいんですけど」
見かねたように貴城がまた口を開いた。
「まずこいつ……彼女と、智さんで、話をさせてみたらどうですかね。ストーカーのことを聞いてみて、つじつまが合うかどうか」
幸野を示した貴城を、真偽をはかるように智の母は見上げる。
「彼女なら、瑞己の話も聞いてますし、智さんも話がしやすいんじゃないですかね」
貴城に指名されて、幸野は驚きながらも内心嬉しかった。
頼りにされたように感じたのに、
「彼女が冷静に判断できるかは疑問ですが。心配なら同席されてもいいと思いますし」
続きの言葉を聞いて人知れず肩を落とした。
智の母は、少し考えてから幸野に視線を転じた。
「幸野ちゃん、お願いできる?」
「は、はい。分かりました」
重大な仕事を任されて、幸野の全身に緊張が走った。
「あなたたちは……?」
智の母が問うと、貴城は心得たように頷いた。
「病室の外か、ここにいます。瑞己は逃がしませんよ。首根っこ掴んどきます。何なら、俺と瑞己の携帯番号教えましょうか」
言うが早いか貴城はメモを取り出して一枚破いた。携帯電話の番号を書き、安藤にも渡して番号を書かせてから智の母に渡した。
「親の事情で名字変わってますけど。俺は貴城です」
メモを受け取って、智の母は安心したように、ありがとう、と言った。
幸野は、智の母と連れ立って病室に向かった。




