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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
番外編
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Christmas ver. 「Longing for you」 4

 ショートケーキ約2個分、生クリームでデコレーションされた上にイチゴがふたつ、Merry Christmasと書かれた板チョコ、ゼリーのサンタが笑ってる。

 驚いた私は、思わず北原を見て頬が緩んだ。

 素直に、嬉しい!

 でも、でも、待って。

 こんなに簡単に、北原が私の喜ぶようなことをしてくれるはずがない。

 そう、ケーキはまだ北原の手の中にある。

 満面の笑みの北原に、嫌な予感がする。

 だけど、目の前に出されたケーキ、その横に並んだフォークに、恐る恐る手を伸ばした。

 だって、プレゼントって言ったもの。


「っと、その前に」


 見事に、指先が触れるか触れないかのところで、北原はケーキを取り上げるように、私の手の届かないテーブルの向こうに置いた。


「……っく」


 もはや、行き場を失った手を力なく膝の上に落として、私は微笑む悪魔に視線を向ける。

 反抗の意を込めた精一杯の目力も、北原の細めた冷たい瞳に跳ね返されて返り討ちにあう。

 私は一度目を閉じて、改めて北原を見た。


「あと、もう少し頑張れ」


 目の前に現れたのは、英熟語のプリント。

 私は、ちゃんと北原にも聞こえるような大きな溜息をついて、仕方なくそのプリントを手に取った。

 問題数は少ないけど。

 思わず突き出てしまった唇を引っ込めて、私は問題に取り掛かった。


「ひとつでも間違ったら、ケーキは俺ひとりで食べる」

「なっ……!」


 信じられなくて北原を見るけど、テーブルに肘をついて、早く解けと言わんばかりに視線でプリントを指した。

 ……最悪。

 わなわなと震えそうになる手を握りしめて、再び問題とにらめっこする。


「冷静にならないと、ケーキ食べられないぞ」

「わかってるわよっ」


 北原が鼻で笑ったのが、見なくてもわかる。

 絶対食べてやる!

 そんなふうに気合を入れて、ひとつひとつ、確認しながら問題を解き始めた。

 復習の意味なのか、北原が用意してくれた問題集に何度も出てきたものが多くて、戸惑わずに括弧の中を埋めていく。

 ついに、最後の問題。

 だけど……今まで順調だった手が止まってしまった。

 手書きで付け加えられた短い英文は、単語を埋めるのではなく、おそらく訳せということなんだろうと思うけど。


「………」


 たぶん、形容詞じゃない意味があるのだ。

 長い、なんてそのまま訳したら、絶対馬鹿にされるに決まってる。

 どこかで見たような気もするんだけど……思い出せない。

 すぐそこにあるケーキが、どんどん遠退いていくようで。

 そっと横にいる北原の顔を覗き込もうとすると、こっちを向いていた彼の瞳とばっちり目が合ってしまった。


「……一番肝心な所なんだけど」


 と、頬杖をついたまま溜息をつき、私の目の前に辞書を置いた。


「見ていいの?」

「どうぞ」


 呆れ顔の北原をよそに、私は辞書を引く。


「これでイチゴ無しだな」

「えっ! 待って!!」


 静止の声も空しく、イチゴがひとつ、北原の口の中へ消えた。


「お願い、待ってってば!」


 残り一個のイチゴに手を伸ばすから、私は必死で辞書をめくり、答えを探した。


「あ、あった……ええっと……焦がれる…切望……for you だから……」


 訳の後ろに似たような例文が載ってる。

 私はその意味を良く考えずに、ただ問題の答えとして口にした。


「わかった、『あなたが恋しい』!」


 私を振り返った北原と、私の間に一瞬の沈黙が訪れる。


「そんなに大きな声で告白されるとは思わなかったな」

「あ……?」


 告白?

 そういわれた瞬間、一気に顔が熱くなって、私は両手で口元を押さえた。

 問題の答えとはいえ、私、なんてことを大声で言っちゃったんだろう。

 だって、辞書に書いてあった例文は「have a longing for home……故郷を恋しがる」

 そして、北原が書いた問題は。


 Longing for you


「別に声に出して言ってもらうつもりはなかったけど」

「だって、だって……北原が……」


 北原が私に言わせたんじゃない、そう言いたかったけど、あまりにも簡単なその手に引っかかってしまった自分が情けなくて、なによりそんな言葉を笑顔で発してしまったことが猛烈に恥ずかしくて。


「それは、俺の気持ち」


 イチゴを指先でつまんで、さらりと北原が言った。


「大変よく出来ました。じゃあ、ご褒美」


 北原は、私の両手を降ろさせて、指先のイチゴを私の口に放り込む。

 口の中いっぱいに広がる甘酸っぱさに、思わず目を細めた。


「メリークリスマス」


 たまにしか見せない優しい表情で、目を見て笑顔で言われると、私は何も言えなくなってしまう。

 ふたりの間に置かれた小さなケーキ。

 北原からフォークを受け取って、ふたりで手を伸ばす。

 いつもの無表情に戻っても、おいしそうに食べるから不思議で笑える。

 だけど。


「他の問題は?」

「ん」

「このプリント、他の問題はちゃんと合ってる?」

「あぁ……合ってるんじゃないのか」

「じゃないのかって、いいの?」

「ケーキ、取り上げられたいのか」


 私はぶるぶる首を横に振って、強引に頬を吊り上げて笑う。

 今この時間だけでも、勉強の事も忘れて、クリスマス気分に浸らせて。

 すぐに機嫌を直すのは癪だから、少し時間を置いてから、ありがとうって言おう。

 たぶん、フツーの恋人同士には程遠いクリスマスだけど。

 私にとって、今日は特別な一日。


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