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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
番外編
89/127

Christmas ver. 「Longing for you」 1

Lesson3で隠れていた、もうひとつの恋の話。

あの時の中庭を覗いていたのは、愛美だけじゃなかった……?

物語とシンクロした前半と、いつもの視点で、ちょっとだけ甘め? のクリスマス後半です。

 一年の時から、そんなに目立つ存在じゃないけど、なんとなく目で追っていたのは確かだ。

 きれいな端整な顔立ちって、彼女みたいな子のことを言うんだと思う。

 どことなく近寄りがたくて、集団の中にいても、決してその中に染まりきらない雰囲気を持っていて。

 例えるなら、少しつりあがった大きな瞳で凛として佇んで、媚びることを知らないクロネコ。

 笑えば、きっと可愛いのに。

 ずっとそう思ってた。

 そんな彼女が、よく笑うようになって、うろたえる顔とか、不安そうな表情とか、無防備に見せはじめるようになってから、俺は恋に落ちてしまった。


「でも、ダメよ。しおりちゃんは北原くんと付き合うんだから」


 なんだよ! それ。

 っていうか、北原と付き合ってないって噂だけど。


「だから、これから付き合うの! 楠木くすのきくん、しつこい」

「しつこいって……だって、付き合うって決まったわけじゃないんだろ?」

「決まってるの!!」


 意味わかんねぇ。

 目の前で、唇を尖らせて俺を睨んでる彼女に、俺、楠木保くすのき たもつは思わず眉根を寄せた。

 いつもあの子、桜井しおりの隣にいる、相沢。

 どうしても桜井と話がしたくて、この相沢になんとか口実を作ってほしいと頼んだものの、現状では理解不可能の答えが返ってきて、正直頭を抱えたくなった。


「とにかく、ぜーったい無理!!」

「わーっ、わかったよっ!」


 いぃっと威嚇するように、白い歯をむき出しにして詰め寄る相沢に、俺は両手を突き出して左右に振った。

 けど、どうしてだ?

 相沢は北原のことが好きだって、女子が話してるのを聞いたことがあるし。

 桜井が北原と付き合ってないから、いろんなヤツラが彼女に告白してるっていうし。

 で、目の前の相沢は、勝手に桜井と北原の未来予想図を描いてて……?


「わかんねぇ……」


 相談した相手が間違ってたか。

 俺はそそくさと逃げるように彼女に背を向け、両手をポケットに突っ込み、溜息をついた。

 女に興味がないといったらウソになる。

 だけど、じゃあ、恋愛ってなると、まだちょっと気が引ける。

 彼女がいるヤツの話を聞けばうらやましいと思うけど、俺にとってはまだ先の話……つい最近まで、そんなふうに思ってた。


「……?」


 中庭の吹き抜けを挟んで向こう側、下の階の窓辺に、随分深刻な顔して下を見下ろす女の子がひとり。

 ふと足を止めて、俺は彼女の視線を追った。


「桜井……?」


 視線の先、クリスマス仕様になった中庭に、桜井、それに私服の女の人がひとり、と。


「あいつ」


 北原伊吹だ。

 成績は常に学年ぶっちぎりトップ。

 人殺しでもやりかねないような鋭い目つきの無表情で、ろくに口を開かない、コイツこそ近寄りがたい変質者。けど、いかにも女子が好みそうな大人顔のイケメンで長身。

 俺はあんなヤツに桜井を渡したくない。

 男は見た目じゃないぜ。

 なんて、負け惜しみか。

 見た目も実力も、アイツに勝てる自信はない。

 しいていえば、スマイルは負けねぇ!!

 自分自身に言い聞かせ、奮い立たせるために、右の拳を強く握り締めてみる。

 ところで、中庭の三人は一体……


「何やってんだ?」


 桜井が中庭から出ようとしたところで立ち止まる。

 その後を追おうとしていた北原に、もうひとりの女が抱きすがった。


 ちょい待ち。


 これって、なんだよ、なんか、ヤバイ雰囲気じゃねぇ?

 俺は窓ガラスにべったり手をついて、中の様子を伺った。

 北原と彼女の姿を桜井は見たのか見ないのか、すぐさま中庭を飛び出していく。


「おい、追わなくていいのかよ、北原」

「何してるの?」


 振り返ると、怪訝な顔をした相沢がこっちに向かってきた。

 すかさず俺は窓の下を指差し、状況を説明する。


「でさ、桜井はさっき出てっちゃったんだよ」

「うそ……」


 俺たちに見られているとは知らず、北原と女は恋人同士みたいに近い距離で向かい合い、何か話をしているようだ。

 隣で同じように中庭を見下ろす相沢は、見る見る顔が青ざめていく。

 さっきの威勢はどこへやら、窓ガラスについた手を握り締めて、不安そうに息を吐く。


「………」


 相沢の横顔に見とれて、俺の胸が一瞬高鳴った。

 こんな時に、何考えてんの、俺。

 その相沢が、目を見開いて声を上げた。


「あっ!」

「な!?」


 驚いて視線を中庭に戻すと、北原の姿が校舎内に消えていくところだった。

 ひとり残された女は、少しの間立ち尽くし、そして、しゃがみこんだ。


「……どーなってんだ?」

「うーん」


 けど、待てよ? 今俺が桜井のところへ行けば、もしかして、もしかして、いいシュチュエーションじゃね?

 俺が思うに、今そこに残された女は、北原の彼女だ。

 だけどヤツに恋する桜井は納得したくなくて、「諦めない!」なんて台詞を残して中庭を飛び出した。

 でもって、「俺、ちゃんと桜井に言い聞かせてくるよ、だからお前はここで待ってて」って北原は桜井を追いかけて、ひとり残された彼女は心配と不安で座り込んでる。

 だから、そこで俺がヒーローみたいに失恋した桜井の前に現れる!

 桜井のそばには、俺がいるから。

 そう言って抱きしめれば。


「なんつって……」

「何、にやけてるの……キモチワルイ」


 相沢から痛い視線を受け止めて苦笑する。


「桜井って園芸部だったよな?」

「うん」

「よく温室にいるって聞いたけど」

「……そうだけど」

「じゃあ、ちょっと行ってくる」


 意を決して進行方向に体を向けたものの、突如手を引かれて、俺はコケそうになった。


「ダメッ!」


 またそれかよ。

 ウンザリして振り返ると、さっきとは違う、不安そうな瞳で俺を見上げる相沢がいた。


「な、なんだよ……」


 俺の手首を握ったまま、一度落とした視線を再び俺に向けて、ただ静かに首を左右に振った。


「けど……もしかしたら、桜井泣いてるかもしれないじゃん。そういう時は、誰かいた方がいいだろ?」

「でも、だめ。行かないほうがいいってば」

「相沢は、北原のこと好きなんだろ? だったら、ライバルがひとりでも減った方がいいんじゃねぇの? それとも……俺のアシ、引っ張るつもりかよ」


 冗談じゃねぇ。

 こんなチャンス、今しかない。

 相沢の力が緩んで、俺は手を振りほどいた。


「知らないから」


 まるで、責めるような瞳でこっちを睨むけど、そんなの、北原に比べりゃちょろい。

 俺はこれから桜井を泣かせた北原を追い払いに行くんだ。

 最後に相沢を見たとき、どういうわけだか悲しそうな顔をしてた。

 女って、やっぱよくわかんねぇ。


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