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ゆるくウェーブがかった髪も、目ヂカラばっちりメイクも、話し方も、あのあやのさんとは全然違う。
あやのさんは美人系だけど、愛美先輩は可愛い感じ。
どっちかっていうと、あやのさんのほうが近寄りがたくて、愛美先輩のほうが親しみやすいと思うのは、同じ「妹」同士だからだろうか。
話がしたいと言う愛美先輩のあとを追うと、中庭にたどり着いた。
秋晴れの四角く狭い空を見上げ、愛美先輩は両手を上げてぐっと伸びをする。
そして、あの日、あやのさんが座っていた場所に腰を下ろした。
「あの時、私、見てたんだ」
「えっ」
「ほら、三階の窓から。伊吹の彼女、新旧対決」
中庭に面した窓を指差し、口元だけ笑みを浮かべて愛美さんが言った。
「アンタ、不治の病って、ホントなの?」
「あ、ええっと……それは」
ホリちゃんと同じことを聞かれて、どう答えようか迷ってしまう。
先輩はもちろん私の能力のことは知らないし、知られるわけにもいかないし、だけどあんな姿を見られてしまったのだ。
とりあえず発作のようなものは起きるけど、不治の病ではないということで誤魔化そうか。
「べつに、もう私には関係ないんだけどね」
戸惑ってる私に、溜息混じりの声が聞こえた。
こっちを睨んでいた瞳を伏せると、その表情がほんの少しあやのさんと似てると思う。
私も愛美先輩の横に浅く座り、先輩のほうを向いた。
「でも、とりあえず不治の病だってことにしておいてくれない?」
「え……?」
「あやのがあんなにへこんでんの、初めてみた」
そう言われて、私の脳裏にあやのさんの泣き顔が浮かんできた。
同時に、不安そうな彼女の意識や、堪えきれずこぼれた涙も。
私が悪いわけじゃないし、人の気持ちは変わるのだからしょうがない……そうだとわかっていても、どうしても申し訳ないような気になってしまう。
顔を上げた愛美先輩も、どこか悲しそうで。
「あの人、ああ見えてプライド高いのよ。だから、伊吹にフラれるにも、それなりの理由がなきゃ納得できなかったんだと思う。フツーのオンナノコに取られるなんて、許せないのよ」
本当はフツーじゃないんだけど。
真実を告げられるわけもなく、私は黙って愛美先輩を見つめた。
「ホントはね、様見ろと思ったの。そんなにすべてが自分の思い通りにいくわけない、思い知ったかってね。だけど、マジで可哀相すぎて……見てて、辛かった」
「すいません……」
思わず謝ってしまうと、愛美先輩は噴出して笑った。
「何で桜井さんが謝るのよ。誰も悪くないのよ。伊吹がアンタを選んだんだから、ただそれだけのこと」
そう言ってもらえると、救われた気がした。
あやのさんの涙を見て、落ち込んだ北原を抱きしめて、私は自分自身の存在が正しかったのかどうか、不安になっていたから。
「それに、あやののやり方、やっぱり私は気に入らない。自分から振っといて、やっぱり淋しいからまた一緒にいてなんて、そんなに都合のいい話なんかないのよ」
「……自惚れてたって、あやのさんも、言ってました」
「あぁ、うん、そう。あの人、自分の非を簡単に認めちゃったりして、イイ子になるのが得意だから」
ムカつくのよ、と言ったあと、ふと愛美先輩の表情が陰る。
「私も馬鹿だよね。あやのと同じになれないのは、自分自身でよくわかってたの。でもね、伊吹のことは、本当に好きだった。だからこそ、伊吹を桜井さんに取られるのは嫌だった。もし、他の誰かがいるとしても、それはあやの以外に考えられなかったの」
なんとなく、気持ちがわかるような気がする。
香奈が言ってた「北原くんとしおりちゃんが付き合うんだったら許すけど、他の人と北原くんが付き合うなんて、絶対許さないーっ!」っていう感覚と、たぶん同じものなんだろう。
「でも、もうやめた」
体をベンチの背もたれに預けて、愛美先輩は天を見上げた。
「あんなふうに、傍から見て可哀相なオンナになりたくないもの。伊吹にも言われちゃったし、もう『おさがり』を待つのはやめる」
立ち上がり、不敵に空を見つめる愛美先輩は、可愛いさを脱ぎ捨てて、カッコイイ女に見えた。
北原が言ったように、愛美先輩が自分自身の魅力に気付いたら、もっと素敵になる。
たぶん、どの女の子もそう。
私たちはまだ、周りと同じでいたがるけれど。
自分らしさを見つけることが出来たら、驚くほど変身するのだ。
私は、どうなんだろう? どんなふうに、見えるんだろう?
「前に、桜井さんに私の気持ちをわかってもらってもしょうがないって言ったけど」
「……あ、はい」
「そうでもなかったみたい。なんだか、こうして話したら、すっきりしたわ」
「そう、ですか?」
うんと頷いて、少し照れくさそうに笑った。
いつかのわだかまりもすっと消えていくようで、私も素直に嬉しくて笑う。
「私、誰にも負けないイイ女になる。それで、このありのままの自分を好きになってくれる人を探す。そのほうが、幸せだもの、ね」
微笑み、じゃあねと手を上げて、愛美先輩は中庭から廊下へと戻って行った。
ありのままの自分を好きになってくれる人。
ふと、北原の顔がよぎった。
瞬間、冷や汗が浮かぶ。
「やばっ、補習っ!!」
ポケットのケータイを取り出すと、ディスプレイの時計は、補習開始時間を30分以上越えていた。
立ち上がり、教室に向かって走りながら、ウンザリする。
「ありのまま、ねぇ」
私と付き合うにあたって、北原から条件が出されたのだ。
① 補習には必ず出ること
② これ以上、成績を下げないこと
③ 次回の考査で100位以内に入ること
「最悪」
っていうか、学年200名強のわずかな200番台、しかもその中でも下の下にいる私にとって、③は絶対無理、ありえない!
この条件が守れなければどうなる、というものでもないのだけど。
おそらく、精神的苦痛が待ち構えてるのは想像がつく。
恋愛って、もっとウキウキ楽しいもんじゃないの?!
「やっぱ、違う気がする」
上がった息を整えると、うなだれた顔をなんとか上げて、私は補習教室のドアを開けた。




