表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson3
78/127

file3-5

「病み上がりにはキツイよ」


 もう、ホント、眩暈しそう。

 暗い階段を降りてドアを開けると、すぐ横に壁にもたれた愛美先輩が腕を組んで立っていた。


「アンタ、のこのこ追い出されてきたわけ?」


 横目でこっちを睨みながら、溜息を吐かれた。

 ちょうどチャイムが鳴ったけど、北原が降りてきそうな気配はない。


「あ、の…何か話があるらしいですよ」

「わかってるわよ、そんなの」

「え……?」

「あやの、伊吹を向こうへ連れていくつもりよ」

「えっ!?」


 思わず声が大きくなって、前のめりになってしまった体勢を、慌てて私は立て直した。

 愛美先輩は視線を戻し、どこか遠い所を見つめるような目をして、口を開いた。


「伊吹の実力なら、今あやのが行ってる大学にも余裕で入れるだろうし、それなら今から向こうのハイスクールに編入して、語学と生活に慣れたほうがいいなんて、もっともらしいこと言っちゃって。本当は自分が淋しいくせに」


 最後は吐き捨てるように言うと、先輩は表情を曇らせた。


「伊吹も、あんなひとのどこがいいのよ」

「でも…なんていうか、すごくキレイなヒトですよね」


 言ってはいけないことだったのか、今までになくキツイ目で先輩に睨まれた。


「あ、私にも姉がいて。私が言うのも変なんですけど、美人だし、明るくてすごく優しい人で、今では本当に自慢の姉です」


 そう、今では。


「だけど、やっぱり中学の時に先生方に比べられて……私、いろいろと期待されてたみたいなんですけど、ぜんぜんそれに応えることができなくて。むしろ、さんざん裏切ったと思います。おかげで、姉の優しさを受け入れられない時もありました」

「……だったら、何なのよ。あなたに気持ちをわかってもらったからって、どうにもならないわよ」

「ですよ…ね」


 私は、こういう時、いつも上手く話せない。

 いつもなら、このタイミングで北原が現れてくれるんだ。

 だけど、今は、ここにいてくれない。


「わかってるの、私だって」

「?」

「あやのと同じコトしても、ダメなんだって。わかってるけど……私だって……」


 その先を吐き出してしまえばきっと楽になれるのに、愛美先輩は飲み込むように深く呼吸した。

 私、だって。

 同じようになりたかった。

 誰からも愛されて、穏やかにいつも笑っていて。

 そんなふうに振舞いたくても、できない自分がいる。

 早く追いつきたいと焦れば焦るほど、かけ離れて遠くなる。手が、届かなくなる。

 打ち消したくても消せない存在は、いつからか道しるべとなり、まるで自分の未来を映す鏡のようで。

 憎悪は歪んだ愛情。本当は、好きで仕方ないことを、先輩は気付いているのだろうか。


「ここで待っても、しばらくふたりは降りてこないわよ」


 ぎょっとして顔を上げると、白衣のポケットに両手をつっこんだホリちゃんが、颯爽と階段を降りてきた。

 ホリちゃんの登場に、愛美先輩は取ってつけたような笑顔を作り、失礼しますとこの場を離れた。


「しおり、アンタは待ちなさい」

「えっ!?」

「え、じゃないわよ。ほら、出しなさい」


 そう言って、ホリちゃんは私に右手のひらを差し出した。

 何の事やら検討もつかず、ただホリちゃんを見つめると、目を細めてこっちを睨む。


「屋上の鍵よ。持ってるんでしょ」


 げっ。

 思わず鍵の入ったポケットに手を伸ばしそうになり、その手を広げてぶるぶると横に振った。


「私は持ってないよ。……ちょっと借りただけだし」

「持ち主は誰だっていいの。本来、屋上は生徒の立ち入り禁止よ。とにかく、ダメなものはダメなんだから、出しなさいっ」

「ほんとに持ってないってばっ」


 ボディチェックされないよう、ある程度距離を置いて白々しく笑ってみる。

 今は、この鍵を渡すわけにはいかない。

 私たちの逃げ場所がひとつ、減ってしまう。


「まったく」


 邪魔そうな大きな胸の前で腕を組むと、もう一度私を睨んでから下へ向かう階段へ足を進めた。


「ホリちゃん」

「なぁに?」


 怒った顔で振り返るから、聞きたいことがすぐ口から出てこなかった。


「あの……」

「屋上のふたりのことなら、教えてあげない」

「う……」


 あっさりと拒否されて、おまけに背を向けられて、私はホリちゃんに駆け寄った。


「北原って、本当に留学しちゃうの?」

「本人に聞いたら?」

「………」

「ま、悪い話じゃないと思うし、あやのがいれば安心だしね。伊吹には、いいんじゃないのって勧めておいたわ」

「うそ……」

「嘘じゃないわよ、ホントよ」


 思わず口をついた言葉にまともに返事をされて、私は唇を噛んだ。


「そんな恨めしいカオしたって、しょうがないでしょ」

「だって」


 ホリちゃん、応援してくれてるんじゃなかったの?

 そんな意味を込めて見上げると、呆れ顔で見下ろしている。


「選ぶのは伊吹よ。ライバルたちは必死なんだから、たまにはアンタも必死になりなさいっ」


 ホリちゃんはグーの出っ張った指の関節部分で、私の額を小突くと、背を向けて降りていった。

 衝撃はなかったものの、私は鈍い痛みの残る額を押さえた。

 そして、屋上へ向かう、閉じられたドアを見つめる。

 ふたりで、何話してるんだろう。

 しばらく降りてこないって、何してるんだろう。

 もやもやした気持ちを抱えて、私はそのドアの前まで来ると、両手のひらをそっとドアに当てた。

 この向こう、階段の上の更にドアの向こうにいるふたりの気持ちを、ここから読むことができるだろうか。


「………」


 私は、ゆっくり目を閉じ、頭の中にある扉を開放する準備をした。

 大きく深呼吸をして、集中しようとするけれど、上手くいかない。

 目を開けると、ベージュ色のドアに重ねられた私の指が映る。

 こんなことしようとするから、北原に「覗け」だなんて言われるんだ。


「あー……超自己嫌悪」


 両手をドアから離して、軽くそのドアを蹴った。

 ごん、と低い音が空しく響く。

 本当に、北原はあやのさんといなくなっちゃうのかな。

 屋上で、ふたりは何してるんだろう。

 すっかりマイナス思考になった私は、後ろ髪を引かれながらもドアに背を向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ