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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
53/127

file5-4

「黙ってたって、時間はどんどん過ぎていくよ。いいのか、俺が作った爆弾で死ぬなんて、キミのプライドが許すのか?」


 この言葉で、川島くんの目つきが変わった。

 いつもの鋭い目、北原に負けないくらい冷酷な瞳。


「ちょっ、北原、何やってんのよ! アンタがやったなら、アンタが解除しなさいよ!!」


 私はいてもたってもいられず、川島くんの方を指差して北原のシャツの裾をぐいぐい引っ張った。

 だってそうだ、どーしてわざわざそんなことしなきゃなんないのよ!

 もしこれで本当に爆発しちゃったらどうするの!

 私はまだ死にたくないっ!!

 歯を食いしばって北原を見上げると、目線だけよこして腕をつかまれた。


『いいから、少し黙ってろ』


 な・に・よっ!

 強制的に腕を伝わって北原から送られてきた言葉に、反論しようにも、いつもの恐ろしく温度の感じられない視線に私は口を噤む。


「死んだら、一生恨んでやる」

「桜井が死ぬなら俺も生きてないから、恨むなんて無理だ。残念だったな」

「知らないわよっ、そんなの」


 あぁ、死に際に横に居るのが北原だなんて信じられない!

 カミサマ、どうかコイツは地獄に落としてください。

 いや、私が祈ったりしなくても、勝手に地獄に落ちそうだけどっ。


「あと、一分」


 ゆっくりとリュックを下ろした川島くんがジッパーをひらくと、中にカラフルな無数の銅線が見える。

 一度手をつけるのに躊躇ったものの、すぐに幾つもの銅線を指でかき分けていく。


「30秒」


 2メートルほど先にいる川島くんの顎から、ぽとりと床に汗が落ちるのが見えた。


「20秒」


 やだ、どうしよう。

 北原のカウントダウンは、彼のはやる気持ちに拍車をかけているに違いなかった。


「10秒」


 川島くんの手先が震えてる。

 お願い、頑張って。


「9、8、7」


 嘘でしょ、本当に私ここで死ぬの?

 冗談でしょ!


「6、5、4」

「お願い!」


 私は祈るように両手を合わせて目を閉じた。


「3、2、1」

「これだ!!」


 北原のゼロのカウントか、二本の銅線を引き抜いた川島くんの叫び声か、どちらが先だったのか、私にはわからなかった。

 私は頭を伏せて、両手で耳をふさいだ。


 ジリリリリリリリーッ!!!!!!


 目覚まし時計みたいな警告音。

 これが鳴り止んだら、爆発するの?

 それとも、もう爆破して、意識もとんじゃって、死んじゃって、天国行きの電車のベル?

 頭の中が混乱状態のうちに、ぴたりとベルが止んだ。


「俺の…勝ちだ」


 川島くんの笑みを含んだ声に、私はゆっくり顔を上げた。

 肩を揺らし、彼は勝ち誇った表情で満足そうに大きく息を吐く。

 どうやら、無事解除成功したみたいだ。

 私は、この一瞬でたまったストレスを全部吐き出すように、思いっきり深呼吸をする。


「名演技だったな」

「え?」

「それ、とっくに爆発しないようにしてあったんだけど、わかってたんだろ?」


 北原の台詞に、私だけじゃなく、川島くんも呆然としていた。

 そんな川島くんに北原はゆっくり近づくと、リュックの前にしゃがみこむ。


「確かに俺は改造したと言ったけど、本当にそうだったか?」

「何……」

「キミは俺に言われた言葉を真に受けて、本当に改造されていると思い込んだ。実際、中を開けてみると、どこが変えられてるかわからないほど巧妙な仕掛けだと判断して、あるはずのない答えを探そうとした」


 何を言われているのかわからないとでも言いたそうに、川島くんは目を大きく見開いて、平然と喋り続ける北原を見た。


「俺は何もしてない。この二本を取っただけだ」

「えぇっ!?」


 思わず大きな声を上げてしまったのは私の方だ。


「どうして、川島ほどの頭脳がありながら、こんな単純なミスをする?」

「………」

「キミが全てにおいてトップに立てない原因は、そこだ」

「!」


 激昂したのか、突然立ち上がった川島くんの顔が歪み、握り締めた拳が震えている。

 と、勢いよく中庭を飛び出し、走り出した。


「追うぞ」

「え、や、あ、ちょ、ちょっと! 待ってよ!!」


 遠くなる川島くんの小さい背中は、またあの深い海へと向かっていくようで。

 届きそうで届かない彼の心の中。

 そこまで追い詰めていく北原のことが、やっぱり信じられない!

 階段を駆け上がり始めると、ただでさえ持久力のない私に、抱えきれなくなって川島くんから溢れ出した苦しいや悲しみが覆いかぶさってくる。

 二人から遅れて四階まで来ると、屋上へ続く階段が隠されているドアが開けられていた。

 いつもなら、鍵がかけてあるはずなのに。

 川島くんの感情を辿って、私はその階段を上がった。

 開け放たれた屋上のドアを抜けると、夕日が近くにあるディスカウントショップの向こうに沈んでいくのが見える。

 いつも、生徒を拒んでいるこの場所には、何もない。

 屋上は生徒が上れるよう作られていなくて、そこから空へ飛ぼうとするものを拒まない。

 つまり、柵だのフェンスだの、転落防止になるものが何もないのだ。


「来るなっ!!」


 膝くらいの高さの縁に上った川島くんが、歩み寄る北原に叫んだ。


「飛び降りて、あいつらの見世物になるか?」


 ここまできても、冷たい物言いしかできない北原にやっと追いついて、何度も大きく呼吸を繰り返す。

 逆光になってよく見えない川島くんの向こうに、避難して集まってる生徒たちが見えた。

 そうだ、あの、川島くんの中で見た景色みたいに、群れを成している生徒たちが。


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