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Don't Touch!  作者: 鳴海 葵
Lesson2
52/127

file5-3

 この際、ホリちゃんに絶交されたってかまわない。

 そう思って、川島くんが爆破を実行するということをメールで送った。

 そして、昨日のうちにホリちゃん経由で北原にもこのことを伝えてもらった。

 本日の作戦は、ホリちゃんは朝から中庭の、北原は川島くんの見張り役。

 肝心の私はふたりから補習をきっちり受けるよう説得されて、いつも通りに補習&追加授業も終了。

 何かが起こりそうになったらメールでお知らせしてもらうことになってたんだけど。


「何も、起きない?」


 カバンにペンケースをしまいながら、ぼんやりと思う。

 昨日の説得にもならないような私の言葉、もしかして受け入れてくれたのかな。

 だったらいいんだけど。

 ホリちゃんと北原で解決してくれてたら尚更うれしいんだけどなぁ。

 カバンを手に立ち上がると、うしろのドアに寄りかかって腕を組んでいる北原がいた。


「やっぱり、ただの予告にすぎなかったのかな」


 北原がここにいるってことは、川島くんにも動きがないことだと勝手に理解した私がそういうと、北原は目を細めて首を横に振った。


「誰かさんを待ってたみたいに、今動き出したよ」

「えっ、うそっ!?」

「嘘じゃない。早く来いよ」


 そのとき、警報機が一斉に鳴り響いた。


『ただ今、一階中庭付近で火災が起きています。みなさん落ち着いて速やかにグラウンドへ避難してください』


「えぇーっ!?」


 間に合わなかった!?

 だけど、爆発音なんかしなかったし、火災だなんて。

 半信半疑の生徒たちをよそに、現れた先生方が真剣な面持で彼らを誘導していく。

 私は不安になって北原の顔を見上げた。


「今の放送の声、誰だかわかるだろ?」

「へ?」


『生徒のみなさんは、落ち着いてグラウンドへ避難してください』


 状況を伝えるには、あまりにも冷静で……なんだかちょっと楽しそうで!?

 イタズラ大好き、なんて今にも言いそうな、聞きなれた女性の声。


「……ホリちゃん!?」


 おそらく、こっちの校舎に残っているのはわずかで、あとは部活動で残っている生徒と別棟で特別講習を受けてるトップクラス組が避難するには五分もかからないだろう。


「だけど、どうして」

「念のため」


 特に焦った様子もなく、いつもの淡々とした表情で北原は言うと、中庭に向かって歩き出した。

 中庭に面した窓ガラスから外を見ても、火も煙も見えないんだけど。

 三階分の階段を北原の後ろについて駆け下りると、私は北原を追い越して中庭へ走った。

 廊下にはガラスが飛び散るでもなく、静かで、向こうには植物の緑が見える。


「……?」


 乱れた息で大きく肩を揺らしたまま、私が中庭のガラスのドアまでたどり着くと、そこには昨日と違う顔で空を見上げる川島くんがいた。

 まるでこの箱庭から飛び出したいと願うサナギみたい。

 四角く青い天井を恨めしそうに眺めている。


「だ、……大丈、夫?」


 私の声にびくりと体を震わせると、一変し、鋭い眼差しでこっちを向いた。


「のこのこ来やがって。やっぱり馬鹿だな」


 彼の声に、昨日までの勢いがない。

 背中に重そうな黒い大きなリュックを背負って、その体をゆっくり動かした。


「逃げろよ。あと五分だ」


 その睨む瞳が赤く潤んでる。


「この中に、学校全部がぶっ飛ぶ量の爆薬が仕込んである。俺も、この学校も、オマエラもみんな、一緒に死ぬんだ」


 えぇっ!?

 学校全部がぶっ飛ぶって……。

 絶句した私がよろめくと、後ろにいた北原が腕をつかんでくれる。


「早くしないと、俺たちみんな同じ命日だな」


 耳元でそんなことを言う北原を、私はぎょっとして振り返る。

 冗談じゃない!

 だけど、北原の笑みを含んだ表情はどこかこのことを楽しんでいるようにしか見えないから、尚更腹が立つ。

 私は北原がつかんだ手を振り払って川島くんに向き直った。


「みんな一緒に死んじゃったら、意味ないじゃない」

「う、うるせぇ」


 おもいきって数歩川島くんに近づくと、彼の緊張感が伝わってくる。

 それに私自身の緊張と、夕方のこもった中庭の暑さとで、額に汗が浮かぶ。

 あと2分、川島くんを説得して、彼のリュックをここに捨てて逃げればいい。

 彼の作った背にある爆弾が、本当にそれだけの威力があるのかわからないけど、3分でもっと離れた所へ逃げればいい。

 大丈夫、大丈夫だ。

 私は一度大きく深呼吸し、口を開こうとした。


「何を期待した?」


 せっかく昨日眠れずに考えた台詞を北原に遮られて、私は振り返った。


「俺たちに何を期待してる?」


 期待? どういうことかわからずに川島くんを見ると、唇をかんで北原を睨んでいる。


「わざとらしく桜井に予告して、朝からこそこそ中庭に置かれたそれを、俺がどうにかするだろうって予想してたんだろ?」

「え!?」


 なにそれ!

 私は睨み合ってる北原と川島くんを交互に見つめ、首をかしげた。

 頭がいい人たちが考えることに、私は開いた口が塞がらない。


「ってことは、爆発しないってこと?」


 思わず肩の力が抜ける。

 じゃあ、すでに北原が川島くんが背負ってる爆弾、爆発しないようにしてくれたってことなの?

 川島くんがそんなことをわざわざしたワケは気になるけど、そういうことなら早く言ってよね。

 腕を組んで北原を睨むと、楽しそうに笑う。


「そんなこと、誰も言ってないだろ」

「え……」

「意図的に仕掛けられたことに、のうのうとはまるなんて馬鹿な演技はしたくない。それに、面白くない」

「ち、ちょっと待ってよ」

「それに、俺は学校なんて組織は嫌いだし、勉強だって好きなわけじゃない。なにより集団行動とか、みんな仲良し社会は嫌いだから、べつに爆破されたってかまわないしな」

「あの、何言ってんの」


 少しだけうつむいて、嫌な微笑みをする北原。

 それを見て顔をしかめる私。

 みるみる顔から血の気が引いて青くなる川島くん。

 腕時計をチェックし、挑むような目で北原は川島くんを見つめた。


「川島の計算だと、爆破まであと3分ちょっとか」


 そう言いながらズボンのポケットを探ると、中から出てきたのは、二本の千切れた赤と黒の銅線。

 川島くんは驚きと動揺を隠せない表情で、愕然と北原の手の中にある銅線を見た。


「そ…それは……」

「そ、キミが仕掛けたはずの本命だ。まぁ、どれだけ俺のこと馬鹿にしてるんだか、単純な回路でね。つまんないから改造してやったよ」

「なっ」

「爆破時間は同じ。川島なら解除することができると思うけど? どうする?」


 えぇーっ!?

 ち、ちょっと、北原、正気なの!?


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