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「しおり、しばらく超能力使用禁止ね!!」
ちょっとだけ、まだ貧血状態みたいな私は、ダルい体をソファに投げ出して座っていた。
仁王立ちで私を見下ろすホリちゃんは、今日はどういうわけだか真剣に怒ってる。
一ヶ月前は、ずいぶん面白がっていたくせに。
ビンタと怒られる理由に納得できず、私は恨めしくホリちゃんを見上げた。
まぁ、オンナだもの、たまには意味なくイラつくときもあるよね。
ホリちゃんは、ふぅと大きな溜息をついてイスに座ると、長くキレイな足を組んだ。
その向こうでは、出窓に北原が浅く腰掛けている。
「んー……」
口を開いて「うん」のうの字すら声に出すのが面倒くさい。
「しおり、アンタ、職員会議で一度精密検査させようって議題にあがったのよ。適当にそれっぽい病名挙げてごまかしといたけど。このままじゃ、本当に進級できないわよ」
「んぁー……」
そんなことないよー。
って言いたかった。っていうか、言ったつもり。
体温が徐々に戻ってくると、やっぱり保健室の空調が心地よい。
全力疾走でフルマラソンしたみたいな、ぐったりした体は睡眠という名の休息をを欲してる。
どうせ私は厄介モノだもん。
進級できなくてはじかれたって、悲しむのは両親くらいで。
……うーん、それはそれで、良くないよね。
今の私の瞳、きっと鏡を見たら、あの海の中で死んだ目をした川島くんと同じ気がする。
私が今まで見てきた川島くんとはまるで別人。
だけど、たぶん、彼のずっと奥底にある場所に、私は触れてしまったんじゃないかと思う。
「川島くんのことは、私からも先生たちに話してみるわ。だからもう、しおりは補習に集中しなさい」
「………」
できることならそうしたい。
本当に先生たちに任せることができるなら、そうしたい。
だけど、いじめに大人が介入したって解決しないし、そんな面倒なことをやろうなんて思う他人がどこにいる?
いつだって、なんだって、一大事が起きないと動き出さない。
「都子」
なによ、とホリちゃんは北原を振り返った。
「アイツ、たぶん本気だよ」
「何が」
「さすがにこの学校すべてを一気にぶっとばすような爆弾は無理だとしても、それなりの殺傷力を持ったものを作るのは簡単だ」
「まさか」
「守るものがない俺たちにとって、常識も非常識もない。暴走し始めれば、誰も止められないよ」
淡々と語る北原に、ホリちゃんはぐっと口をつぐんだ。
私たちは従順であり、凶暴、故に取り扱い注意。
ひとつ間違うと、ペットは平気で飼い主に牙を剥くんだ。
珍しく北原の言葉に同意して、私はゆっくりと頷いた。
「じゃあ、ふたりに何かできるっていうの?」
腕を組み目を細めて、ホリちゃんは私と北原を交互に睨んだ。
「少なくとも、俺も桜井も、先生方よりアイツに近い。それに」
北原の視線が私にぶつかってきて、思わず瞬きをする。
「桜井なら、川島の気持ちをわかってやれるんじゃないのか」
「………」
時々、私よりも北原のほうがずっと、人のココロを読めるんじゃないかと思ってしまう。
北原の言うとおり、私は川島くんに自分と同じものを感じている。
もしかしたら、北原も私と同じことを考えているのかもしれない。
周りに受け入れられないことが怖くて、自分を貫き通すだけの強さを持っていない私。
徹底的に流されない強さを持ち、孤独の中にいながらも、自分を確立してる北原。
その、真ん中に川島くんがいるような気がする。
YESの返事をしたくても、どうにも力が入らない私を見て、ホリちゃんはますます顔をしかめた。
「とーにーかーく! 私を心配させないでよ、ふたりとも」
いつもより目尻がきりりと上がる。
「わかってる? アンタたち、つい三日前に死にかけたのよ」
そうなのだ。
タイミングが悪ければ、もしかしたら、ふたりともあの世行きだったんだよね。
先生たちの中でも、まともに心配してくれたのは、たぶんホリちゃんだけだろう。
少し、だけど、いつも大口開けて笑ってるホリちゃんが、これだけ険しい顔になる理由がわかってきた。
「しおり、もう、今度こんなふうに倒れたら……」
目を吊り上げたまま、ホリちゃんは私の前までやってきた。
「絶交だからね」
べちん、と保健室中に響くような音をたてて、右手の人差し指で私の額をはじいた。
「いっ……!」
ビンタの次はデコピンですか!
すぐに手でおでこを押さえたいのに、その力さえ入らず、私は泣きそうになりながらうつむいた。
っていうかさぁ、絶交って。
今時、小学生でもそんな言い方しなくない?
顔をあげたら、いつもの調子で笑ってると思ったのに、今日のホリちゃんは笑ってなかった。
「わかり…ました……」
なんとか声を絞って返事をすると、怒った顔のホリちゃんの向こうで、北原がまた右の口角だけ上げて、目を細めて笑ってた。




