■少女革命 ~ Queen Alice
「なになに? またなんか悪知恵思いついた?」
とミドリーに茶化されたが、有里朱はそれに動じず真面目な顔でさらにこう語る。
「この学校はさ。今混乱していて、いずれ生徒同士の疑心暗鬼はもっと酷くなると思うの。おまけに廃校の問題で先生たちもピリピリしている。いじめを完全に根絶するどころか、みんな自分たちのことで手一杯になって弱い者を虐げる空気が蔓延していくんじゃないかな」
「ですよねー。わたしのクラスでも、不穏な空気があって、いじめみたいなことがあっても見て見ぬ振りってのが横行しています。一組でのわたしのいじめが、ほとんどなかったことにされてるのが悔しいですね」
央佳ちゃんが有里朱の意見に賛同する。それは彼女の経験から、しみじみと感じるものがあるからだろう。人の心なんて不安定なもので、同情なんて一瞬で覆る。所詮、皆自分が一番かわいいのだから。
「それで? アリスは答えを見つけたのかい?」
プレさんはどっしり構えるように、腕を組みながら有里朱の目を見る。
「うん。対処療法的に少しずつ変えていこうなんて所詮、無理なことなの」
「けど、あっちゃん。小さないじめを見逃していると、それは取り返しの付かないことになる場合もあるよ」
かなめが切々とそれを訴える。彼女は基本的に真面目だから、そういう考えに行き着くのかもしれない。
「わかってる。だからね。わたしは世界を変えるの」
「世界?」
ナナリーが驚いたように声を上げる。
「わたしは新世界の神となる!」
「おい!」
ミドリーにツッコミを入れられる有里朱。いくら共有した知識にあるとはいえ、その元ネタのマンガ、読んだことないだろうに。
「ちょ……アリリン。あんたも中二病発症したの!?」
ほら、ミドリーが本気にしてる。ってか、あの台詞はどう聞いても中二病だわ。
「てへっ」
有里朱が無理矢理「てへぺろ」のギャグをやろうとして、若干滑ってる感じはあるが、かなめやプレさんは生暖かくそれを受け入れてくれるだろう。他の奴は知らんが。
「神様はたしかに半分冗談だけど、冗談でもない部分もあるの」
有里朱が補足するように、話を続ける。
「どういうことだ?」
とプレさんが若干口元を緩める。もしかしたら、彼女にはもう有里朱の考えが理解できているのかもしれない。
「ここはとっても小さな小さな女子高という閉じた世界。けど、この世界は根本的なことからひっくり返さないと変わることはできない」
「でも、教師でもない私たちに何ができるの?」
かなめの意見はたしかに間違っていない。一生徒にできることなど、たかがしれている。けど、立場とやり方によっては最適解があることに彼女は気付いていなかった。
「九月の終わりに生徒会の選挙があるでしょ? わたしはそこで生徒会長に立候補するの」
「生徒会長?」
「生徒会長って?」
「マジっすか?」
「会長に立候補?」
プレさん以外の全員がその言葉に反応する。というか、予想外だと言いたげに皆驚いていた。
「公約として、校則で禁止になった校内へのスマホの持ち込み……これを撤回させる。これだけでもかなりの票を取れるんじゃない?」
「生徒会長はともかく、スマホを取り戻すのは無理だって、ただでさえ問題を起こす生徒が多すぎて、学校だってそんな危険なものを許すはずがない。一度決めたことは覆さないと思うよ、うちの学校は」
ミドリーは悲観的にそう応える。
「だからさ、正しい使い方を知らないからこそ取り上げられたの。生徒会長になったら理事長と話し合いの場を設けることができるのよ。その時に交渉する」
「どうやって?」
かなめもそれに食いついてくる。
「ネットの怖さを皆が知り、ネットの重要性を知らせることこそ教育には必要だということをね。そもそも、スマホを取り上げられた最中に流山さんたちの事件は起きたんだよ。スマホと事件は無関係だって学校側だってわかってるはず」
「本当に交渉できるの?」
そのかなめの問いかけに有里朱は涼しい顔でこう答える。
「生徒たちを管理できるアプリを、全生徒のスマホにインストールするの」
「そんなの生徒達や親が納得するわけないよ!」
とミドリーが反発した。
「管理といっても、位置情報とネットのフィルタリング、そしてSNSの書き込みなんかの監視だよ。親としたらありがたいんじゃない? 子供が今どこにいるかの確認ができて、有害な情報をシャットダウンできて、他人を傷つけるような発言を抑止できるんだから」
「けど、親はともかく生徒達の方は反対する子も出てくるんじゃない?」
それは至極真っ当な意見でもある。管理されたがることをウザがる子供はいても、それを喜んで受け入れる子供はいないだろう
「監視といっても、直接誰かが見張るわけじゃない。プログラムによる自動フィルタリングだよ」
「あっちゃん。けど、生徒側に何かメリットがないと、やっぱり反対されるってオチにならない?」
と、かなめの意見。
「生徒側にも便利な機能を実装するよ。例えば自分が今いる位置から、行きたい場所の情報も簡単に手に入るようにするの。乗り換え案内とか近辺のイベント情報とか、安売り情報とか。あとは、待ち合わせした時に相手がどこにいるかってのをね。そもそも、スマホのGPS機能をわざわざ切っている人は少ないでしょ?」
「まあ、たしかに」
と頷いていたのは反発したミドリー本人だった。
「それと、ファッションや芸能関係や今流行りの情報を見やすく収集できたり、既読機能を排除したメッセージアプリとかね。LINFの問題点をなくして、より使い易いツールを生徒に使わせる。生徒の中には『LINF疲れ』を起こしている子はたくさんいるよ。それを学校主導で変えられれば、生徒たちだって友達に気を遣う必要はない」
「そうだね。『だって学校側がそのアプリを使えって言ってるんだもん』って言い訳できるか」
ミドリーは納得する。
「たしかに使い易いアプリだったら七璃は興味あるかなぁ」
「そうですね。わたしも、いくつもアプリを起動するくらいなら、一つでいろいろ出来た方がいいし」
ナナリーと央佳ちゃんもわりと好意的に興味を示してきた。
「そのアプリはどこに発注するのだ? 学校側だって余計な金は使いたくないはず」
現実的なプレさんが、一番の問題点であろう部分を指摘する。だが、それはすでに解決済みだった。
「実はわたし……っていうかロリスちゃんと孝允さんと千葉さんのlacieプロジェクトで今作っている最中なの。基本的な動作は、位置情報とフィルタリングと書き込みでの特定の文字列を弾くだけのプログラムだから、それほど苦労はしないみたい。メッセージアプリはもともと千葉さんが作りかけていたものがあるらしいの」
プレさんがわずかに目を細める。彼女の鋭い視線は有里朱の真意を問いただしたいのだろう。
「気付いているか? アリス。一歩間違えば監視社会になるぞ。キミはこれが正義だと思っているのか?」
「正義なんてないし、正しい答えなんてないよ。そうでしょ?」
有里朱はプレさんの言葉をさらりと受け流す。すでに彼女の中では想定していた質問なのだろう。
「じゃあキミは、どうしてこんなことをやろうとしている?」
「トライアルアンドエラー。正義じゃなくて試行だよ。失敗を恐れずに進むだけ。現状維持では何も変わらない。だからこその強攻策」
もう有里朱の顔には昔のような迷いはなかった。
「なるほどね。キミの考えはわかった。けど、自由を求める生徒たちからの反発があるはずだ。それにどんな対処をするんだ?」
「生徒たちは学校に自由なんて求めていないよ」
有里朱はそう言い切る。
ほとんどの人間は実のところ自由など求めていない。この元ネタは精神科医のフロイトの言葉だ。
「そうだな。ある程度の束縛がないと、生徒達自身が責任を負わなければならない。面倒なことは学校に押し付ければいい、という考えは親も子供も共通することか」
プレさんもわかっていて、あえてそれを質問したのだろう。
自由は責任を意味する。だからこそ大抵の人間は自由を恐れる。この言葉はアイルランドの作家ジョージ・バーナード・ショーが言ったものだ。
とにかく、人は自由に憧れるが、結局は居心地の良さを目指して束縛されることを願う。だから上辺の反発など無視しても平気だということだろう。
「そういうこと。それにね、これは廃校を回避する起死回生の秘策だよ」
「なるほど、そのアプリが正式に採用されれば学校側としては失墜した信頼を回復するのにちょうどよい宣伝材料になる。スマホをあえて持たせることで、生徒を安全に見守れるということを保護者にアピールできるわけだ」
最優先の目的は廃校の阻止。そこはすでにプレさんも理解はしているのだろう。
「廃校になるんじゃないかって焦っている学校側としては、何としても手に入れたいアイデアでしょ?」
「そうだな。だが、それだけで本当に学校がよくなるわけじゃないだろ。所詮ソフトウェアなど使う人間次第だ」
相変わらずプレさんは現実的で手厳しい。
「もちろん、こんなことで廃校が阻止できるわけじゃない。いじめが根絶できるとは思わない。けど、やらないよりはマシでしょ? あと、アプリはこの小さな世界を変えるための方法の一つにすぎないから」
「キミの頭の中には、まだまだたくさんのアイディアが詰まっているようだな」
プレさんは自分の頭を指で差すようにしてニヤリと笑った。
「だからわたしが生徒会長となって、その主導で一気に学校の空気を変える。同調圧力型のいじめは、第三者が恐怖で支配するか、空気そのものを変えるしか手がないんだよ」
「ボクみたいに、周りの評価なんか無視するって手もあるけどね」
それはプレさんらしい意見。ただ、誰もがそんな生き方はできない。
「せっかくの高校生活なんだから、みんなで楽しく過ごしたいじゃない? だから恐怖で支配するんじゃなくて、世界そのものをひっくり返すの」
「そのためにあっちゃんは戦うわけね。すごいな……そんなこと考えてたなんて」
かなめに感心されてしまった。昔の有里朱を知っている人間なら、彼女が生徒会長へと立候補するなんて考えられないだろう。
「わたしが無力で孤独で、何も考えられないほど沈んでいたのなら、おとなしく逃げるだけだった。でもさ、今のわたしには戦える力があるの。信頼できるみんながいるの。現状を打破できる知恵があるの!」
「わかったよ。あっちゃん。私にできることなら協力する」
かなめが有里朱の右手を優しく掴む。これは無条件で有里朱を信じて協力してくれるということだ。
「うん、七璃も協力するよ」
その有里朱とかなめの右手を両手で覆うように掴むナナリー。
「あたしもアリリンのその企みにのるよ」
ミドリーもそこに手を重ねてきた。「企み」とか言うと、よくない計画みたいじゃないか。まあ、相変わらずである。
「面白そうだから、わたしもアリスセンパイに協力します」
さらに央佳ちゃんも同様に手を乗せ、五人の手がそこに重なった。
「プレさんはどうするの?」
有里朱のその問いかけに、彼女は苦笑して手を重ねてくる。
「こういうノリは得意じゃないけど、そうだな……たまになら悪くはない」
こうして六人の心も重なっていく。皆の協力が得られた今、大事なのは行動力だ。
有里朱は自身を奮い立たせるために、あえてこう告げる。
「わたしはわたしたちの居場所を守る為に、この小さな世界を革命することを誓うわ!」
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次回 最終話「一歩を踏み出すためのエピローグ」
彼女が願うのは優しい世界
明日1/5 投稿予定




