私はお姉様の事を何も知らなかった。
私はアリス・ワイズマン。
次期ワイズマン公爵という立場にある。私には、お姉様がいた。
セラフィナ・ワイズマンという名のそのお姉様の事を私は知っているつもりで、全然何も知らなかった。何も、本当に知らなかった。
私はお姉様は冷たい人で、優しいお父様の手を煩わせる困った人だと思っていた。お姉様が何故そうであったかも知らなかった。私がどれだけお父様に愛されて、甘やかされて生きていたかも知らなかった。
私はお姉様をどうにかして、家族仲良くしたいなんて的外れな事を考えていた。そんな事実なかったのに。
私はお父様が何をしていたかも知らなくて。お父様の言葉だけを鵜呑みにしていた。お姉様が疎まれる理由も、ただお父様の事を信じ切っていた。
私の視野が狭すぎた。
だから、私が婚約者に婚約破棄をされたのも仕方がない事だった。視野がこれだけ狭くて、冤罪を人にかけてしまうような私が王族の妃になんてなるわけにはいかない。
私はお姉様に冤罪をかけ、高位魔獣との契約者であったお姉様が国外に出ていく原因になったとして学園で非難の目を向けられている。それは私の側にいた友人たちもそういう立場にある。
学園をやめるという選択肢もあったけれど、そんなこと私はしないと決めた。だってこの状況は私の自業自得でしかない。ただ、私が思い込んでお姉様にひどい事をしてしまって。そのせいなのだから、受け入れる。
この国ではお姉様を連れ戻そうとしている。でも私は……それに賛成出来ない。私は散々お姉様にひどい事をしてしまった。お姉様を追い詰めてしまった。……最後に見たお姉様は、とてもきれいな笑みを浮かべていた。あの契約獣と一緒に居れる事が嬉しくて仕方がないとそんな風に笑っていた。あの笑みをお姉様から引き出せるのはあの高位魔獣だけで。私はお姉様と同じ女だからこそ、あの笑みを見て思ったのだ。お姉様は、女性としてあの高位魔獣の方が好きなのだと。
だからこそ……この国の連れ戻して王族と結婚させ、お姉様と高位魔獣に鎖をつけようとするのには反対する。私はお姉様を散々傷つけて、お姉様にひどい事をした。けど、私はお姉様に幸せになってほしいと思う。
お姉様の幸せはあの高位魔獣の側にある。それがわかるからこそ、私には力なんてないけれど、持てる力を持って、お姉様を連れ戻す計画には反対しようと思うのだ。本当はお姉様に謝りたいけれど、私になんてお姉様は会いたくないだろうから、遠くからお姉様の幸せを願いたいと思う。
あの高位魔獣も、お姉様を大切にしているのはわかった。じゃなきゃ、あんな場に飛び込んでこない。お姉様を大切にしているからこそ、お姉様を連れだした。
お姉様が頑張れば、あの高位魔獣はお姉様を愛してくれると思う。種族が違うのに愛し合う関係って、何だかとても素敵だと思う。私は漠然と王子様に憧れを抱いていて、婚約者だった王子様に憧れていた。だけど、それはお姉様の抱いているような愛ではないのだと思う。私はただ憧れていただけで、それは恋ではない。……私も、お姉様みたいに、愛を知りたいなと思う。
私は子供で、人から聞かされた事を信じつづけて、全然駄目だったけれど。でもこの失敗を糧に私はこれからがんばろうと思うのだ。私は高位魔獣とその契約者を他国にやってしまった原因であるから、もっと重い処罰をされても仕方がなかったけれど、やり直す事をこの国は認めてくれた。
だから頑張る。
立派な公爵になれるように、勉強をする。愛を知って、愛する人と結婚を出来ればしたいけど、貴族としてそれは難しいかもしれない。どちらにせよ、私は結婚して子供は産まなければならない。今回の件で私と結婚してくれるような人を探すのも大変かもしれないけれど、私は頑張らなければならない。
お姉様を連れ戻す計画をどうにか阻止できるぐらいには強くなりたいと思う。例えばお姉様が連れ戻された時でも、お姉様を守れるようになりたいと思う。
と、そんな風に思っていたのだけど、私はお姉様の噂を聞いてお姉様は私に守られるほど弱くないのだと理解した。
『雷虎を連れた氷の魔女』と、お姉様は現在呼ばれているらしい。この国からの戻ってくるようにとやってきた使者を軽くあしらって、あの高位魔獣と共に消えたらしい。お姉様は、魔法の腕も凄いらしい。私は全然そんなことも知らなかった。
魔法の腕が凄いお姉様と、圧倒的な力を持つ高位魔獣。
その一人と一匹が揃っているのだから、お姉様がこの国に戻ってくる事はないだろう。この国の上層部はあきらめてなんてないみたいだけど、まず普通に考えてお姉様がこの国に戻ってくることはない。お姉様、しばらくの間我慢してください。私が、もっと力をつけられたらお姉様に追手をやる計画をなくしてみせます!! とそれを私は決意する。
その決意も、また無意味なものに後々なってしまうわけだけど……。




