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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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3.もうひとつの番

 馬車で半日ほど走り、帝都の関所近くの屋敷に乗り付けた。話が通っているのか、ナイドンが見せた手紙の封蝋で門番は門の鍵を開ける。ヤーナは屋敷の紋章を見て、グルベンキアン公爵家だと気づいた。

 正門玄関から招かれたヤーナたちは、出迎えたグルベンキアン公爵と挨拶を交わす。


「久しぶりだな。ナイドン」


「急にすまない」


「俺とお前の仲だ。構わないさ」


「ヤーナ様。お気づきのことと思いますが、グルベンキアン公爵当主のザービスです」


「おいおい。呼び捨てか?」


「お前の(げん)だ」


「まあいい。ザービスと気軽にしてくれ」


「ヤーナ・マクガレーと……ヤーナ・ファルコと申します」


 婚約者ではあったが、番同士なら結婚しないという選択肢が無いためアンダルト帝国ではヤーナは、マクガレー公爵の姓を名乗っていた。五年間、ずっとそうしてきた。それは帝国で後ろ楯の無いヤーナを守る盾でもある。それが無いのだとヤーナは、まざまざと実感した。


「ヤーナ嬢と呼んでもいいかな?」


「はい。ザービス卿」


「大した持て成しはできないが、ゆっくりしてくれ。妻は同じ人族だから話が合うかもしれないな」


 陽当たりの良い客間に通されて、ヤーナは一息ついた。考えないようにしても思い出されるのが、番の破棄の言葉だ。獣人族の中でも、番を見つけたから婚約破棄や離婚もあり得るが、番を見つけたから番の破棄ということはあり得なかった。


「うっ、……うっ」


 かける言葉を探しては、口を閉じるしかないシュリナはヤーナの背中を優しく撫でる。心の整理がつくかもわからない辛さをヤーナは、抱えなければならない。

 検問を通る手続きや食料や宿の手配が必要になる。そんな必要なことをする時間すら取らせないローベルトにナイドンたちは静かに怒りを向けていた。


――コン、コンコンコン


「見て参ります」


 控えめに叩かれたドアを開けると、当主夫人が優しく微笑みながら立っていた。先触れも侍女もつけていないことで焦ったのは、対応したエルザだ。


「ごめんなさいね。でも、今じゃないと駄目な気がしたの」


「あっ、わたくしは……」


「挨拶よりも、大切なことがあるのよ」


 立ち上がって挨拶をしようとしたヤーナを再び座らせる。シュリナはエルザの隣に控えて当主夫人の動向を見守った。

 優しく微笑んだ夫人はヤーナにハンカチを渡した。


「大切な、ことですか?」


「そう。貴女が泣くこと。泣いて泣いて涙が枯れるまで泣いて、そして決めること。彼を恨むか、それともまた愛するか」


「恨む、愛する」


「今は決めては駄目よ。まだ貴女の涙が枯れていないから」


 ヤーナは刺繍のされたハンカチを見つめて、言われたことをじっくりと考える。しばらく見つめていたヤーナの目からは静かに涙が零れ落ちた。我慢しない涙は止まることを知らず、ゆっくりとハンカチを濡らす。


「……わたくしも貴女と同じよ。旦那様に見初められて帝国に来たわ。今の貴女より少し年上だったけど、侍女も付けずに身一つで嫁ぐことになった。三十年前ね。結婚してから人族の方と話したのは、今日が初めてよ」


「えっ? ご家族の方は」


「会っていないわ。手紙も何一つ。だって、全て確認されるのよ。いくら親戚でも秘密にしなければならないことはあるわ。それが国が違えば特にね」


「…………」


「わたくしたち人族には分からない、番だからという理由。番だから誘拐しても許されるのが、この帝国よ。さあ、暗い話は終わりにして、庭でお茶でもしましょう。花が見頃なのよ」


 当主夫人はエルザとシュリナにヤーナの身仕度を指示した。本来は他家の使用人に命じる権限は無いが、ヤーナのためを思ってのことだと分かる優しさがあり、二人はヤーナの顔を洗うための湯を貰いに行く。


「あとで、迎えを寄越すわ」


「ありがとうございます」


「また、あとでね」


 あとでという言葉通りに一時間後に当主夫人付きの侍女が呼びに来た。テーブルには小さなケーキや軽食が用意されていて匂いで食欲を刺激される。ナイドンたちは少しだけ離れたところにテーブルがあり、会話が微かに聞こえるくらいの配慮になっていた。


「改めまして、わたくしは、ミアナ・グルベンキアン」


「わたくしは、ヤーナ・ファルコと申します」


「ファルコ男爵の令嬢なのね。そう。懐かしいわね」


「父か母をご存知なのですか?」


「そうね。お父様がわたくしの兄の部下……になるのかしら。わたくしの実家は、ジリタニス侯爵家だから」


 ジリタニス侯爵家は、外交部の長でヤーナの父は、部下に当たった。外交部の仕事として他国の要人がビリワナ王国へ来たときに王城に入る前の休憩所として屋敷に招くことがある。ヤーナの実家のファルコ男爵家もその一つだ。

 五年前に外交に来たローベルトが男爵令嬢のヤーナを番だと認定して手続きも踏まずに帝国に連れ帰れたのは、出会う機会があったからだ。


「ここにいる間は、わたくしのことをミアナと呼び捨てにして欲しいわ」


「それは……」


「不敬だなんて言わないわ。それに帝国に来てから気さくに話せるお友達もいなかったの。だから、ね?」


「それでは、ミアナとお呼びします」


「嬉しいわ。ヤーナ」


 ビリワナ王国で流行っていた物の話をしていると、時間はあっという間に過ぎた。年が違っても同じ王国の話題となると、つい語りすぎてしまう。それは夕飯の時刻になるまで続いた。ヤーナとミアナの分は、いらないと事前にナイドンが連絡をしていたため、湯浴みをして寝るだけとなる。


「本当に楽しかったわ。こんなに楽しかったのは、いつぶりかしら」


「わたくしも、です。ローベルト様は、わたくしがビリワナ王国の話をするのを嫌がりますので」


「あら。同じね。夫もよ。何でも男の影が嫌なんですって」


「男の影?」


「ふふ、家族でも番が男の話をするのが許せないそうよ。貴女の婚約者もそうだったのでしょうね」


 ミアナは、朗らかに笑っているが、目には憎悪を浮かべていた。ヤーナは気づかなかったが、ナイドンは、その視線の意味に心当たりがあった。だから、立ち寄り先として、グルベンキアン公爵家を選んだ。

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