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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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28.手のひらの人形

 今まで決定的な発言を避けてきた国王が何を言うのかフリジットだけでなく、貴族たちも興味を示した。いつも宰相に代弁させていて、旗色が悪くなれば撤回させるという日和見政策を繰り広げてきた国王が自分の口で語るのだからフリジットでなくとも気になる。


「フリジットよ」


「何でございましょう? ビリワナ王国国王陛下」


「今まで、国同士の決め事を守り、そなたを王女として扱ってきた。しかし、そなたは決め事が守られていないとタルルダ王国に申告した。その内容に嘘偽りがないと申すか?」


「嘘偽りは書いてないわ。ただ、バンプリス公爵夫妻が、わざわざジリタニス侯爵領に来られるから、おちおち出歩けもしない、とだけ」


 戦争にならないための取り決めは多岐に渡り、全て覚えている貴族はいない。当事者であるフリジットでも覚えていない項目は多い。それでも大きなことは忘れない。


「抗議を受けるようなことではない。ジョルジオを王太子から公爵とした。その際に王家直轄領を割譲せず、領地を持たぬ公爵であるから、この国のどこに足を運ぼうと問題ではない。蟄居は取り決めにも無かったはずよ」


「バンプリス公爵夫妻は、ジリタニス侯爵夫妻に関わることを禁ずる。別に偶然すれ違うことまで禁止するつもりはないのよ。でも、わざわざ目の前に馬車を横付けして、挨拶してくるの。これを故意にしていると言わずに何と言えば良いのか。教えてくださる?」


 王都ですれ違うことなら他の貴族でもあり得ることだから仕方ないとも言える。そのときには互いに見なかったことにすれば良いのだ。フリジットも偶然起こり得ることで抗議するつもりはない。バンプリス公爵夫妻の特にルディミはフリジットを見下す発言をわざわざ言いに来る始末だ。


「それと、何度も見ないふりをしたのよ? でも、偶然というには難しくて、そう思われますでしょ? 皆様」


「確かに」


「馬車から降りてジリタニス侯爵夫人に声をかけている姿を見たな」


「ジリタニス侯爵夫人をお茶会に呼んでも来ないことが不満だと妻が聞いたと言っていたな」


 バンプリス公爵夫人がフリジットのことを敵視していることは貴族の中では有名な話だ。ルディミはフリジットがジョルジオの婚約者で無くなったのに、わざわざジリタニス侯爵家に嫁いでまでビリワナ王国に残ったのは、ジョルジオに気があるからだと思い込んでいた。


「国同士での取り決めから、ずっとでしたのよ。バンプリス公爵夫妻のことを自由にさせるのは、タルルダ王国に宣戦布告をしているのかと疑ってしまいましたわ。そのせいで、叔父様が怒って大変でしたの」


「ジリタニス侯爵夫人の叔父様というと」


「クラナスト辺境伯ではなかったか? タルルダ王国の王弟の」


「ええ。軍に所属していたときは八面六臂の活躍だったそうよ。うふふ」


 クラナスト辺境伯が挙兵しようと、軍事演習を繰り返していたことは覚えている貴族は多い。国王は息子可愛さにフリジットへの行動を諌めなかった。王太子にしたいと思っていた息子を廃嫡し、王籍から外し領地の割譲もできなかったことを不憫に思っている。


「ビリワナ王国は国の取り決めを軽く考えてるようね。あの時に決めた内容は破られた時の賠償についてもあったのを覚えているかしら」


「それは、……」


「ビリワナ王国が破った場合、ジリタニス侯爵とは離縁し、わたくしことフリジットはタルルダ王国に帰国。そして、ビリワナ王国へは正式な手続きに基づいて開戦を申し入れることになり――」


「待ってくれ。戦争などと大袈裟な……この数十年、仲良くしていたではないか」


 フリジットが契約不履行の時の賠償の内容を暗唱すると、ビリワナ王国に不利だと見て国王は言葉を遮った。本当ならフリジットが王太子から婚約を一方的に告げられた時に開戦していてもおかしくない。それがタルルダ王国の恩情で先延ばしになっていたに過ぎない。


「仲良く? わたくしのことを未だに婚約者か何かと思って名を呼び捨てにしてくる元王太子やわたくしを侯爵夫人だと見てこき下ろしてくれる元公爵令嬢がいるビリワナ王国と仲良く? それはできない相談よ。タルルダ王国の面子にも関わることだもの。そうでしょ? タルルダ王国が国同士の取り決めを破っても黙って受け入れる国だと思われたくないもの」


 フリジットは、ゆっくりと周りを見た。視線が伏せられていて誰とも視線が合わない。国王も沈黙を選んだタルルダ王国のことを何もできない臆病者として片付けていた。


「タルルダ王国を見下して優越感に浸るのは、もう十分だと思うの。だから、わたくしは、わたくしの尊厳を取り戻させてちょうだい。では、ご機嫌よう」


 優雅に微笑んでフリジットはサブルのエスコートで謁見室を出る。廊下にはフリジットを守るためのタルルダ王国の騎士が列を成して待機していた。フリジットとサブルを乗せた馬車を取り囲むように護衛をして、ジリタニス侯爵の屋敷に向かう。


「サブル、貴方も大変だったわね。王家から、わたくしを城に連れて来いなどと無茶なことを言われてたものね」


「それも良い思い出だよ。フリジットがタルルダ王国に帰ったら亡命でもしようかな。そのときは宜しく頼むよ」


「そうね。待ってるわ」


 馬車の紋章を取り外してタルルダ王国の王家の紋章に付け替える。フリジットはタルルダ王国の意匠のドレスに着替えるために部屋に戻る。サブルは執務室でフリジットとの離縁届に署名した。

 フリジットが国を出る準備をしている間、ビリワナ王国は、急いで当時の契約書の内容を確認する。細かいところまでは記憶していなかったため、フリジットとの離縁を回避できる文言を探していた。接触禁止対象と顔を合わせただけでは、即座に契約違反というのは難しいが、それが何年も重なれば故意と見られて、十分に理由となる。


「ジリタニス領とタルルダ王国は隣合わせだというのを忘れてくれるのは有り難いな」


 サブルは独り言で王家への唯一の好意を示し、準備ができたフリジットを見送った。離婚届は速やかに王宮の貴族院に届けられ、承認される。貴族の結婚は政略が絡んでいることから書類に不備が無ければ即日承認され、まとめて国王に報告される。


「王家が?」


「はい。先触れも無くお見えですが、如何いたしましょうか」


「応接室にお通ししろ。あと、ナイドンを呼んでくれ」


「かしこまりました」


 王家の使いとして宰相と謝罪のためという名目でジョルジオがジリタニス侯爵家に来た。フリジットが城に呼び出されてから一週間が経過している。その間に財務整理も終えていて、使用人たちは他の家に行くことが決まっていた。ジリタニス侯爵家は、ヘルロッツ公爵当主の孫息子が養子に入り継ぐことになっている。


「お呼びだと伺いました」


「ナイドン、帝国に身寄りはあるか?」


「いいえ。生家は兄夫妻の直系が継いでおりますので」


「では、紹介状を用意するからマクガレー公爵家に戻れ」


「いえ、わたしめは、一度、暇をいただいた身……お戻りになるヤーナ様をお待ちしたいと思います」


「ジリタニス侯爵家は、人手に渡る。一応、ナイドンのことも打診したが、最近まで帝国のマクガレー公爵家の家令だった者を雇うことはできないとの返答があった。ビリワナ王国に残りたいなら誰か身元を保証してくれる貴族か、ビリワナ王国籍を取得してもらうしか無いが、どうする?」


 サブルは真っ直ぐにナイドンを見た。公爵家の家令を務めていただけあり、感情の一端も捉えさせない。他国の者を滞在させるには、ビリワナ王国の貴族当主の保証人が必要だ。当主を退くサブルには、その資格が失くなる。国籍取得にも時間がかかるためナイドンが選べるのは帝国に帰ることだけだった。

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