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番だと言われても  作者: 都森 のぉ


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20/42

20.戦場の勝者

 強張った体から力を抜いたヤーナは、冷たくなった指先を温かいカップで和らげる。ローベルトには力ずくでヤーナを連れ出す武力がある。今回は、たまたまフリジットがいたことで追随している護衛が追い払ってくれたが、いつもという訳にはいかない。


「ヤーナ、逃げては駄目よ。まだ貴女は戦ってない。いえ、ようやく戦わせて貰えると言うべきかしらね」


「フリジット様」


「安心して、一人で戦わせたりしないから」


 ヤーナはローベルトがまた屋敷に来るのではないかと不安に思っていたが、フリジットから帝国に帰ったと聞き、少しだけ落ち着いた。ローベルトの態度で不信感を募らせているヤーナは、再び婚約をすることに疑問を持っている。


「私、ローベルト様に謝られていないんです。間違っていた、ごめん、の一言さえ。あの時は分からなかったけど、今なら分かります。番だから従って当然という態度に、私は信用できないんです」


「信用できないなら、無理にする必要はないわ。ヤーナが決めなさい」


 タルルダ王国の王女に刃を向けたのだから簡単に入国することは無いだろうが、念のために入り口には私兵を常駐させることにした。普段は、そんな厳戒態勢を敷けば王家に勘繰られるが、今はフリジットの安全のためという理由が使える。

 街を歩くときには護衛は一人までだが、ローベルトのお陰で増やすことができた。自国の貴族ならば良いが、フリジットは王女でもある。襲われるなどということがあれば、すぐに国際問題に発展してしまう。


「ヤーナ、よく似合っているわ」


「ありがとうございます。フリジット様も凄くお似合いです」


「さあ、楽しみましょう」


 約束していた舞台を見に出かける日になった。公演会場では多くの貴族が詰めかけているが、ヤーナたちは、正面玄関口ではなく、個室専用の入り口から入る。


「あら? お久しぶりね。お元気?」


「ええ。恙無く過ごさせていただいてますわ。バンプリス公爵夫人」


「それは良かったわ。夜会でもあまり見ないから心配していたの。でも、仕方ないわよね。侯爵家では、そう毎回ドレスを仕立てられないもの。ねえ? ジョルジオ」


「それは……仕方ない、な」


「さすがですわね。公爵家ともなると()()の夜会で新しいドレスを着られるのですもの。羨ましいわ」


 煽てているように見えて、小さな毒を仕込んだフリジットの言葉にバンプリス公爵夫人と呼ばれた女性は気づかない。高位貴族だけが利用すると言っても他の人は声の聞こえる範囲にいる。フリジットの言葉の意味に気づいた何人か扇で口元を隠しながら立ち去った。


「バンプリス公爵夫妻と交友を深めたくは思いますが、今日は娘との時間を大切にしたいと思っていますの。ご理解いただけると信じてますわ」


「娘?」


 ヤーナがジリタニス侯爵家の養子になったことを知らない貴族は多い。ファルコ男爵家の三女のはずのヤーナがジリタニス侯爵家になった経緯を伏せておきたい王家は公表していなかった。


「ええ。では、失礼します」


 フリジットは自分から話すつもりはない。事実関係は画策した当事者たちが話せば良いのだ。


「巻き込んでしまってごめんなさいね」


「いえ、大丈夫です」


「本当にしつこくて困るわ。バンプリス公爵夫人は、私のことを目の敵にしているのよ。だから、わざわざジリタニス領に顔を出すの」


「わざわざ、ですか?」


 個室に入ると、大きな声を出さない限り隣に内容を聞かれることがない。舞台が始まるまでは音楽隊が曲を奏でて時間を繋いでいた。


「バンプリス公爵当主は、元は私の婚約者でね。略奪したことを今でも自慢しにくるの。迷惑よね」


「婚約を解消されたのですか? でも……」


「ヤーナの考えていることは正しいわ。他国の王女との婚約を解消して、選んだ女が喧嘩を売るような性格なのだもの。当時は違ったのよ」


 フリジットは笑いながら説明する。当時は、あわや戦争になりかけた。それを止めたのがフリジットだと分かっている貴族は、バンプリス公爵家と交流しない。


「さあ、楽しみましょう」


「はい」


 原作とは少し違う終わり方にヤーナとフリジットは楽しそうに話し合う。観客が粗方、退出してから席を立つ。護衛の一人がフリジットに耳打ちをした。


「あら、やだ。本当にしつこいわね」


「今、劇場の警備員が全ての客を帰らせています」


「まあ、帰ることになると思うわ。先ほどヘルロッツ公爵夫人をお見かけしたから」


「ヘルロッツ公爵夫人は、厳しい方なのですか?」


「そうね。ある意味でという感じかしらね」


 フリジットを押し退けて夫人の座に納まったことを褒め称えるのだ。会うたびに褒めて持ち上げるため苦情を言うこともできない。一見、味方のように見えるから気を許しそうになるが、実際は敵でも味方でもないというものだった。


「使えるものは、上手く利用しないとね」


「……ご存知だったのですか?」


「もちろんよ。この劇場の支援者はジリタニス侯爵家。支配人に言って個室利用者の名簿を見せてもらったの。評判の悪い方に利用されては困ると言ってね」


 入り口の当たりでヘルロッツ公爵夫人に話しかけられて、困ったように笑って帰ろうとするバンプリス公爵夫妻の姿があった。このまま捕まって帰れなくなるくらいならと馬車に乗り込む姿を見送る。


「帰りましょうか」


「はい」


 フリジットが娘だと言って連れていたヤーナのことが話題となり、一目見ようと茶会への招待状が送られてきた。すでに知っていた家からの誘いは、フリジット経由でタルルダ王国から断りの手紙が届き、危機感を覚えた者は送るのを止める。


「ヤーナに招待状がたくさん来ているのよ」


「招待状ですか?」


「ええ。劇場で私の娘だと知って会いたいと送って来ているの」


「お誘いは嬉しいですが、知らない方に会うのは怖いです」


「そうね。でも、ネリー夫人のお茶会は出てみない? ひとつ頑張るきっかけになるかもしれないわ」


 ネリーが招待状に同封した招待客の一覧をフリジットはヤーナに渡す。そこには、少人数であることとヤーナの姉二人の名前があった。


「フリジット様」


「無理をする必要は無いけど、言いたいことを言っておくのも大事よ」


「少し考えさせてください」


 妹として可愛がられた記憶はない。両親と揃ってヤーナを帝国に送ることで手に入る宝飾品やお金に喜んでいた姿しか思い出せない。


「ネリー夫人はね、ヤーナが帝国に行ってから羽振りの良くなったファルコ男爵やその娘たちの態度に苦言を呈していた人なの。悪いようにはならないわ」


「……はい」


 ヤーナが決めるまで時間を作るためにフリジットは、ネリーに時間が欲しい旨を手紙で知らせた。ネリーもヤーナの気持ちが落ち着くまで待つと返事を送ってきた。

 ヤーナの姉二人は持参金を積んで、伯爵家に嫁いでいる。相手は男爵家の娘からの申し込みと、難色を示していたが、結婚してからも支援金を送ることを約束すると、手のひらを返したように受け入れた。

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