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第八話 成敗

聖職者にとって教皇は雲の上の存在である。


エルミア教の大司教といえど、そうそう教皇と謁見できるわけではない。


ドランもこれまで教皇の尊顔を目にしたことなど、数えるほどしかないのだ。それゆえ、ドランがスーリアを教皇であるとすぐ気づけなかったのもある意味仕方がないことである。


「ずいぶん好き勝手やっていたようではないか、ドランよ」


スーリアは蒼い瞳に冷たい光を携えてドランを見下ろす。小柄な少女だが、巨大な宗教勢力の頂点に君臨するだけの貫禄と覇気を持ち合わせている。


ドランはと言えば、平伏して額を床に擦りつけたままガタガタと全身を震わせていた。


「ドラン、おもてをあげることを許す。申し開きがあるならするがよい」


「は……いや……その……」


少し顔を上げたものの、緊張なのかうまく言葉が出ないようだ。


「申し開きなんざできねぇだろうよ。言っとくがな、てめぇの毒牙にかかった使用人やシスターからは裏がとれてんだ。今さらじたばたすんじゃねぇよ」


スーリアの後ろで腕を組んで仁王立ちするラミリアの言葉に、ドランは再び全身を小刻みに震わせ始める。


「ラミ。今は私が話してるんだ。口を挟むな」


「ああ? だいたいスーちゃんがこの豚どもまで目を行き届かせていなかったのも問題なんだぜ? そこんとこどう考えてんだよ」


眉間にシワを寄せてスーリアを睨みつける。


「それに関しては返す言葉もない。だから私が直接ここまで出張ってきてるんだ。お前は少し黙ってそこで見ていろ」


こめかみに血管を浮かべたスーリアが負けじと睨み返す。お互い顔がくっつくほどに近づき睨み合う様子はまるでケンカ前のヤンキーである。



「あ……あの……」


重い空気に耐えられなくなったのか、ドランが口を開いた。


「……何だ?」


「猊下と王女はいったいどのようなご関係なので……」


恐る恐る尋ねるドランにラミリアとスーリアが射殺すような視線を向ける。


「ひ……ひぃっ!」


この二人、実は三年前まで通っていた学校の同級生であった。それだけでなく、頻繁に殴り合いをしていたケンカ友達でもある。


二人の殴り合いを止められる者はなかなかおらず、双方が疲れた頃にヴァンが止めに入る、というのがお約束だった。


「私のことよりお前のことだ、ドラン。たった今よりお前を大司教の任から解く。ここは教会の持ち物だから明日には出て行くように」


その言葉を聞いたドランは今日一番の狼狽ぶりを見せた。


「そ、そんなっ!! いくら何でも厳しすぎます! それに私がこれまでどれほど教会に尽くしてきたか!」


「黙れ。それ以上にお前は教会の信頼を地に堕とすような行為をした。お前が毒牙にかけた者たちにはお前の資産を売り払って慰謝料を支払う。被害者にもそれで納得してもらっている。監獄に入らぬようにとのせめてもの情けだ」


茫然とした表情を浮かべるドラン。一瞬にして地位も金も失い完全に思考も停止したようだ。


「今夜だけはここで寝泊まりすることを許してやる。明日の朝、聖騎士と教会関係者が資産を接収しに来るからそれまでここを出ないように。分かったな?」


もはや口も開けなくなったドランを放置しスーリアとラミリアは踵を返して部屋を出た。



「姫様!」


屋敷を出たラミリアのもとにカタリナが駆け寄る。昼間会ったときよりは顔色が良さそうに見える。


「もう大丈夫だよ、カタリナ。あいつはもう終わりだ。もう何も心配することはねぇ」


両手で顔を覆い肩を震わせて泣き始めるカタリナ。そんな彼女をラミリアは優しく抱きしめた。


「カタリナと言ったか。此度の件、目が行き届かなかった私にも非がある。どうか許してほしい」


スーリアはカタリナに頭を下げた。慌てたのはカタリナである。教皇はこの国において王族に匹敵する権力者だ。その教皇が平民のカタリナに頭を下げたのだから驚くのも無理なはい。


「そ、そんな! 頭を上げてください!」


スーリアはそれでも少しのあいだ頭を下げ続けたが、やがて頭を上げるとカタリナの目を真っ直ぐ見つめた。


「あいつの資産を売り払い、それでそなたたちに慰謝料を支払う。そなたらが受けた屈辱を考えると金銭で解決できる問題でないのはよく理解している。だが、どうかこれで収めて貰えないだろうか?」


平民相手に真剣な表情で真摯に対応してくれるスーリアに対し、カタリナは目を伏せ頭を下げた。


「慰謝料がありゃしばらく食うに困ることはねぇとは思うが……手に職欲しいならあたいんとこで侍女でもやるかい?」


「い、いいんですか……?」


目を丸くして驚くカタリナにラミリアが力強く頷く。


「ああ。あたいの専属侍女になりゃいい」


「あ、ありがとうございます!」


再び勢いよく頭を下げたカタリナの頭を軽くポンポンしたラミリアは、スーリアとともにその場をあとにした。




夜の闇が一層濃くなる頃、教会の敷地内をごそごそと移動する人影があった。


「はぁ……はぁ……くそっ! 何でこんなことに! 忌々しい王女に教皇め」


怨嗟の言葉を吐きながら歩いているのは、スーリアから大司教の地位を剥奪されたドランだった。何やら大きな荷物をいくつも携えている。


「わしの金はわしだけのものじゃ! 誰にも渡すものか」


慰謝料を支払うつもりなど毛頭ないドランは、持てるだけの金や宝石を持ってどこか遠くへ逃げるつもりでいた。


だが──



「こんな遅くにお出かけかい?」


闇のなかから突如声をかけられ跳び上がるドラン。


「だ、誰じゃ!?」


声がしたほうへ目を凝らすと、闇のなかからぼんやりと人の姿が浮かび上がってきた。少し前にも見た顔、ラミリアとスーリアだ。


「まあこんなこったろうと思ってたぜ」


「……そうだな」


暗くてスーリアの表情はよく見えないが、おそらく憤怒の色に染まっているだろう。僅かとはいえ情けをかけた者が、誠実に対応しようとせず夜逃げ同様に逃げ出そうとしているのだから。


「あ……ああ……」


「もうここまでだ。ドラン」


かかっていた雲がなくなり月が三人を照らす。


「もう終わりだ……何もかも……貴様らのせいでーーーー!!」


自棄になったドランは、金目のものを収めた袋を投げ捨てると、胸から取り出した短剣を振り回し二人に迫った。


「……馬鹿者が。ラミ」


ラミリアが電光石火の速さで剣を一閃すると、ドランの首と胴は見事に別れ地面に転がった。


「遺体は内密に回収させる。此奴が死んだことは他言無用にしてくれ、ラミ。あの娘たちに余計な心労をかけたくない」


「んなこと言われなくても分かってんよ」


「嘘つけ。お前みたいな単細胞がそこまで頭が回るものか」


「んだとおっ」


二人は横並びで互いに肘で相手を小突きつつ、やいやいと言い合いながらその場をあとにした。

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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!

https://book1.adouzi.eu.org/n3094hw/

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