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第四十七話 共闘の理由

法皇ミザリーの暗殺に失敗し、報復として今度はスーリアが襲撃される。複数人の刺客に押し入られスーリアは恐怖する、わけもなく、あっさりと全員を返り討ちにしてしまうのであった。

「で。どういうことなんだ?」


部屋へ入ってくるなり不機嫌そうに言葉を吐き捨てるスーリアへ、ラミリアとヴァンが怪訝な目を向ける。


「ど、どしたん、スーちゃん?」


女王だというのに、寝間着のような格好のままソファでゴロゴロしているラミリアを見て、スーリアは余計にイラっとしてしまった。


「『どしたん?』じゃない! さっき、まさについさっき! 刺客に襲撃されたばかりだわ!」


苛立たしさのせいで、つい昔のような言葉遣いをしてしまうスーリア。ハッとしてすぐに口をつぐんだ。


「あ~……やっぱりか。さっき、これってもしかしてスーちゃん狙われるんじゃね? ってヴァンと話してたとこなんだよねー」


狙われるんじゃね? じゃないっつーの! 実際に狙われたし! 戦闘なんかめっちゃ久しぶりだったし! まあ、あんな雑魚私の相手じゃないけど、それでも不意打ちすぎてちょっとドキドキしちゃったし!!


「でも、スーちゃんなら余裕で返り討ちだったっしょ?」


ニヤニヤしながらあっけらかんと言い放つラミリアに、スーリアは心のなかで罵詈雑言を投げかける。ラミリアの向かいに座るヴァンの隣へドカッと腰をおろし、彼女のニヤニヤ顔を睨みつけた。


「あれ、もしかして本気で怒ってる……? いや、ごめんてスーちゃん。ちょっと不手際があってさー……うん……あたいってゆーか、ヴァンがさー……」


唇を尖らせてスーリアの鋭い視線から目をそらしたラミリアは、いきなりヴァンに全責任を転嫁した。国のトップにあるまじき行為である。


「う……。まあ、そうなんだけどさ。ごめんね、スーリア。僕が法皇ミザリーの暗殺に失敗したから……」


スーリアに体を向けたヴァンが、申し訳なさそうに目を伏せる。その様子を見て、途端に狼狽し始めるスーリア。彼女とて、別に本気で怒っているわけではないのだ。


「い、いや! ヴァンのせいではない! ミザリーの暗殺は作戦行動だったのだろうし、その報復で私が狙われるのも仕方のないことだ……!」


少し顔を赤らめたスーリアが、あたふたとしながら弁明する。向かいに座るラミリアは、余計にニヨニヨとした厭らしい笑みを浮かべた。


「ニヤニヤするんじゃない、ラミ! それより、これからどうするんだ!?」


身をのりだして問い詰めてくるスーリアの迫力に、ラミリアが思わずたじろぐ。


「あ、ああ。とりあえず、水面下でシルベリア以外の国と交渉を進める予定だ。いくら何でも、同時に五国を相手にするのは分が悪すぎるからな……。ま、向こうが交渉の席についてくれるかどうかは分からんが」


そう、今のイングリドは風前の灯火だ。シルベリアと手を組んだと思わしきオズワルドやアリオンは、圧倒的優位に立っている。そのような状況下で、出兵を見送ってほしい、シルベリアと手を切ってほしい、と言ったところでおそらく聞いてはくれまい。


連合軍で一気にイングリドへ攻め込み、武力で従わせたほうが向こうにとって利が大きい。わざわざ、亡国となりそうな国の女王に従う必要などないのだ。


「……今の状況を見るに、切り崩しは困難だろうな」


スーリアも、ラミリアと同じ考えにいたっているようだ。苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。


「ああ……。だが、そもそもどうしてアリオンやガルメリアはシルベリアと手を組んだんだ? オズワルドやクリムナーガにしても、シルベリアとそれほど良好な関係ではなかったと思うんだが……」


法皇ミザリーの呼びかけに応じた……? いや、たしかにジュリエスタ教も世界各地に信徒がいるが、エルミア教ほどではない。むしろ、アリオンやクリムナーガにはエルミア教信徒のほうが多いはず。


「うーん、イングリドの国土がどうしても欲しい、って話でもなさそうだよね。イングリドって別にそこまで資源が豊富な国でもないし。分からないなぁ……」


本当に分からない、といった表情を浮かべたヴァンに対し、ラミリアとスーリアも同意するように頷く。ジュリエスタ教によるラミリアの魔女認定に、連合軍によるイングリドを包囲する動き。本当にワケが分からない。ラミリアたち三人は、腕を組んでひたすら「うーん」と唸り続けるのであった。



――あまり卑怯なことはしたくない。もし、今の俺を見たらきっと君は幻滅してしまうだろうね。でも、仕方がない。あいつを抹殺するには、どんな手でも使うしかないんだ。


「……さま。カイン様!」


いきなり耳元で叫ばれたような感覚に陥り、カインは思わず跳びあがりそうになった。そうだ、報告を受けている最中だったんだ。俺はいったい何をぼーっとしていたんだ。


「す、すまない。えーと、何だったっけ?」


「は。ガルメリア連邦国の首長、ハイド様からいつでも行軍は可能であるとのことです」


「そうですか」


「は。指示さえあれば、いつでも第一陣として動く準備ができているのだとか。ただ……」


「うん? 何ですか?」


「その……『何でも言うことは聞く。だから、どうにか先に返してくれないだろうか』とのことです」


「……なるほど」


予想していたことではあるが、カインは思わず大きくため息を吐いた。


「残念ですが、それは無理です。この戦い、聖戦が終われば宝物は無事にお返しすると伝えておいてください」


「は」


鎧を纏った青年は、ガシャガシャと金属音を響かせながら部屋を出ていった。椅子に座ったままその後ろ姿を見送ったカインは、机の引き出しを開き一枚の書類を取りだす。


そこには、今回の戦いに参加する国と、各国における最高権力者の名前が書かれていた。カインはゆっくりと書類に視線を巡らせる。記載されているのは最高権力者の名前だけではない。


エレナ、サーシャ、リオン、パメラ、アリーシャ。最高権力者たちの名前のすぐ下には、女性のものと思わしき名前が書かれていた。それらの名前を、冷たい目で追うカイン。


書類に書かれている女性の名前。それは、各国の最高権力者がもっとも大切にしている宝物である。そう、彼らの愛妻や愛娘たちだ。


カインは、この戦いに先んじて周到に準備を進めていた。腕利きの配下を組織し、各国で暗躍させつつ最高権力者の愛妻や愛娘たちを誘拐していったのである。つまり、人質だ。


彼女たちは今、シルベリアの某所で監禁している。逃げ出したり、救出されたりする心配がない、安全な場所だ。我々に協力しなければ、彼女たちの命はない。各国がジュリエスタ教やシルベリアと共闘しているのは、これが理由だ。


小さく息を吐いたカインは、書類を再び引き出しのなかへ戻す。


「卑怯者……でもかまわない。沙織……どうか俺を見守っていてくれ……」


椅子から立ちあがったカインが、窓の外へ目を向ける。沈みゆく太陽のせいで、空が業火に焼かれているように見えた。

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