第四十四話 迫りくる脅威
誰かが呼んでいる声が聞こえる。いや、そんなに急かされても起きれねぇよ。だってこんなに眠いんだもん……頼むから放っておいてくれ……。
「……やさん、影宮さん!」
突然大きな声が頭のなかに響き、優衣は慌てて跳び起きた。寝ぼけまなこで周りを見渡す。
「はぁ……やっと起きましたね、影宮さん。私の授業はそんなにつまらないですかね?」
しまった、授業中に寝ちまったのか。目の前では歴史の授業を担当している女教師、通称ちーちゃんが教科書を丸めてニコニコと笑顔を浮かべている。怖い。
「あ~……ごめんちーちゃん。ちょっと疲れてんのかも……」
「大丈夫ですか? でも授業中に眠るのはダメですよ?」
「……あいよ」
クスクスと笑うクラスメイトたちに優衣がジロリと視線を向けると、たちまち全員が顔をそむけた。別に優衣が嫌われているわけではなく、単純に怖いのだ。
「授業中に居眠りなんて珍しいね」
隣の席に座るタケルが怪訝な目を優衣に向ける。
「ああ……昨日の稽古はちょっときつかったからな」
「たしかにね。昨日の先生はかなり厳しかった」
ひそひそと会話する二人に、ちーちゃん先生が鋭い視線を飛ばす。若くてかわいい見た目に似合わずなかなかの眼力だ。
ふあぁ……それにしても眠い。親父も張り切りすぎだっての。まあ……何となく理由は分かるけどさ。
優衣の実家は古くから続く古流剣術、影宮一刀流の道場を開いている。幼いころから優衣と幼馴染のタケルは道場へ通い剣の鍛錬を続けていた。
最後の授業も終わり、チャイムの音が鳴り響く。優衣は素早く帰り支度をすると、通学バッグと木刀を収納してある竹刀袋を手にとった。
「おい、タケル。帰ろうぜ」
「うん」
カップルでもないのに、当たり前のように連れ添って教室を出ていく二人に羨望の眼差しが突き刺さる。優衣は美少女でタケルもイケメンなので仕方がないことである。
「あー-今日は一日中眠かったな~」
「なかなか豪快に寝てたよね。あまりにも堂々と寝てたからちーちゃんも呆れてたよ」
「はは……ちーちゃん先生の授業でよかったわ」
と、横断歩道の前で立ち止まった優衣が向かいの通りに鋭い目を向けた。眉間にシワを寄せて何かを睨みつけるようにしている。
「……ん? どうしたの、優衣?」
「ちっ……またかよアイツ……」
優衣が視線を向ける先には、スラリとした長身の男と女性が体を寄せあって歩いていた。見るからに親密そうである。髪を茶色に染めた男は女性の腰に手をまわしたまま歩いていく。何となくチャラい。
「ああ、アキラさんか……」
男は優衣とタケル、二人がよく知る相手であった。
「あんなのが兄貴とか、マジないわ」
吐き捨てるように呟いた優衣の瞳に宿る怒気。そう、向かいの通りを女性と親密そうに歩いていくチャラそうな男は優衣の実兄アキラであった。
「まあまあ……それにしても、アキラさん最近道場に顔見せないね」
「来なくていいっつーの。だいたい、親父が最近張り切ってるのアイツのせいだろ」
「アキラさんのせいというか優衣のせいというか……」
「はぁ!? あたいのせいじゃねぇだろうよ!」
「はいはい。でも、先生本気なのかな……?」
「……知らねぇよ。でも、親父の気持ちも分からんでもないがな」
ちっ、と舌打ちした優衣は、忌々しそうにアキラが歩き去った方向を一瞥すると、信号が青に変わったのを確認し横断歩道を渡り始めた。
――イングリド王国の王城では、国家運営に携わる官僚や軍部が迫りくる脅威への対応に追われていた。
「戦争の準備を始めたのはシルベリアにオズワルド帝国。さらにはガルメリア、アリオン、クリムナーガ。スーリア教皇に共有していただいた情報とも合致します」
大会議室で官僚の一人が資料を読みあげる。国が放っていた密偵とスーリアが各国に送り込んでいた「目」の情報を照らし合わせ、情報の信憑性は格段に高まった。
「……いかがいたしましょう、女王陛下……陛下?」
「……ん、ああ……悪い、ついうとうとしちまった」
国が始まって以来の脅威が迫っているというのに、会議の席で居眠りを始めるラミリア。参加している何人かはその様子に不安げな表情を浮かべる。
「まあ、攻めてくるならやるしかねぇ。が、さすがに五つの国を同時に相手するのはきついか」
「仰る通りです」
「手っ取り早いのは頭を潰すことだけどな……この場合ならシルベリアか」
机の上に広げた地図を眺めながらラミリアがひとりごちる。
「シルベリアに戦力を集中させる、ということですか?」
発言したのは壮年の将校。
「いや、それではほかの国に攻められたとき対処できねぇ」
「ではいったい……?」
ラミリアは腕を組んで考えを巡らせ始める。腕を組んだことで強調された胸元に全員の視線が集中した。
「……こんなときに乳見てんじゃねぇよ」
ジロリと視線を向けられ、心当たりのある者が一斉に俯いた。
「あまり好きなやり方じゃあねぇが、精鋭部隊をシルベリアに送り込んで首謀者たちの首をとっちまうか」
「暗殺……ですか?」
「それがもっとも被害を少なくでき勝率も上がるやり方だと思う。他国を煽っているのはシルベリアだしな」
「たしかに、陛下の仰る通りですな。シルベリアが動かなくなれば、ほかの国が単独で動くこともないと考えられます」
「ああ。じゃあ、さっそく準備して出かけるわ」
席を立とうとするラミリアに全員が目を剥く。驚きのあまり腰を抜かしそうになっている者もいた。
「な、なな……! 何を仰っているんですか!? まさか女王陛下自らシルベリアへ潜入し暗殺を敢行しようとでも!?」
「ん? ああ。だってそのほうが確実だろ?」
「み、認められません、そんなこと! あなたに何かあったらイングリドはどうなるんですか!」
一斉に席を立った官僚や軍部の将校が、口々にラミリアを諫める。と、端のほうに座っていたヴァンがおそるおそる手を挙げた。
「ええと、陛下。軍を預かる将軍としてもその考えには賛同できません。精鋭はこちらで見繕うので、陛下は絶対に自ら動かないでくださいね」
「ええ~……」
「ええ~、じゃありません。陛下はもうただの聖女でも剣聖でもなく、この国の頂点、女王様なのですよ?」
「ああ……分かったよ」
分かったと言いながらも唇を尖らせるラミリアに、ヴァンは思わず苦笑いを浮かべる。とりあえず方針も決まったところで会議はお開きとなった。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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