第四十三話 許せない相手
彼女が亡くなったことを知ったのは携帯電話にかかってきた一本の電話だった。共通の友人からかかってきた電話で、俺は彼女がもうこの世に存在しないことを知った。
正直、電話で話していた内容についてはあまり覚えていない。耳の奥でずっと耳鳴りがしているような感覚があったのは覚えている。
一報を受けて俺は慌てて彼女の自宅へ向かった。彼女が母親と二人で暮らしていた、お世辞にもキレイとは言えない木造アパートの周辺はパトカーや救急車、さらにマスコミと思わしき連中の車も集まっていた。
「君! それ以上近づいてはダメだ!」
「通してくれ! 俺の……知り合いなんだ!」
「ダメだ! 下がりなさい!」
俺はとにかく彼女にひと目でも会いたかった。どのような姿になっていても関係ない。クソみたいな人生に希望の光を灯してくれた彼女にどうしても会いたかった。
だが、その望みが叶うことはなかった。
ブルーシートに包まれた彼女が部屋から運び出されたとき、俺は思わず駆けだしていた。が、屈強な警察官数人にすぐ取り押さえられ地面に転がされた。
ブルーシートの隙間からわずかに見えた彼女の白い手。それだけは今でもはっきりと思い出せる。
突然、耳の奥にとてつもなく大きな喚き声が聞こえた。悲鳴にも似た悲痛な叫び。それは俺の声だった。
事件が発覚したのは隣人による通報。壁が薄い木造アパートなので、生活音は筒抜けだったらしい。普段は言い争うような声しか聞こえなかったようだが、今日に限っては大きな物音がして明らかに様子が異なっていたとのこと。
そう、俺がもう少し早く彼女の自宅へ向かっていれば、あの子は死なずに済んだのかもしれない。いや、そうに決まっている。そして、俺にはそれが可能だった。
そもそも、俺は彼女の自宅へ向かうつもりであり、準備もしていたのだ。だが、彼女がこの世を去ろうとしていたとき、俺は身内との些細なトラブルで自宅を離れられなかった。
自己中。傲慢。傍若無人。奴のせいで俺は彼女を助けることができなかった。
生まれながらに何もかも持っていたあいつ。そして、俺からすべてを奪っていったあいつ。許せるはずがない。
そう、絶対に――
――視界に飛び込んできたのは白い天井。ああ、何度目の夢だろうか。いや、夢じゃない。現実にあったことだ。
カインはベッドから半身を起こすと、隣で眠っている法皇ミザリーに視線を向ける。だらしなく口を開けて眠る姿はとてもジュリエスタ教の法皇には見えない。
だらしない女だ。が、だからこそ操りやすい。昔取った杵柄ではないが、この手の女を扱うのには慣れている。とにかく共感してやって少し優しくしてやれば大抵どうにかなるものだ。
カインはベッドから降りると、脱ぎ散らかしていた服を拾い着始めた。何となく目元がごわつく。そっと指で触れると、涙が流れたような形跡があった。
泣いている場合じゃない。やるべきことはまだまだたくさんある。やっと形が整ったのだ。カインは眠るミザリーを一瞥すると、そのまま彼女の自室をあとにした。
――イングリド王国にあるエルミア教の教会では、教皇スーリアが目からの報告を受けていた。
「……報告の内容に相違はないか?」
「間違いありません」
「……」
「オズワルド帝国とシルベリア聖王国の二国は明らかに戦争の準備を始めています」
報告を聞いたスーリアの顔が歪む。想定外に速い帝国と聖王国の動き。もしかすると最初から連動するつもりだったのかもしれないとスーリアは考えた。
だが、とりあえずその二国だけであればそこまで問題は大きくない。イングリドにはヴァンもいるし剣聖ラミリアもいる。女王自ら出陣するなど非常識なことだが、周りが止めてもラミは必ず出るだろう。
「ご苦労だった。下がって――」
目を下げようと口を開いた刹那、バタバタと騒がしい音が教皇の間へ響き別の密偵が入ってきた。
「申し上げます。ガルメリア連邦国が急速に戦争の準備を始めました」
「……何だと?」
「それだけではありません。ガルメリアに隣接するアリオン共和国、クリムナーガ王国にも不穏な動きがあります」
スーリアが驚きに目を見開く。バカな。いくら何でも動きが早すぎる。もちろん、アリオンやクリムナーガがイングリドとの戦争に備えている証はない。が、もしそうだとしたらイングリドが置かれている状況は最悪だ。
ラミたちはこのことを掴んでいるのだろうか。国でも各地に密偵は放っているはずだ。
「……シャロン枢機卿。目たちの報告を整理して文書化してくれるか。それをラミリア王女まで届けてほしい」
「かしこまりました」
もしガルメリアにアリオン、クリムナーガまでシルベリアと連動しているとなれば、これはもう間違いなく誰かが裏で糸を引いている。だがなぜだ。いくらジュリエスタ教がラミを魔女に認定したとはいえ、それだけでこれだけの国が一度に動き始めるとは考えにくい。
戦争は非生産的な行為だ。軍を動かし戦端を開けば、少なからず戦費が発生する。何の利益もなしに各国がシルベリアの要請を受けて動くとは考えづらい。
仮にイングリドを制圧したとしても、それだけの国で利益を平等に分ければ微々たるものだ。つまり、この戦争で各国が得る利益はほとんどない。となれば……。
「何かしら動かなくてはならない状況にある……と考えるべきか」
御簾の向こう側で何やらぶつぶつと呟くスーリアに、密偵の二人は戸惑いの表情を浮かべ顔を見合わせる。
「ああ、すまん。二人とも下がっていいぞ」
二人の目が下がったことを確認すると、スーリアは御簾を出て自分専用のソファへ深く腰をおろした。
「はぁ……頭が痛すぎる。ヘタするとイングリドは存亡の危機に立たされるぞ……」
スーリアは衝動的に頭をかきむしると深くため息を吐いた。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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