第四十話 ご挨拶
「ラミリア様。女王への就任おめでとうございます」
何日かぶりにやってきたルナマリアが丁寧に頭を下げる。が、その顔にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。
「恥ずかしいからやめろし。てかルナマリア、戴冠式までに来るって言ってたのにずいぶん遅かったじゃねぇの」
「まぁね~。いろいろやることが溜まっててさ」
てへ、と舌を出すルナマリア。相変わらずの小悪魔っぷりである。
「そっか。あたいも何だかんだやることいっぱいあって目が回りそうだわ」
と言いつつベッドの上でゴロゴロしているラミリアに、ルナマリアはじとっとした目を向ける。
「全然そんなふうに見えないんだけど~?」
「さっきまで忙しかったんだって、いやマジで。今日もあとで他国の使者が挨拶に来るみたいだしさ」
はぁ。気が重いわー。ああいう雰囲気とか形式ばった挨拶とかほんと苦手なんだけど。
「ルナマリアはしばらく暇なの?」
「うーん、暇ではないかな。とりあえず大きなトラブルは解決したけど、しばらくは様子を見なきゃだろうし」
ローテーブルを挟んで向き合うヴァンからの質問に、苦笑いを浮かべながら答える。そう、魔王様は忙しいのだ。
「とりあえず今日はラミにおめでとうを言いにきただけだよ。ラミも忙しそうだし、また暇ができたら遊ぼうよ」
「だな。まあ忙しいのは今だけだと思うわ」
うんざりした顔でため息を吐いたラミリアに笑いかけたルナマリアは、ソファから軽やかに立ち上がりトテトテと窓際へ向かう。
「じゃあまた来るね。ラミ、ヴァン」
二人に手を振ったルナマリアは、窓に足をかけてびょんと外へ出ると凄まじい勢いでどこかへ飛び去った。
コンコン、と扉をノックする音が響く。ルナマリアと入れ替わりに部屋へ入ってきたのはラミリア専属の侍女バレッタ。
「姫さ……ラミリア女王陛下。お着替えの時間でございます」
恭しく頭を下げながら丁寧に言葉を紡ぐバレッタに、ラミリアはジトッとした目を向けた。
「どうなされましたか? 女王陛下」
「……違和感しかねぇ」
その言葉にバレッタは思わず噴き出してしまう。彼女自身、違和感しかないと思っていたのだ。
「ですよね〜、やっぱり今まで通りのほうがいいですかね?」
「うん、ぜひそうしてほしい。堅苦しいのもヤダしな。カタリナにも言っといてよ」
ベッドから降りたラミリアは大きく伸びをすると、服を脱ごうとネグリジェのボタンに手をかけた。ギョッとして慌てて目を背けるヴァン。
「……外出てるね」
「あ? 気にすんなよ」
「気にするよ」
「護衛が離れた隙にあたいが襲われてもいいのかよ」
「いや、僕よりラミのほうが強いし」
そんな二人のやり取りに慣れているバレッタは、気にすることなくラミリアのそばに立ち服を脱がしにかかる。諦めたヴァンは深くため息を吐くと、テーブルの上にあった本を手に取りそちらへ意識を集中させた。
──本日イングリド王城へラミリア女王就任の挨拶に訪れるのは、国境を接するシルベリア聖王国の代表団である。
闘いの女神を信仰するジュリエスタ教を国教とする宗教国家であり、国力はイングリドと同程度。国同士の関係性は特別良くもなければ悪くもない。
民間同士の交流はあるものの、国としての交流は皆無であり貿易も必要最小限に留められていた。
理由はそれぞれの国が重視する宗教の違いだ。イングリド王国はスーリア教皇がトップに君臨するエルミア教を保護し、教会も国の中枢と深い関わりをもつ。
一方、シルベリアが国教とするのはエルミア教と信仰する神も教義も大きく異なるジュリエスタ教だ。エルミア教には及ばないものの、ジュリエスタ教も世界中に信者を擁する一大勢力である。
この二つの宗教は、教会同士も信者同士もあまり仲がよくない。対立、とまではいかないものの、関係性が良好とは言えないのだ。
このような理由から、両国は表面上だけの関係を維持し続けてきた。
──微かな緊張感が漂うイングリド王城謁見の間。大きな扉から玉座へと続く真っ赤な絨毯の上を、シルベリア聖王国からの使者三名がしずしずと歩を進める。
使者は全員若い男。闘いの女神を信仰しているからか、全員が帯剣したままだ。通常、王族への謁見では帯剣が禁止されるが、宗教的なことがあり微妙な問題でもあるため特例で認めた。
玉座から五メートルほど離れた位置で三人の使者が跪く。
「おもてをあげよ」
ラミリアの声が謁見の間に響き、使者たちが顔をあげる。三人の中心にいる男の年齢はおよそ二十代半ば、精悍な顔つきをしていた。
「ラミリア陛下、此度の女王就任おめでとうございます。シルベリア聖王国を代表してお祝い申し上げます」
「ああ。わざわざ遠いところをご苦労であった。祝いの言葉もありがたくいただこう」
普段使い慣れていない言葉遣いなのでラミリアは舌を噛みそうになった。ああ、だからこういう堅苦しいのヤなんだよな。早く帰ってくんねぇかな……。
玉座に座り謁見中であるにもかかわらず、そっとため息を吐き視線を足元へ落とすラミリア。と、その刹那──
先頭の男の背後で跪いていた二人の男がすくっと立ち上がったかと思うと、突然玉座へ向けて魔法を放った。突然の出来事に居合わせた者たちはパニック状態に陥る。
さらに三人の中心で跪いていた男が腰から剣を抜くと、一気に玉座へ接近しラミリアへ斬撃を見舞った。先に放った魔法によって玉座周辺には煙が立ち込め、周りからはどうなったか分からない。
すでに魔法を放った二人は衛兵が取り押さえている。その場に居合わせた全員が固唾を呑んで見守るなか、煙が少しずつはれてきた。
そこで皆が目にしたのは、鞘に収めたままの刀で使者の剣を受け止めているラミリアの姿。女王の無事に皆が胸を撫で下ろす。
「……おい」
凄みのある表情を浮かべたラミリアが低い声を絞り出した。顔面蒼白の使者が剣に力を込めるがびくともしない。
「人に斬りかかっていいのは斬られる覚悟がある奴だけだ。そうだよな?」
謁見の間にラミリアの冷たい声が響いた。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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