第三十八話 襲撃
「魔王陛下は生ぬるい!」
怒りを露わにするのは、先代魔王の親族であるレイド卿。人間へ戦争を仕掛ける許可をルナマリアから得ようとしたところあっさりと却下されてしまった。
「このままでは我らの悲願が……!」
我らの、と言うものの実際には人間に戦争を仕掛けたいと考える魔族はそう多くない。むしろ少数派である。
「ええい! お前たち何か良い案はないのか!?」
とんでもない無茶振りに顔を見合わせる側近二人。その顔には「マジかこのじじい」と言わんばかりの表情が浮かんでいる。
「……そう言えば、魔王城の敷地内には陛下が贔屓にしている魔族が住んでおりましたな」
顎に手をあてて思案していた側近の一人が、思い出したように口を開く。
「何だそれは? そのような話は知らぬぞ?」
「割と有名な話なのですが……ええと、たしかクライスとかいう魔族です」
「……まさか魔王陛下の愛人か何かか?」
まだ幼いのにお盛んなことだ、と勝手に勘違いするレイド卿。もちろんそんなはずはない。
「いえ、陛下がお生まれになってから生活を支援していた者です。陛下はパパと呼び慕っているようですな」
「ほう……それは使えそうだな」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるレイド卿。反対に側近二人の顔色は悪い。またろくでもないことを思いついたなと、うんざりした表情が浮かぶ。
「よしお前たち。こっそりその魔族を攫ってくるのだ。そいつを人質にして陛下に人間との開戦を迫るぞ」
「しょ、正気ですか? 陛下に知られたらどうなることか……」
「大丈夫じゃ。それくらい我々が本気であることを知ってもらえれば陛下も理解してくださる」
いやいやいや、とツッコみたかった側近二人だが、こう言い出したらきかないことを知っているため何も言わない。隠れてため息を吐きながら、クライスを攫う準備に向かった。
──王城内にある自室のベッドに寝転がり読書をするルナマリア。きりのよいところまで読むと、しおりを挟みパタンと閉じる。
はぁ。今日は疲れたなぁ。まだまだ処理しなきゃいけない書類たくさんあるし……ああ……ドワーフとエルフの問題もどうしよう。このままじゃラミの戴冠式にも間に合わないよ。
そんなことを考えていると──
耳をつんざくような雷鳴が轟いた。王城の敷地内に落雷したような激しい音。ハッとするルナマリア。まさか──
ベッドから飛び降り窓を開け、クライスが暮らす建物へわき目も振らず飛んでゆく。
あっという間に到着したルナマリアの目に飛び込んできたのは、地面に転がるいくつもの魔族の姿。
「あちゃー。何やってんだか……」
苦笑いを浮かべ頭をぽりぽりとかくルナマリア。彼女にとってクライスは唯一の親族といっても過言ではない。そのクライスがルナマリアの弱点となることも彼女自身よく理解している。
そのため、ルナマリアはクライスの邸宅に結界を施した。悪意をもつ者が結界を通過しようとすると雷が降り注ぐ特別な結界である。
「……う……うう……」
命を奪うほどの威力はないがしばらく身動きがとれないくらいの威力はある。地面に倒れた魔族は唸りながら体をもぞもぞと動かそうとしている。
「えーと、大丈夫? あなたたちレイド卿の配下よね?」
魔族たちの目に怯えた色が浮かぶ。
「あ、言い訳はいらないから。ってまだ喋れないか。あのお爺ちゃんがやりそうなことなんてすべてお見通しなんだけどなー」
ふぅ、とため息を吐いたルナマリアは、倒れている一人の魔族のそばにしゃがみ込む。レイド卿の側近の一人だ。
「ねえ、正直に答えてね? ここへ来たのはパパを殺すか攫うため?」
小さく頷いたのを確認したルナマリアは次の質問を口にする。
「指示したのはレイド卿?」
魔族の目が泳ぐ。一瞬迷ったようだが、魔王の問いかけに嘘をつくことはできない。諦めたように再度頷いた。
「そう。ありがとう」
ルナマリアは立ち上がると、クライスの邸宅へ向けて歩き出す。助かった、と思った魔族たちだったが……。
「いや、こんなことしといて助かるわけないよね?」
振り返りもせずルナマリアがパチンと指を弾くと、魔族たちの体が一斉に燃えあがった。断末魔の叫びをあげる襲撃者たち。
ルナマリアはそのままクライスの屋敷に入ると、クライスに騒ぎの理由を説明する。その後、邸宅から出てくるとそのままレイド卿のもとへ向かった。
──おかしい。もうそろそろ報告があってもいいはずなのに音沙汰がない。まさかヘタを打ったのでは……。
先ほどからまったく落ち着かないレイド卿。もしや返り討ちに遭った……もしくは陛下にバレた? いや、まさか……。
と、そのとき──
とんでもない魔力の高まりを感じた瞬間、屋敷の上半分が吹き飛んだ。何が起きたのか理解できずただただ狼狽するレイド卿。
「な、ななっ……ななな……!」
屋敷の屋根は吹き飛び部屋のなかから空が見える。と、視界の端に映る少女の姿。
「やっほー、レイド卿。なかなか思い切ったことしたね?」
ふわふわと宙に浮くのは当代の魔王陛下。普段とは様子が異なり、凄まじい魔力と殺気を纏っている。
すーっとレイド卿の眼前に降り立つルナマリア。冷たい色を宿した瞳でレイド卿を睨みつける。
「ま、魔王陛下……!」
「あのねぇ、この私が弱点になりそうなものを何の対策もせず放置すると思う? そんなバカじゃないんだけど」
レイド卿の心臓が激しく波打つ。呼吸も荒くなってきた。
「お仕置きだね」
冷たい声色で発したルナマリアの言葉が、レイド卿の耳の奥でこだました。
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